第41話 無双の旅路

 レモール島の港はとても立派なものである。

 赤茶けたレンガ造りの建物が屹立と並ぶ倉庫地帯とその周辺に築かれた街並みのスケールは、辺境の島とはとても思えない。


 ──寂れている点をのぞけば。


 建物の豪勢さに比べて、人通りが少ないという印象を受ける。ありし日のブラックカース島に比べれば、賑やかで栄えているように見えるが、がらんどうの倉庫や人のいない大通りばかりが目につくのは一抹の寂寥感を感じざるを得ない。


 そんな寂しげな港の近くにある屈強な男たちのつどう酒場。

 怪物の頭骨が飾られた迫力ある面構えに『黄金の羊毛亭』と看板がかかげられた店内にて、俺たちは温かい料理と酒を囲んでいた。


 机を挟んで向こう側、むすっとしたラトリスと子狐たち。

 机を挟んでこちら側、しょんぼりして垂れ耳のクウォン。


「ごめんなさい……勘違いしちゃったんだ、ちいさな狐人いたから。交尾したんだって」


 クウォンは申し訳なさそうに言った。


「こ、ここ、交尾とか言うんじゃないわよ……こほん、本当は許したくないけど、先生の困った顔に免じて許してあげるわ。わたしもちょっと悪いところはあったし。ほんのちょっとだけど」


 ラトリスは不貞腐れたように告げて、ぷいっと顔をそむけた。


「一緒に育った家族だろう。頼むから争わないでくれ。心が痛むし、身体に負担がある。もうふたりとも成熟した剣士だ。仲裁は骨が折れる」


 さっきの二人の動きをみてそう感じた。

 十年前なら苦労はなかったが……もう違う。いまの彼女たちは俺に近い領域にいる。本気で喧嘩しだしたら止められるかわからない。


「さあ、食べようか。冷めないうちにな。ここのレモンあえ蜂蜜酒ステーキは絶品なんだぞ?」 


 しょんぼりな空気で始まった仲直り会だったが、俺が互いの会話を取り持つことで、明るい空気に変化し、再会を祝う宴へとシフトすることができた。


「へえ~、それじゃあ先生とラトリスもつい最近、再会したんだ! まるで運命みたいだね! こんな広い海でまた会えるなんてさ! これも家族の絆ってやつかな?」


 クウォンに俺たちの話を聞かせてやると、たいへん嬉しそうにデカ耳を傾けて聞いてくれた。


「ラトリスとクウォンは、互いが生きてることを知らなかったのか?」俺からふたりへたずねる。

「内陸で名を馳せる剣士がいるって噂は、ホワイトコーストにも届いてましたね」

「そうなの⁉ わたし海でも有名なの⁉」


 興奮気味に喰いつくクウォン。


「それはどうかしら。よその話題だし。わたしが耳にしたのもホワイトコーストの退役軍人からたまたま聞いただけだから」

「そっかぁ。まだまだ海では名声が足りないみたいだね」


 クウォンは耳をしおれさせ、こちらを伺うようにする。

 覇気のない声で喋りだした。


「島を脱出したあと、道場のみんなはオウル先生死亡派とオウル先生生存派に別れてたんだ。それであたしはちゃんと先生にお別れをしたんだ。あたしは先生を諦めてたの。本当に申し訳がたたないよ。ラトリスは先生のこと信じて助けようとしてたのに」

「こほん、それは違うわよ、馬鹿狼。助けようとした、じゃなくて助けた、ね。クウォン、一番弟子の功績は正しく認知するように。上回れることのない偉大な功績をね」

「気にするなクウォン。あれは死んであたりまえの環境ではあったんだ。過去にとらわれず、前に進むことは人生では大事なことだ。クウォンは立派だよ」


 ブラックカース島は絶望的な場所だった。

 くたばったと思われても仕方がなかっただろう。


「オウル先生、あたしのこと怒ってない?」


 クウォンは心配そうに聞いてくる。


「怒るわけないだろう。俺はクウォンが前を向いて生きてくれただけで嬉しいよ」


 穏やかにそう言ってやると、彼女は安心したように木杯を机においた。

 俺は弟子に罪の意識を芽生えさせてしまっていたようだ。


「クウォンの旅の話を聞きたいな。この十年、お前はなにをしてたんだ?」

「えへへ、よくぞ聞いてくれました‼ 私ね、先生に胸を張れるような立派な旅をしてきたよ‼」


 クウォンは語った。己の十年間を。ラトリスが魔法の船を求めて海を旅した一方で、この勇敢な狼は大陸にあがり、そこから内陸へと向かったことを。


「ふふーん、あたしは先生の死を受け入れちゃったけど、でもねでもね、オウル先生のためにいろいろしてたんだよ‼ それはたくさんすごい冒険があったんだから‼」


 代わりとでもいうように語る口ぶり。

 フサフサの狼尻尾は上向きに立ってゆらゆらと揺れる。


「アイボリー道場の卓越した剣術を証明するために、フェリルボス剣術学院で、アイボリーの剣がすごいことを教えてあげたんだ! 卒業したあとはあたしの剣術はまだまだだって思ったから、剣聖オウル・アイボリーがいたことを伝えることもかねて、紛争地帯を渡り歩いてたくさん修行したの! 名のある強者もたくさん倒したよ!」


 なんか凄いことしていますね、うちの弟子。武者修行ってやつかな。


「ねえねえ知ってる? 小国を救うと王様とか貴族様が、願いを叶えてくれるんだよ! それでわたしね、アイボリー剣術を伝える道場を……えーっと、6つも建てた! あと先生の銅像も建ててもらったよ! 先生の偉大さを伝えるためにがんばったんだ!」 


 どう考えても俺ごときよりクウォンの偉大さが優ってしまっている件について。

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