第35話 鉱石マニア

 聖歴1430年7月26日。

 コウセキ島を出発して12日後。


 リバースカース号はヴェイパーレックスの渦潮に到着した。

 帆船たちが渋滞しそうなほど集まっている入り江が目に入ってきた。

 この広い海において、こうも人口密度が高い場所がある──それだけで人間の領域に帰ってこれたという安心感がある。


 入り江を進み、船を完全に停止させ、タラップがギィーと音を鳴らして埠頭にかかった。

 こうなればもう実家の自室にたどり着き、ベッドに横たわったも同然だ。


「嵐に捕まったせいで時間かかっちゃいましたね」

「海賊の金貸しなら少しくらい返済日に遅れても気にしないんじゃないか」

「先生、それは無法者が過ぎます。最低限の礼節すら失う行為です。お金を貸してもらっているのにその恩を忘れるようなことは許されないです」


 あまりにも正論。真面目でいい子だ。本当に無法者なのかな。


「今回の積荷はたくさんありますね。返済日は明日ですが、ギリギリになって焦らないようにするために、今日のうちに荷降ろししちゃいたいですね。先生、いいですか?」


 ラトリスは横にいるミス・ニンフムに視線をやったあと俺のほうを見てくる。


「そういえば船長命令が必要だったな。よし、総員、荷降ろしを許可する」

「ミスター・オウルの御意思のままに」


 ミス・ニンフムは向こうで船の掃除をしているミス・メリッサを手招きして、ともに下甲板に降りていった。働き物のゴーレムたちなら大量の光石もすぐ降ろしてくれるだろう。


「よーし、ひとまずは腹ごしらえだ」


 航海は忍耐力をすり減らす。

 だから、陸に着いたらまずは好きな物を食って気力を回復せねばならない。俺たちは美味そうな匂いがする露店街にくりだし、食欲が導くままに腹を満たした。


 俺たちは暗くなってから査定所にむかった。


「ようこそ、海賊ギルドへ! 積荷の査定ですね‼」


 ラトリスが提示したメダリオンを確認して、受付嬢は愛想よく対応してくれた。


 屈強な男たちが数人がかりで木箱をチェックしていくなか、ラトリスは個別でいくつかの貴重な品をカウンターにならべた。品は2種。美しい宝石と怪物の鉤爪だ。


 受付嬢はそれらを見て「わぁ」と驚いた様子になった。


「ふむふむ。最近は光石の査定もおおいので、ある程度良し悪しはわかるつもりですが……これほどの光石が持ちこまれたのは初めてかもしれません。それにこの鉤爪。鷲獅子でしょうか?」


 受付嬢はキリッとした顔で見分し、光石鷲獅子から採取された光石には手を触れず「鉱石マニアさーん」と、隣で大量の木箱をチェックしているおっさんに声をかけた。


 おっさんは近づいてくるなり「むっ」と声をあげた。受付に置かれた宝石を手に取る。


 キラリと輝くプロのモノクル。

 光石に喰らいつかん勢いで集中し始めた。


「鉱石マニアってなんだ」


 疑問を口にすると、受付嬢が答えてくれた。


「海賊ギルドで品物の価値をはかる専門家のことですよ。この海に眠るたくさんの価値を正確にはかるためには、その道のプロでなければいけませんから」

「ほう、ちゃんとしてるんだな。いいものなら安く買い叩いたほうがお得だろうに」

「こらぁ~そういう邪なことを言う海賊はいけない海賊ですよ!」


 正論で怒られた。最近ずっと若者に叱られている気がする。


「海賊ギルドは冒険家たちを支えるためにあります。信頼が何よりも大切です。世のすべての価値を測りきることは不可能ですが、そうあろうと努力を怠ることはありません」


 素晴らしい取り組みだ。

 俺の俗物的な思想が浅ましすぎて恥ずかしくなる。


「素晴らしい、素晴らしいぞ。これは凄い品だ。どこでこれほどの光石を?」


 鉱石マニアはこちらへ視線を向けてきた。耳をピンッと立てたラトリスは「ふふん」と笑みをたたえ、受付に肘をついて体重を預けるようにしながら口を開く。


「コウセキ島の光石鷲獅子を討伐したのよ」

「高純度の光石は、魔法生物の代謝を受けて生成される。強力な魔法生物であるほどいい物が手に入りやすいという。あの島に鷲獅子がいるのは聞いていたが、本当にいたというのか」

「ええ。そして、その強力な魔法生物を鮮やかな太刀筋で倒したお方こそ、こちらの先生よ」


 ラトリスが手で示してきた。セツとナツもマネして俺を示している。

 俺は苦笑いしつつ、「どうも、先生です」と小声でつぶやいた。


「あんまり覇気のないおっさんだな。あんたが本当に鷲獅子を倒したのかい?」

「オウル先生になんてことを⁉ 真の実力者はその力をひけらかしたりしないのよ。先生がどこか頼りなく見えるのは、本当の強さは深いところにあるからで、素晴らしい思想と誇りある──」

「ラトリス、落ち着け、尻尾がすごいことになってるぞ」


 毛が逆立って尻尾が普段の倍くらい太くなっている。

 それで激しく振りまわすものだから、それはもう大変だ。興奮している彼女を撫で撫でしてやり、落ち着かせた。


「まぁとにかく、先生は本当に凄いんだから。その光石も凄い品だから下手な査定をしないでよ」


 撫でられて満足そうな顔をしながらラトリスは鉱石マニアに釘を刺した。


「ふむ。わかった。大事な情報を頭にいれて価値を見積もるとしよう」


 鉱石マニアはそういうと、俺たちに興味をなくしたように行ってしまった。


「情熱的だ。流石は専門家。自分の分野に誇りをもってる。うん。いいね。最高だ」

「おじちゃん、どうして見ず知らずの変なおじさんをそんなに褒めるのー?」

「自分のことを褒めてくれるやつには良くしてやろうというのが人情だぞ、セツ。買い取り価格を100万と105万で迷ったとき、いい奴相手なら105万にしてやるか、と思うものだろう」

「うわぁーん、おじちゃんの世渡り術がすごいのですっ‼」

「売り手が可愛い女の子なら、さらに120万になる。世の中そういうもんだ」


 セツとナツは顔を見合わせ、鉱石マニアを応援し始めた。

 間違いなく可愛かろう。


「静かにしてくれないか。あと受付で騒ぐな」


 鉱石マニアのおっさんはビシャリと言い放つ。

 しょんぼりする子狐たち。受付嬢の女の子は苦笑いしつつ「まだ時間かかるので」と、やんわり酒場のほうを手で示した。

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