第40話 無双のクウォン
「先生にマーキングしていいのは一番弟子だけって決まってるんだから!」
「うわ! ラトリスだ! そのおおきな尻尾、見間違えるはずがない!」
クウォンは目を輝かせてモフモフの赤狐に抱き着く。
馬乗りされていた姿勢だったのに、そんなもの意に返さず勢いよく立ちあがる。
ラトリスの動揺。「この馬鹿力……⁉」クウォンの笑顔。
おおきな狼は欲望のままに狐の赤いデカ耳をモフモフし始めた。
クウォンのほうが高身長ゆえ、実にモフりやすそうな位置関係だ。
「モフモフなる友よ~‼ まさかこんなところで再会できるなんて! オウル先生にも会えたことだし、ラトリスにまで会えるなんて‼ 海に戻ってきて正解だったよ~‼」
「うぐぅ、離しなさいよ、馬鹿狼……っ」
ラトリスは豊かな胸のなかで、苦しそうにもがき、どうにか押しのけ距離をとる。
この空気感。懐かしい。モフモフの友人。
クウォンは他の獣人をよくモフっていたっけ。
「ラトリス、クウォンがこの島にいるのを知ってたのか?」
「はぁはぁ、ええまぁ一応。冒険者ギルドで聞きこみをしてたら『無双のクウォンという腕のたつ剣士がいる』と聞き及びまして。無知で無礼な馬鹿狼です。一番弟子がわたしになったことを気にせず、勝手に体をくっつけ、マーキングをするんじゃないかと思って探してたんです」
俺ってマーキングされていたのか。獣の習性的な話かな。
「無双のクウォン、か。カッコいい二つ名だな」
「ふっふっふ、そうだよねそうだよね、オウル先生もカッコいいと思うよね~‼」
鼻の下をこすりながら、クウォンは満足そうにした。
「いろいろ話をしたいね‼ お酒と美味しい料理でお祝いしなくっちゃ!」
クウォンは近くでへたりこんでいる老婆をたたせてやり、気持ちよくこの場から逃げるように告げた。「ありがとうね、お嬢ちゃん」と老婆はお礼を言って、シルバーをくれて、去っていった。
「老人からカツアゲなんて信じられないわ」
「カツアゲじゃないよ、これは善意の報酬だよ‼」
ツンとするラトリス。
頬を膨らませるクウォン。
「その狼さんは船長とどういう関係なのです?」
セツとナツが不思議そうにして赤狐と亜麻色狼の関係についてたずねてきた。俺が答えてやるよりもはやく反応したのは狼だった。ちっちゃい狐たちに飛びかかる。
「はう⁉ 何この子たち⁉ ちっちゃいモフモフだ!」
「うわぁーん、狼に捕食されるのですっ⁉ おじちゃん、船長、助けてぇ‼」
「お姉ちゃん、この狼さんモフモフ、してる」
クウォンにモフモフされる子狐たち。セツは喰われると思っているのか泣きじゃくり、ナツのほうは無表情で無抵抗でされるがままに身を任せている。
「この毛触り、狐人族? はうう、待って、そういうこと⁉」
亜麻色の瞳はこちらを見た。
俺とラトリスを交互に。揺れる瞳孔には動揺が走っていた。
「このちいさい子たち、先生とラトリスの子狐なんだ⁉」
「落ち着け、冷静になれ、クウォン、そんなわけが──」
「そうかもしれないわね」
尊大に腰に手をあて、言い放つラトリス。
「うわぁぁぁあ‼ なにその匂わせ‼ 先生の独占は憲法違反なのに! これはどうやら戦争をするしかないね‼ どっちかが全滅するまでの大戦争だよ‼」
「上等じゃない、あの頃とは違うのよ、かかってきなさいよ、馬鹿狼‼」
ラトリスとクウォンはそれぞれ剣に手を伸ばした。
セツとナツは俺の後ろにサッと隠れた。
抜剣されるグレートソード。クウォンは確かに体格に恵まれてはいるが、流石に身の丈もある鉄塊を振りまわせるほど筋骨隆々ではない。
これほどの得物を軽々と片手で扱う姿。まさに魔力の覚醒者。怪力の英雄だ。デカく重たく分厚い刃は地面をえぐりながら斬りあげられた。
破壊的な速撃を受けるのはラトリスのブロードソードだ。
覚悟の決まった表情で「おりゃああぁあ‼」と咆哮をあげて、グレートソードを受け止め、攻撃に耐えようとする。
だが、あまりにも威力が高かった。
気合の咆哮をすぐに「うわぁぁぁあ‼」と悲鳴に変わり、モフモフ狐は大空に吹っ飛ばされた。建物の屋根を越えて向こうまで飛んだ。凄い威力だ。
「うわぁーん、船長ぉぉぉお⁉」
「船長、いい人だった」
「そんなこと言ってないではやく追いかけないとなのですっ⁉」
子狐たちがラトリスの飛ばされたほうへ走っていく。
あとに残されたのは俺と狼だけ。
「ふう、これでオウル先生はあたしのだね!」
クウォンは大剣を背中のラックにひっかけ納めると、晴れやかな笑顔を浮かべた。額の汗を袖でぬぐい、ご機嫌に鼻歌を奏でて俺の腕に抱き着いてきてくるのだった。
「ラトリスのやつ、ずいぶん飛んだなぁ……」
せっかくの再会だというのにこんな事になるとは。俺はため息をつき、ひとまずクウォンに友を吹っ飛ばした罪を清算させることにした。
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