第44話 黄金の羊毛を求めて

「ちょっと勝手について来ないでくれない?」

「行き先が同じだけだよーだ! ついていってる訳じゃないよーだ‼」


 そんなことを言いあう亜麻色狼と赤狐。

 獣たちの喧嘩はまだ延焼している。


 セツとナツは恐いお姉ちゃんたちがギスギスしていても、俺の後ろに隠れることもなくなった。慣れたようだ。


「のどかな村だな。ここに情報提供者がいるとな」

「港とは打って変わってという感じですね」

「本当にこんなところにいるのなー?」


 クウォンの言葉にピクッと耳を動かすラトリス。

 言葉にはせずグッと堪えた。


 村人たちは来訪者を珍しく感じているようだった。俺たちは村に足を踏み入れてから、その好奇の視線に常にさらされることになった。


 目指すのは丘の上にある立派なお家だ。坂道と段差の不揃いな階段をのぼって、体温がけっこう高まってきた頃、ようやく丘の頂にたどり着いた。


 伝統的な趣を感じさせる玄関の前、俺たちは顔を見合わせる。

 年長者としてここは代表しなけばなるまい。俺は深呼吸をひとつ、のちに玄関をノックした。コンコン。扉はすぐ開かれた。


 シワの深い偏屈そうな老人が扉の隙間から顔をのぞかせる。

 ギラッとした眼光だ。


「こんにちは。あなたがスマルト老人ですか」

「いかにも。わしがこの村の長老スマルトじゃが」

「俺はオウル。こっちはラトリス、こっちがセツで、そっちがナツ、あとこの子がクウォン」

「ぞろぞろと賑やかなものじゃな」

「ありがとうございます。お話を少し伺いたくて。街であなたをたずねろと言われました」


 スマルト老人は俺の背後を見やる。

 彼と一緒に後ろを見やると、可愛らしい獣人たちが手を腰裏にまわしニコニコとお行儀よくしていた。こうしていると大変に愛想のよい子たちだ。


「よかろう、入れ」


 思ったよりすんなり入れてもらえた。

 話ではこの家の主は頑固者ということだったので身構えていたのだが……少女たちの愛想が老人の警戒心を解いたのだろうか。


 居間のソファにつくと、ご丁寧なことに白湯をだされた。

 レモンの切り身が陶器のカップに添えられていたので「これは?」と聞くと、老人は白湯にレモンを浸すのを見せてくれた。


 すべての動作を左手で行っている。右手はポケットに入れられたままだ。慣れた手つきで浸したあとは、それと口元に運んでズルズルと音をたててすすった。


 白湯レモン。あるいはレモン白湯ってことか。

 マネして同じようにする。酸っぱい香りが鼻をついた。恐る恐る口元に運ぶ。美味い。非常に健康的な舌触りと喉越しだ。


「おぬしらもレモン羊を探しにきたのか」


 スマルト老人は開口一番にそう言った。

 白湯へ視線を落としたまま。


「驚きました。心でも読めるんですか?」

「老人は経験から物事を語るだけじゃ」

「では、以前にもレモン羊を探していたものが?」

「あぁ、たくさんいたぞ。わしが若い頃から。絶え間なく」


 老人はレモン白湯からこちらへ視線を向けてきた。


「おぬしらは島の外から来たとみえる」

「それも経験からの推理ですか?」

「獣人はこの島では数えるほどしかおらん」


 俺はソファ左右に座る少女たちのモフモフした尻尾と耳を見る。


「ご老人、シルバーの謝礼をします。レモン羊の場所を教えてくださいませんか」

「金はいいものだ。誠意としても使える。……レモン羊はスマルト谷にいる」

「スマルトはあなたの名前では?」

「代々わしの一族が管理している谷というだけだ」

「その谷に行くのが難しいとかあります?」

「行き方さえ知っていれば難しくはない。そして行き方はわしが教えてやろう」

「ご老人、そのレモン羊からレモン羊毛は手に入るんですか?」

「当然。レモン香る羊毛はあの羊からしか刈り取れん」

「レモン羊の毛はまだ残ってるんですか」

「わしの記憶が定かならレモン羊の毛刈りをまともに成功させた者は半世紀見とらん」


 おかしな感じだ。それだけ価値のある羊毛なら誰もが求めるはずなのに。聞いた限り、この老人は毛刈りに協力的だし、レモン羊に至るのも難しくなさそうだ。


 であるならば、なおのことレモン羊が毛刈りされ尽くしていないのが奇妙に思える。


「疑問に思っておるのか。どうしてレモン羊が刈られていないのか」


 やっぱり老人は心が読めるようだ。


「簡単な話じゃ。みんな挑んで諦めた。わしがまだ若い頃、高名な剣士が黄金の羊毛を狩り落とした。その時、切り落とされた羊毛が見事なものだったから、島の外からきた商人がいたく気にいった。レモン羊の伝説が広まったのはその時からだ。多くの者がレモール島にやってきた。多くの冒険者が挑んだ。そうして人間に踏み荒らされていつしか谷からレモン羊の姿が消えた」


 老人はちいさく首を振りながら再び白湯をすすった。

 哀しげで無念そうな雰囲気。レモン羊の伝説。それはすでに終わった物語だった。かつて島の隆盛をつくり、時代とともに忘れられた。


 俺たちは顔を見合わせる。

 セツはカメラを手に残念そうに耳をしおれさせていた。


「でも、おじいちゃん、さっき谷にレモン羊がいるって言ってなかった?」


 ラトリスは問う。


「その通りだとも、お嬢ちゃん。人間が去りしばらくしてレモン羊は戻ってきた」

「なるほど‼ そうだったんだ! あたしら運がいいかもね!」


 クウォンは尻尾を左右に振り乱す。正直な尻尾だ。

 スマルト老人はそれを見て、微笑ましそうに柔和な表情をした。


「黄金の羊毛があればこの島に活気が蘇る。おぬしら伝説を復活させてはくれんか」

「おじいちゃん、任せてくれていいよ! あたしたちは最強の剣士の弟子だから!」


 老人は俺の顔と腰の刀を見比べてくる。


「尊敬されてるんです。やや過剰ですが」


 俺は親指と人差し指でちいさな隙間をつくった。


「おぬしらはやはり悪い人間じゃなさそうだ」


 老人は席をたち、居間の奥にある暖炉に近づいた。左手で火かき棒をとると、暖炉の灰のなかをガサゴソかき混ぜる。すると暖炉がガコッと音をたてて動きだした。

 仕掛けにより暖炉がズレると、その奥に地下へと伸びる階段が出現する。なんてこった。

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