第42話 弱気を助け強気をくじく

 救国? 王侯貴族からの恩赦? 

 銅像? 名を馳せる? どれも想像もつかない。


 辺境出身の彼女がよくぞ。

 まさしく大成、まさしく立身出世。俺などとっくに越えている。


「ん? 待てよ、そういえばこの前、剣聖の伝説がなんとかって言っている海賊がいたな」


 コウセキ島を離れる朝、オウル・アイボリーという名の剣聖がいるらしいと海賊から聞いた。同名なので印象的な出来事だったが……。


「クウォンはそこら中で剣聖の伝説を振りまいてる感じなのか?」

「もちろん! 先生の偉大さを伝えるために旅先どこでも語ったよ! 空飛ぶドラゴンを睨みつけるだけで墜落させたとか、降る星を一刀のもとに斬った逸話が人気なんだ!」


 俺の知らない逸話だなぁ。

 そんな出来事あったかなぁ。


「クウォン、それは流石に伝説がすぎるんじゃないか。嘘はだめだろ」

「先生ならそれくらい簡単だもん! 嘘じゃないよ!」


 頭痛がしてきた。あとお腹もいたくなってきた。

 これはプレッシャーか。


 理不尽な期待であるが、期待には違いない。

 それに応えられない申し訳なさがある。


 胃痛に拍車をかけるのは弟子の躍進だ。

 若い天才がニュースに取りあげられている一方で、故郷でちょっと面倒みた他人が「あいつはわしが育てた」と腕組みをしている。そんな気分。


 みじめだ。師の名声が釣り合っていない。

 虎の威を押しつけられている。救国も恩赦も銅像も、剣の腕だけで名を馳せたのはクウォンなのに、ついでに俺まで凄いみたいになっている。


 俺はこういうのが苦手なのだ。

 必要以上におおきく見られようなんて思わない。


 存在しない名誉を受けている。幻なのに。この子たちが尊敬している竜も隕石もものともしない世界最強の剣士オウル・アイボリーは存在しないのに。


 俺が頭痛にさいなまれている間も、目を輝かせるクウォンの口は止まらない。


「たまたま海に寄ったら、最近は海にもたくさん強者がいるらしくてさ。悪いことしてて、強いなんて理不尽なやつらだよね! 力があるのなら力がない人を助けてあげないといけないのに‼」

「力は信念によって制御できるようになるわ。悪に堕ちる者は心が未熟なのよ」

「そうそう、そういうこと、先生の教えちゃんと覚えてるじゃん! ん、でも、ラトリスって無法を目指してたわりに真面目だったっけ?」

「そのことはいいのよ。んで、いまあんたは誰か狙ってるわけ?」

「もちろんいるよ‼ いまの狙いはね……こいつ!」


 クウォンはポケットからクシャクシャの紙を取りだした。

 紙面の中央にはデカデカと凶悪な人相の男が映っていた。


─────────────────────────────────────

『影帽子のウブラー』 

【罪状】略奪行為 【懸賞金】600万シルバー

【特徴】羽根つき帽子、金歯、高身長、肥満体型

【条件】DEAD OR ALIVE

【発行元】レバルデス世界貿易会社

─────────────────────────────────────


 指名手配書といったところだろうか。


「こいつを倒せばいいことがづくめなんだ‼ まずあたしのほうが強いって証明できるでしょ? それにお金が手に入るでしょ? 悪いやつを倒せば迷惑をかけられた人たちの溜飲が下がるでしょ? ほらね、いいこどづくめ‼ 夢みたいな場所だね、海って!」

「この悪そうなやつは、どれくらい危ない野郎なんだ?」


 指名手配書を手にとりたずねた。

 クウォンは嬉々として獲物のことを語ってきた。


 ユーゴラス・ウブラーと呼ばれるこの海賊は、瞬く間に商船を拿捕し、海賊パーティを築きあげた。名のある海賊をも下し、配下に加えたことで、勢いはますます増し、3隻もの武装艦をひきいた艦隊にまで成長したとか。そして暴虐を尽くしているという。


「こいつらね定期的にレモール島にきては、略奪をしてるらしいの」

「略奪か。それはひどい話だな」


 ラトリスのような誇りあるアウトローではないようだ。

 俺たち海賊は自由の対価を払わなければならない。法のない海では、自分の信念だけが法たりえる。こいつの信念は腐っている。


「こういうやつのせいで海賊ギルドが犯罪者集団だって貿易会社に批難されるんです」


 ラトリスは不愉快そうに言った。まったく同意だ。


「こいつを倒して虐げられてる人の助けになれれば、きっと世の中が少し良くなるよね。力はいいことに使わないと。先生があたしのこと助けてくれたみたいにさ‼」


 クウォンは濁りのない眼差しで快活にそう言った。

 まぶしい顔だ。自然と笑みがこぼれる。


 そういえば、この子との出会いはそんなだったか。

 どこかの海から漂着した幼いクウォンは、浜辺に茫然とたたずんでいた。


 海から飛び出してきた鮫に危うく食べられそうになっていたのを助け、身寄りのない彼女をひきとった。子どもの頃から魔力の覚醒者だったこの子に力の責任を教えた。弱きを助け、強きを挫く。生きるため、守るために、助けるために、剣を振るのだよ──と。


 大陸では紛争地帯を渡り歩いて小国を救っていたと言っていたが、いまにして思えば彼女は己の信念のために動いていたのだろう。俺の銅像が何個もたったのは結果だ。


 この子はまだあの日の俺の教えを覚えているのだな。


「だから成敗してやるんだ。ここで待ってればウブラーが帰ってくるからさ」


 クウォンはそう言ってレモネードを飲み「美味しいねえ」とほがらかにつぶやいた。


「ところでふたりの方は、どうしてレモール島に? 商売の一環とか言ってたけど」


 俺はラトリスと顔を見合わせる。


「ふふん、聞いて驚きなさい、クウォン。わたしと先生は海賊パーティを組んでるの」

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