第28話 光石ヤマアラシ
ほかの貿易会社の水夫たちも、その場で長銃を構え、無我夢中で発砲開始する。
「光石ヤマアラシだぁあああ‼」
「誰も逃げるなッ‼ 全員で迎え撃てぇ──‼」
水夫たちがおののく怪物の名は光石ヤマアラシというらしい。四足獣でねずみっぽい姿。鋭い爪を備えた手足は身体の比率からすれば短い。
口回りにはアンテナのような長ヒゲ、背には針山のごとく光石の尖った結晶を無数に生やしている。さながら動く鉱山のようである。
やたら威圧感があるのはこの怪物が、四足歩行している状態で俺たちと人間様とほとんど同じ目線の高さを持っているせいだろう。つまるところ、えらくデカいのだ。
撃鉄によって火薬が爆ぜ、弾丸が飛び交う。
一斉射撃のうち数発が怪物に命中。命中したうち半分は背中の光石の山にあたって「キンッ……」と弱々しい鳴き声をあげて弾かれた。命中した弾のもう半分は分厚い毛と分厚い脂肪層に吸いこまれて「ドムッ……」と鈍い着弾とともに、お気持ち程度の出血を起こさせた。光石ヤマアラシは痛みに鳴き声をあげる。
長銃を撃ったあとの水夫たちの行動は、2種類あった。短銃を抜き、同じようにぶっ放す者とサーベルを抜いて戦いに備えるものだ。
雄叫びがあがる戦場。
凄まじい気迫だ。
示し合わせたわけではない第二の一斉射撃。
ズドドドン。──しかし、怪物は倒れなかった。
「クソッ‼ 化け物め‼」
「爆薬樽用ぉぉ意ぃぃぃぃ──‼」
誰かが叫ぶと、地面を膝丈ほどの小樽が転がっていく。
小樽には導火線がついており、黒く細い紐はジリリリリッと火花を散らして急速に短くなっていた。あれは、爆弾か‼
「ラトリス‼」
俺は叫んだ。背後ではラトリスがセツとナツをさがらせているのが見えた。
直後、黒煙と衝撃波が産声をあげた。
洞窟が揺れ、天井が一部崩落する。白制服の水夫たちが吹っ飛び、悲鳴をあげる。俺は膝立ちになって、手で顔を覆いつつ衝撃に耐え、効果を見届ける。
爆炎が晴れてゆく。衝撃が抜けていく。
そののち、光石ヤマアラシはのそりと起きあがった。爆風で転がりはしたが、重大なダメージは受けていないように見えた。頑丈な獣だ。
「馬鹿な、爆薬を喰らわせても死なないのか……⁉」
「係長、もう爆薬樽はありませんッッ‼」
「ええい、くそったれめぇ──‼ 攻撃だ、攻撃の手を緩めるなぁ‼ 撃てば死ぬはずだぁ‼」
係長殿はサーベルを掲げて決死の攻撃命令をだす。
なお自分は先陣を切らないご様子だ。
大将は声をだすばかり。
周りも「誰かいけよ」みたいな空気感になってきた。結果、誰も先陣を切らないので攻撃は始まらない。なんだこいつらは。俺は困惑した。
「ビャァァァアア──‼」
轟く巨獣の咆哮。
光石ヤマアラシのほうは迷いがない。
体躯に見合わない敏捷性を見せて、地を駆け、頭突きで水夫を吹っ飛ばした。
人間をひとり仕留めれば、すぐに次の標的を定めて、噛みついてみたり、前足の尖った爪で皮と肉を裂かんと暴れだした。
恐怖で動けなくなった水夫たち。
十分な戦闘訓練を積んでいないようだ。
彼らでは、もはやあのヤマアラシを止めることができない。
「ふざけるな、こんなところで死んでたまるか……‼」
タンクトッパーは涙をこぼしながら、増える手で長銃に火薬粉をそそぎ、鉛玉を棒で筒に押しこみ銃をリロードしていた。でも、あれほど震えてしまって作業はままならない。
「ビャァァァアア──‼」
「ひぃぃ、く、来るなぁぁ──‼」
凶器の爪がタンクトッパーにせまった。
これは彼では避けれないな。──仕方がない。
俺は腰を抜いて鞘を引き、刀を放って、斬りおろす。刃が一線を描いたあと、俺はすぐに納刀した。手応えは十分。獣の頭が温かい血で滑って落ちた。
制御を失った胴体がおおきな物音をたてて地を滑る赤い血痕がカーペットのように敷かれた。
「「「「……ぇ?」」」」
場が静謐を求めているようだった。
俺は光石ヤマアラシのそばに寄る。
「お見事です、先生」
ラトリスが頬を高揚させ、パチパチパチと拍手をする。
静かな洞窟内に空虚で乾いた音が染みわたっていく。
「おじちゃんの剣、目で追えなかったのですっ⁉」
「これが世界最強の剣士の奥義『不可視の太刀』、だよ」
ナツが勝手に解説をいれる。
なおいまのは特に技名はない。抜いて、斬った。以上だ。
「ところで、モフモフ諸君、これヤバくないか」
「たしかにヤバいですね」
「うわぁーん、激やばの収穫なのですっ‼」
倒れ伏した光石ヤマアラシの背中、トゲトゲしく生えている光石。
輝き、量、ともに光石イノシシの比じゃない。俺たちはホクホクして引っこ抜いて、麻袋に詰めていった。ラトリスが引っ張れば簡単に抜けたので、さほど作業時間をとられずに、麻袋をパンパンにすることができた。
「イノシシはもう時代遅れだ。完全にヤマアラシの時代が来た」
「間違いないです、先生、この怪物を狩り尽くしましょう」
「でも、イノシシは美味しいので狩っていくのですよ、おじちゃんっ‼」
「おじいちゃん、これ魔力結晶、だよ」
ナツに言われて俺はヤマアラシの近くに落ちている綺麗な石を拾った。光石と異なる輝きをもつそれは、呪われた島から脱出する際、偶然得たクラーケンの魔力結晶に似通っていた。
クラーケンが遺したものよりは小ぶりだが……これは使えそうだ。
「でかしたぞ、よく気づいたな、ナツ」
緑髪を撫でてやると、彼女は心地よさそうに目を細め、尻尾をフリフリ動かした。
「ま、待ってくれ……っ」
意気揚々とその場をあとにしようとした時、背中に声をかけられた。
振り返ると黒肌に坊主頭のタンクトッパーが、脂汗で顔を濡らして、見開いた目で見てきていた。
「あんたが、斬ってくれたのか……?」
「礼ならいらない。もう貰ってる」
俺はそう言って、ラトリスが持ってくれている麻袋を手でパンパンと叩いた。
「光石ヤマアラシを、一撃、だと……」
「回数は問題じゃない。大事なのはどこを斬るかだ。そうだろう?」
「ぁ、ぁぁ、まぁ、そうだが」
「それじゃあ、俺たちはこれで」
そう言い残し、さっさとひきあげた。
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