第34話 菜園設置
船長室は通常、船の最後尾に設置される。
船の舵がある後部甲板の下だ。帆船は風を帆で受け、その力で大海原を進む。
船の後方から前方にかけてぬけて行く風は、船長室を最初に通過し、上甲板を渡って、前甲板へと向かっていく。船長室とは新鮮な海の風を最初に浴びることができる特等席なのだ。そんな特等席の窓を開け、縁に寄りかかり、酒瓶をかたむける。
窓の外にはコウセキ島が指でつまめそうなほどちいさく見えていた。
「では、モフモフ諸君、そろったようなので儀式を始めようか」
俺は室内に向き直りそう言った。いまこの場には乗組員全員が集まっていた。大事な決め事のためである。ひとりも欠けてはいけない大事な決め事だ。
窓のすぐ近く、重厚な机を見やる。机上には美しい結晶。
すべて合わせて9つ。8つは形が似ていて、1つは異なる。共通しているのはこの結晶体たちから力を感じるということだ。
この石たちの内側では鮮やかな色彩が変化し続けていた。光石とはまた違った魅力をもった物質だ。俺はひと掴みでそれらを手に取り、ミス・ニンフムに渡した。
「コウセキ島で魔法生物を倒した際に入手した魔力結晶たちだ。船の糧にしてくれ」
ミス・ニンフムは「かしこまりました」と、石をひとつずつ口のなかに納めていった。最後に光石鷲獅子からドロップした魔力結晶を飲みこむ。
それを見届けてから俺は机のうえのガイドブックを手にとった。紙面の文字たちは、赤熱し焦げ臭さを残しながら変化していった。
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リバースカース号
レベル:4 魔力:32
【船舶設備】個室(小)×4 貨物室(小)×1 浴室(小)×1 ゴーレム×1
【武装】半カノン砲 カノン砲
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皆が俺の手元のガイドブックをのぞきこんでくる。赤色と桃色と緑色のモフモフした耳が俺の視界をさえぎり、鼻とか頬とかを攻撃してきた。
「うわぁーい、魔力が増えているのですっ‼ これで船をまた進化させられますっ‼」
「全体会議の時間、だよ」
クラーケンの魔力結晶を手に入れた時と同じように民主主義が発動した。
船のレベルが1上昇しているので【増築プラン】にも変化が見られた。
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【増築プラン】
・浴室(小) 魔力60 ・菜園(小) 魔力30
・牧場(小) 魔力40 ・ゴーレム 魔力30
・個室(中) 魔力40 ・カノン砲 魔力10
・個室(小) 魔力30 ・半カノン砲 魔力5
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牧場と菜園が増えているようだ。
「どちらも船のうえにある設備とは思えないな」
「でも、おじちゃん、それを言いだしたら浴室も普通の船にはないよー?」
「それもそうだな。セツの言う通りだ」
桃毛の頭を撫でくりまわし、俺たちは投票を開始した。
結果、1つの設備が増えることなった。
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リバースカース号
レベル:4 魔力:2
【船舶設備】個室(小)×4貨物室(小)×1 浴室(小)×1 菜園(小)
ゴーレム×1
【武装】半カノン砲 カノン砲
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ミス・ニンフムは余裕を感じさせる足取りで船長室から歩いて出ていく。それに続く俺たち。カタカタと音を鳴ならす球体関節。
ミス・ニンフムがオーケストラの指揮者のごとく手を動かせば、索具が揺らめき、帆がふくらみ、船体が音をたてて変形し始めた。
特に船の前甲板あたりの変化が激しい。
前甲板の木板がミシミシと鳴って盛りあがって空間をつくると、指揮者の演奏終了合図にあわせて収縮し、不安定から安定へ収束していった。
船中央から前甲板へとあがる左右の階段の間に新しい扉が出現していた。開けて3歩進むともう一枚扉がある。手をかける。押す。フワリと土の香りがした。
天井の高さは2m半ほど。結構デカい部屋だ。
足を踏みいれる。ん。波揺れを感じなくなった?
直観が告げてくる。魔法の効果範囲に足を踏みいれたらしい。
部屋のなかにはおおきなプランターがならんでいた。
アンティークな雰囲気の木製のものだ。隅のほうには、鎌やシャベル、ジョウロなどの土いじりできそうな道具もある。
「ミス・ニンフムいわく部屋には複数の魔法が施されているらしいです。全体に揺れ対策の魔法がかかってるのと、あらゆる植物が育つのと、成長速度もはやくなるのもあるみたいですね」
「いたれり尽くせりだな。これほどの環境で土をいじれる。ありがとな」
「おじちゃんは土いじりが好きなのですか?」
「ブラックカース島では道場の裏で菜園をやってたんだ。弟子がいたころは当番制で世話もさせてたりな。まぁ瘴気で土壌が毒されてからは、あの菜園もダメになったが」
「またここから始めましょう。失った物も、新しい物も、リバースカースにはあるんですから」
ラトリスはうなずいてくる。もう十年も前の話なのに。ラトリスはあの日々を覚えていてくれたのかな。涙が出てきてしまうな。こんなことで心が温かくなるとは。
「畑いじりおじいちゃん。それってすごくおじいちゃん、だね」
ナツはボソッとこぼす。
否定できない。俺は十年前からじじいだったのか。
「そんなことないです、畑は素敵な営みです。役にたちますし。食べ物を作ることの大変さや、食へのありがたさ、勤勉さ、継続すること、多くを学べます。先生の素晴らしい人間性や剣術にも通ずるものがあるのは疑いようがないです」
ラトリスは腕を横に振りぬき、力強く俺を弁護した。
「だから、これからは船のみんなで野菜のお世話をするのよ。セツもナツもね」
「うわぁーん、仕事が増えてしまったのですっ‼ 船長の強権なのですっ!」
「船長には逆らえない、だよ」
子狐たちはうなだれた。
ふむ。横で賑やかにしている一方で、俺は水について考えていた。
野菜を育てるとなると真水を使うことになる。普段、この船はほとんど真水を積まない。理由は前述のとおり、飲用に耐える水を探すハードルと保存することが、酒をよりも遥かに高いためだ。もし水を積めたとしても野菜のためだけに船の貨物リソースを割いてもらうのは、ちょっと気が引ける。
そう考えると実用性の面でびみょいか? とか考えながら部屋をみわたす。
菜園の奥にある水瓶が目にとまった。腰丈ほどもある黒い陶器。変哲がないと言われればないが……どこか目を惹く魅力のある品である。
「お気づきになりましたか、ミスター・オウル」
ミス・ニンフムは水瓶を手で示した。
いつの間に菜園に入ってきていたのだ。
「あなたの目にとまった水瓶は魔法の品です。海水を真水にする力を秘めています」
「魔法の道具ってどうしてこうも素晴らしいんだ」
「魔法が素晴らしいものだからです、ミスター・オウル」
「お湯を生みだすお風呂と要領は同じと考えていいのか?」
「察しがよろしいようで。こちらも船の蓄積魔力で動くものです。温めない分、浴槽よりずっと燃費はよいので気にせず使っていただければと存じます」
水瓶の力で畑はまかえそうだ。真水問題は解決された。
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