第50話 賞金首納品

「それは黄金の羊毛……⁉」

「あはは、おじいちゃん、いい顔するね!」


 クウォンはそう言って、影を操って後列の黄金の羊毛もどんどん部屋にひきいれる。


「これだけの量をどうやって……かつての勇者ですら剣で一束を斬り落としただけというのに。もしやレモン羊を倒したのか? 鷲獅子等級の怪物だったはずだが」

「それって強いのかい、ご老人」

「当然だ。並みの冒険者では歯が立たん」


 険しい顔でそういう老人。

 そのわりにはウブラーの手下に一発で致命傷喰らわせられていたけどな。あるいは逆か。あの指飾りが強かったのかな。今となっては知る由もないが。


「おじちゃんなら鷲獅子なんて楽勝なのですっ‼ あっ、でもでも殺してないよ‼」

「いろいろあって仲良くなってな。羊毛提供をしてもらったんだ」


 レモン羊も自分の羊毛の価値がわかっているのは面白いと思った。

 老人はたいそう感心した顔で「おぬし只者じゃないな……」とこぼした。


「最近の治癒霊薬ってすごいんですよ。──あぁそうだ、忘れるところだった」


 俺はクウォンのほうを見やる。彼女はわかっている風にうなずき、ぐったりしているうなだれるウブラーを、影を使ってスーッと移動させて、老人の前に置いた。


「こ、こやつは……‼」

「おじいちゃん、これあげるよ」

「なんじゃと?」

「みんなで相談したんだ。あたしは先生たちの仲間になるからもう大金はいらない」

「え? お前さんそっちの仲間じゃなかったのか?」


 老人は目を丸くして意外そうにする。


「まぁこっちにもいろいろあるんだよ。とにかく、おじいちゃん、ちゃんと聞いてね、こいつさ懸賞金かかってるんだ。生きている状態でレバルデス世界貿易会社に引き渡したらちょー大金もらえるから。殺したら半額だから気を付けて。憎かったら首だけにしちゃってもいいけど。そこは任せるよ。あとはご自由にって感じかな」


 クウォンはくしゃくしゃの指名手配書を老人に渡しながらいった。

 老人は手配書をしばらく眺め、不可解そうにあごをしごく。


「お前さんたち、どうしてこいつをわしに?」

「だって恨んでたでしょ?」

「たしかに恨んでた。殺したいほどにな。だからこそ、わしに都合がよすぎるだろう。懸賞金だって? なおさらそっちにメリットがない。おぬしらで貿易会社につきだせばいいじゃないか」

「あぁそういう。簡単な話だよ! これはおじいちゃんへのお礼だから‼」


 クウォンの屈託のない笑顔が頑固者の疑心をくだいたのだろう。老人はキョトンとしつつも「やれやれ」と、首を横に振りながら笑みを浮かべた。


「おぬしらを信じてよかった。妻が死んでからはもう誰も信じられなくなっていたが、晩年にこんな気持ちになれるとはな。人間も捨てたもんじゃないわい」


 老人はそう言って、指名手配書をクウォンに返そうとする。


「この極悪は街の自警団に引き渡してくれい」

「え? おじいちゃん、いいの? 煮るなり焼くなり好きにしていいんだよ? レモール島のだれも怒らないよ、ウブラーみたいなクズなら。それにお金だって」

「恨みなぞいまのこいつの姿を見ればすっきりしたわい。それに老い先短い爺に大金などいらん。この島でずいぶん暴れまわったんじゃ。こやつの運命は街にゆだねるとしよう」


 しばらく後、夜も更ける頃、俺たちは街に到着した。自警団に向かうのは俺とラトリスだ。クウォンと子狐たちには早々に黄金の羊毛を船に運びいれてもらった。大事な積荷なのでな。


 街中の酔っ払いに話を聞いて、自警団の窓口になっている店にむかった。


 自警団は冒険者ギルドとレモール島の男たちで組織されていた。大陸国家にあるような王侯貴族がここにはいない。騎士や、法機構、執行者をもたない小規模のコミュニティにおいては、彼ら自警団が警察であり、弁護士であり、検察であり、裁判官なのである。


 やってきたのは昨日、子狐たちとレモン料理を食べた酒場『黄金の羊毛亭』だった。


 夜は大変賑やかになっており、海の男たちが酒と肉を片手にはしゃいでいた。


 凄まじい熱気あふれる店内に足を踏み入れると、すぐに誰かが「ウブラー……?」と怪訝な声をだした。視線が次々と集まってくる。


 熱気が嘘のように沈静化してしまう。

 

「もしかして、あいつらがウブラーを……?」

「魔法使いを倒したっていうのか!」


 酒場の男たちは驚愕から再起動し、隣の者たちと顔をつきあわせざわめきだした。

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