第45話 秘谷への隠し道

「この道が一番安全で近い」

「秘密の宝への道、ってこと?」


 落ち着いた振りをしつつも、頬を高揚させ、ワクワクした顔をするラトリス。


「すごーい‼ 秘密の通路だ‼」


 目を輝かせ、その場で足踏みし始めるクウォン。


「うわぁーん‼ 隠し通路なのですっ⁉」

「お姉ちゃん、すごい、ね」


 驚愕に目を輝かせる双子。


 俺自身つい前のめりになって隠し通路を覗き込んでいた。

 機械仕掛けとは驚いた。


 見ず知らずの冒険者相手にこんな協力的だと、逆に怪しく思えてくる。

 これは俺の心が汚いせいだろうか。いや、警戒心の範疇なはずだ。


「なにか企んでます?」

「そう見えるかのう?」

「ええ、いい人すぎて。俺たちに都合がよすぎるって意味です」

「物事に迂闊に飛びこまない慎重さをもっておる」

「臆病なだけですよ。何が目的で?」


 老人は顎をしごいた。沈思黙考。

 そののち、ずっとポケットにしまわれていた右手をだした。


 よく見えるようにこちらに見せてくる。

 視線を奪われる。その手には指が足りていなかった。残っているのは、小指と薬指のみ。残りの傷口は血で汚れた包帯で覆われている。まだ新しい傷だ。


「亡くなった妻にも頑固者だと言われていたが、我ながら頑固だと思うよ」

「いまのあなたはさほど頑固者には見えませんが」

「痛みは人を変えるものじゃ」

「何があったんですか」

「数日前に海賊がきた。港で暴れてるという話の海賊じゃよ。名くらい知っておろう」


 指名手配書に映っていた凶悪な人相が思い起こされた。確か名前は──、


「ユーゴラス・ウブラー?」

「そんな名前じゃったな。やつらにレモン羊のことを聞かれた。無礼なやつらだった。だから、情報提供をしぶったら……このザマじゃ。この歳で恐いものが増えるなんて思わなんだ」


 自虐的にそう言って、やるせなそうに首を横にふった。


「おぬしらも海賊だろ」


 俺は思案したのちに「そうですね」と一言答えた。

 老人は暖炉のほうを見つめながら、首を縦にふる。自分でなにかを納得するような所作。灰色の眼光が俺をとらえる。


「おぬしらには恐怖から教えたわけじゃない。海賊同士、潰し合えばいいと思った。レモン羊はただの一匹しか残ってないからな。奪い合えば多少はわしも愉快になれるじゃろう」

「先生、このじじい性格悪いですよ」

「信用していいのかわからなくなってきたのです」


 ラトリスとセツは隠す気ない声量でそう言った。


「でも、人間らしい。信用できる。優しさの理由がわかってすっきりだ」


 笑顔で俺は老人を見やる。

 老人は意外そうにし、わずかに口角をつりあげた。


「やはり不思議じゃな。海賊なのにお前らからは嫌な感じがしない」

「当然でしょう、俺たちは善良なんです、ご老人」

「よかろう、では、善良な海賊によいことを教えてやる。極悪どもはスマルト谷へ険しい道を使って向かった。数日前の出来事じゃが、まだ谷には至っていないだろう。この家の暖炉からなら、やつらを先回りできるかもしれない」

「彼らには暖炉を教えなかったんですか」

「わしの最後の頑固だ。馬鹿どもにはもっとも困難な道を教えてやったのさ」

「その馬鹿どもに俺たちも含まれてないといいですけど」

「極悪どもにレモン羊が渡るなら、おぬしらに渡ったほうがいい。これじゃあ信用できないか」

「俺たちいい人間に見えますか」

「わしの豊富な人生経験からいわせれば、信用に値する」


 老人はそう言って、自身のこめかみを自信ありげにトントンと指で叩いた。


「いやはや、情報提供助かります。それじゃあ、えっとお礼のシルバーを……」


 俺はポケットをまさぐった。

 その末に1枚のシルバーを取りだした。


 10シルバー硬貨。見つかったのはこれのみ。

 しまった。『黄金の羊毛亭』の女に謝礼として気前よく払いすぎた。


 後ろを焦燥感から隣に座るラトリスを見やる。

 彼女は焦った様子で財布をひっくりかえした。出てきたのは同じく10シルバー硬貨のみ。チャリン。虚しい音が響いた。


「すみません、冒険者ギルドで情報提供者に謝礼をはらってしまって」

「いいんだ。筋を通すは大事だ」


 俺も同じ理由で金欠ゆえに責めることなどできようものか。

 今度は勢いよくセツとナツも見やるが、子狐たちは首を横にふるばかり。


「もう何カ月もお小遣いを船長にもらってないのです」

「お姉ちゃんと私は無休で労働させられてるん、だよ」

「何を人聞き悪いこと言ってるのよ、ちゃんとご飯食べてさせてあげてるでしょうが」


 ふむ、リバースカースの乗組員は現物支給が基本なのかな。

 とにかくお金はなさそうだ。


 クウォンを見つめる。

 彼女はポケットを裏返した。何も出てこない。


「あっ、でもでも、治癒霊薬ならあるよ~?」


 クウォンはポーチをまさぐり、緑色の液体が入った瓶を取りだした。


「価値のある霊薬だよ」

「それで指が生えてくるのか?」

「いや、それは無理だと思う。傷口くらいならすぐ塞げるかな? 冒険者御用達の品だよぉ?」


 弱気に言葉を繋ぐクウォン。「痛みも和らぐよぉ?」と補足する。

 老人は不機嫌な顔で「わしが冒険者に見えるか?」と手をヒラヒラと振った。


 仕方ないのでかき集めた20シルバーを震える手で机においた。


「すみません、経済状況が芳しくなくて」

「呆れて物も言えん。黄金の羊毛を求めてる暇があったら真面目に働かんか」


 耳が痛い。痛すぎて何も聞こえない。


「まぁいい、別におぬしらが払わないとこで、わしに何かできるわけでもない」

「ほかの形で支払いますよ」

「ほかじゃと?」


 老人の怪訝な眼差し。俺は彼の悲惨なほうの手をチラッと見やった。

 価値とは需要だ。俺の老人の需要をひとつ知っている。それを満たせばいい。



 ──しばらく後



 暗闇のなかジュッと音がなって赤々とした炎が湧きだした。

 ラトリスの手先から放たれる温かい輝きで、俺たちはそれぞれの松明に火をともした。


 暖炉裏から続く隠し道は細く、長く、暗く、湿っていた。

 幅が徐々に広くなっていく。


 足元を照らしながら注意して一歩ずつ進む。

 ほどなくして薄暗い岩肌だらけの地形に到達した。


 上を見上げると、視界の両脇が断崖絶壁で挟まれている。

 その向こうに青空と白い雲がみえた。

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