第26話 パンパンの貨物室

 コウセキ島に来てから7日目。

 バターと塩を少量とってから、島の木からもぎ取ってきた名前も知らない果実──味は悪くない──を食し、葡萄酒の酒瓶を片手に下甲板へと続く階段をおりる。


 ジメリとした船底には様々な音がはいってくる。今日も採掘場へむかう男たちの声。海賊ギルドへ戻るために出航準備をする者。陽気な海鳥たちの歌声。甲板を走りまわる子狐の足音。


 貨物室までおりてくると、ゴーレム2体とラトリスが待っていた。

 先ほど朝食前に呼び出されたのだ。


 乾パンをかじりながら3者の顔を順番に見る。


「貨物室がいっぱいになったみたいです」


 ラトリスは暗い室内を見渡しながらいった。


「これ以上、光石は積めないです」

「たしかにパンパンだな。頑張ったらもっと積めないか。上甲板とか廊下とか空いてるだろ?」

「ミスター・オウル、お言葉ながらそれは薦められません」


 そう言ったのは白肌と白髪、作り物の碧眼をもつ少女──ゴーレム・ニンフムだ。


「貨物は最適に整理整頓して我々が積ませていただきました」


 ミス・ニンフムと隣の少女ゴーレムは恭しく一礼する。こっちの赤い瞳のゴーレムの子はミス・ニンフムの妹ミス・メリッサ……ということになっている。子狐たちがそう認識した。


「ミス・ニンフム、ミス・メリッサ、助かるよ」

「仕えることがわたくしたちの使命ですので」


 ミス・ニンフムが胸に手をあてる。

 ミス・メリッサは黙したまま同じ動作をした。


「リバースカースの言葉を代弁しますと、これ以上は船が沈みます。空間の問題ではなく重さの問題です。貨物を積むと船体がそれだけ重たくなるのです」

「あぁ、なるほど」


 まったく考えたことなかった。

 けど考えてみれば当然のことだった。


 ミス・ニンフムは手を水平にして顔の高さまで持ちあげた。まったく同じタイミングでミス・メリッサは片手を、水をすくうような形にして、ミス・ニンフムの水平に保つ手のうえに乗せた。


「重たくなると喫水線がさがります」


 ミス・メリッサの水をすくう手が水面のしたにさがる。


「すると、少しの波で浸水しやすくなります」

「そりゃ大変だ。嵐にでもあった日にゃ酷いことになるかもな」

「また航行の際、より多くの海水を押しのけて進むため、抵抗が高まり、船の速度が落ちます」

「よくないことばかりってことか」


 俺ってずいぶん無知なまま船に乗っていたのだな。


「ありがとう、ミス・ニンフム、勉強になった。それじゃあ俺たちはどうするべきかな。記憶が正しければあと3日ほどはこの島に滞在できるって話だったが。まだできることはあるか」


 直近の返済日を乗り越えるためには、可能な限りの価値を船に積まないといけない。


「でしたら重さを増やさす、価値を増やせばよいかと愚考します」

「というわけで先生、積み過ぎた『低質の光石』をひとまずよそにお裾分けするところから本日は始めようかと思いまして」

「『低質の光石』をおろした分、もっと値段のつく光石を積むってわけか」


 貨物室を見渡せば、おおきくて汚れのついた光石ばかりだ。うちの狐たちが採掘場で掘った分だ。一方、俺がダンジョンで採取してきた分は、量でいえば、全体の数%程度にしか満たない。


「なので先生、貨物を降ろす許可をいただければ、と」

「俺が許可しないとやっちゃいけないのか? 俺なんかに聞かず勝手にやってくれていいんだが」

「はい、船長命令が必要です。って、ミス・ニンフムが言ってました」


 子どもの告げ口みたいにラトリスは唇を尖らせて言った。

 隣のゴーレムは澄ました様子で無表情を貫いている。


「そうかぁ。こほん。よろしい。では、総員に貨物を降ろす許可を与える。船長命令だ」


 俺がそういうと、ミス・ニンフムとミス・メリッサはスカートの裾をつまんで、優雅にカーテシーをしてくれた。すぐに作業が始まった。


 しばらく後、俺が釣りに興じ、ラトリスが朝風呂でホカホカになり、セツとナツがギガントデストロイヤー砲と、その兄のカノン砲グレートディザスター砲の筒内を綺麗に掃除し、いつでも海戦できるように備えていると──ゴーレムたちの仕事が終わった。


「荷降ろし完了です、ミスター・オウル」

「ありがとう、ふたりとも」


 俺たちは先日ステーキに使用した香草を分けてもらった親切な海賊たちのもとにいき、『低質の光石』を渡しにいった。彼らの船はリバースカース号よりずっとおおきくまだまだ貨物を積めるとのことだった。ありがたく引き取ってもらえそうだ。


「何となくそんな気はしてたんだ」

「俺たちが光石をお裾分けにくるって? そんな予感するか?」

「だってよ、あんたの船は見るからに可愛らしいサイズなのに、そっちのお嬢ちゃんの採掘速度は半端じゃなかった。ピッケルの一撃が重たいし速いし、そのうえ休み知らずだ」


 話によれば、ラトリスひとりで親切な海賊の仲間たち20人を上回る作業量だったそうだ。


 これを聞いてちょっと安心した。

 俺はラトリスと比較して自分の作業の遅さに絶望していたのだ。でも、あれは俺がじじい過ぎて動けてない訳じゃなかったのだ。ラトリスが異常だったのだ。


 親切な海賊たちのパーティに光石をお裾分けすることに成功した。ついでに物々交換で香辛料を2袋、オリーブオイルを5瓶、蒸留酒を10本も受け取れた。


 渡した光石から推定される価値に比べれば、損な交換ではある。とはいえ、海に投げ捨ててもよかった不用品の石っころが、使える物に変化してくれただけで儲け物だった。


「皆様、引き続きお気をつけてくださいませ」


 ミス・ニンフムとミス・メリッサに見送られて、俺たちは船をあとにした。


「あれ? セツとナツもついてくるのか?」


 俺とラトリスの後ろ、当たり前のように一緒についてくる子狐たち。


「うわぁーん、おじちゃんが戦力外通告してくるっ‼ 子供は船で待ってろって言ってるよー‼」

「言葉の暴力、だね」


 涙を流す者、頬を膨らませ批難する者。


「いやいや、違くてだな。ただ意外に思っただけなんだ。ダンジョンは危ないところだろ?」


 そして狼狽える者。


「先生、大丈夫ですよ。先生からしたら無力で可愛いだけの子狐かもしれませんが、彼女たちは身を守る術をもっています。わたしが鍛えているので大丈夫です」


 まぁ確かに日ごろ、剣を振りまわして鍛錬しているけど、でも、まだ子どもだ。

 子狐たちを見やる。セツは短銃を自慢げに持ち、ナツは木の棍棒を肩に担ぐ。やる気満々だな。


 そういえば寝起きを襲われたことがあった。なんであんなことをしたのか疑問に思っていた。今にして思えば、この子たちも腕に多少の自信があったからだったのか。


「まぁいいか。それじゃあ、セツにナツ、俺の背中は任せたぞ?」

「くふふ、おじちゃんに力を認められたのですっ‼」

「世界最強の剣士の右腕と左腕を名乗ろう、お姉ちゃん」

「こら、先生の右腕はわたしよ。ふたりは合わせて左腕を名乗りなさい」

「うわぁーん、今度は船長が私たちの人権を否定してくるのですっ‼」

「双子が両腕を担当したほうが収まりいい、だよ」

「生意気なぁ」ラトリスは不満げにしナツを威嚇し始めた。

「狐たちよ、誰がどの腕でもいいから、そろそろ宝探しにいかないか? ダンジョンが呼んでる」


 俺がそういうと、ようやく狐たちは本来の目的を思いだしてくれた。

 皆でダンジョンに突入する。おろした積荷の分、いい石っころを拾い集めよう。

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