第24話 何歳になっても格好つけたい男
「まったくあんたには驚かされた。人は見た目によらないってことかな」
「ふふ、ようやくオウル先生の素晴らしさがあなたにもわかったみたいね」
ラトリスはえらくご満悦な様子で「オウル先生のことを見くびらないでね」とこぼす。
「オウル先生は世界最強の剣士。凡人とは違うわ。クラーケンだって一撃で撃退しちゃうんだから!」
「クラーケンを? その剣で? ははは、それはたしかに世界最強かもな」
親切な海賊はおかしそうに笑いながら行ってしまった。
ラトリスは不満げに頬を膨らませた。
「あの顔、絶対、信じてないですよ、先生」
「んぁ、そうだな。そうだろうな」
「むぅ、先生はそれでいいんですか?」
ラトリスは真剣な表情でたずねてきた。
「昔からおっしゃっていたじゃないですか。剣で身をたて、立身出世して名を馳せたいと。わたしは先生の夢を知っていたからこそ、先生の名を世に轟かせたいと望んだんですよ」
ラトリスは理解できないという風に首をかしげた。
少年オウル・アイボリーの夢はたびたび弟子たちに話してきた。立身出世はかつての夢であり、恥ずかしながら今もまだ夢の片鱗は俺のなかにある。
彼女は覚えていてくれたのだ。十年経っても、俺の夢を。ブラックカース島でラトリスが俺の名を世界に轟かせるなどと言った時には、冗談っぽくはぐらかしたが……そういう意味だったのか。
「ありがとな、ラトリス。でも、ほら、君も知ってのとおり、俺って昔からカッコつけなんだ」
「オウル先生は昔からずっとカッコいいです‼ 最高で最強です‼」
「いや、たぶんそういう意味じゃない。うーん、なんて言うのかな……」
俺は葡萄酒をひと口ふくみ、身振り手振りでろくろをまわす。
ラトリスは正座して真剣な表情で俺の次の言葉を待ってくれていた。そんな凄いこと語りだすわけじゃないのだが。
「つまりこういうことだ。俺には哲学がある。己の行動で示すんだよ。凄さってやつはさ。己の凄さは他人に語ってもらう。己の功績を己でひけらかすのは、ダサいだろう? それに濁っちまう」
「濁る、ですか?」
「そうだ、濁りだ。名誉なんてものは誰かがいてなりたつものだ。自分でその評価を水増ししたら純度が失われる。本当に実力があったとしてもいつかこう思うハメになる。『俺の評価は本物か?』ってな。この点において他人に凄さを語ってもらうことに徹すれば、純度を信じることができる。自分を疑うことはなくなる。つまらないこだわりだけど……言ってることわかるだろう?」
セルフブランディングが下手くそと言い換えることも可能。
俺は前世でたいした人生を送らなかった。プロフィール欄とかに自分の過去の実績とか受賞歴とかを自慢げに並べている著名人にむず痒さを感じるような人間だった。今ならわかる。かつての俺は何も成していないからこそ、何かを成した者へ、お門違いな嫉妬や忌避を抱いていたのだ。
人間の厄介な点は、感情の理屈がわかったからといって、行動を変えられないことにある。行動選択において理性と感情では、感情のほうが遥かに強力だ。頭では「勉強したほうがいい」とわかっていても、感情が「やだ」というと勉強できない。人間はそういうものだ。
俺もまったくもって例外ではない。
理性ではもっと自分でひけらかしたほうが立身出世に繋がるとわかっていても、感情ではただ「ダサい」と思うだけで、行動を起こせなくなる。
まさしく自己矛盾。幼稚な論理破綻。
俺は歳だけ食ってシワばかり増えたガキなのだ。
「名誉の純度……おごり高ぶれば身を滅ぼす……真の強さへの道は純粋なもの……」
ラトリスはぶつぶつと独り言のようにつぶやくと、「流石はオウル先生、確固たる哲学ですね。わたしはまだまだ未熟でした」と、キリッとした顔で見つめてきた。
師匠らしさを感じ取ってくれたようだ。たいしたことは言ってないはずだが。ラトリスにはいつも俺の行動や発言を1.5倍くらい上方修正されて認識される。
そうやって本来は存在しない評価が積み重なっていく。
結果起こるのは、実物のたいしたことないオウルと理想の師匠スーパーオウルの差である。こうやって偉大な師匠像ができていくのだろう。
救えないのは失望を恐れてこの状況をよしとする俺だ。
浅ましいことだ。情けない大人だ。
「こほん。あぁ、ラトリス、明日からは一緒にダンジョンに潜らないか?」
ラトリスは「うーん」と腕を組んで考えこむ。
「入ったことないダンジョンなのでぜひ挑んでみたいですけど……やめておきます」
「入ればいいじゃないか。どうして遠慮するんだ?」
「わたしとオウル先生がふたりで入るのは素敵なことです。きっと楽しいでしょう。でも、そうするとこっちの採掘場をこの子たちだけに任せることになっちゃいますから」
ラトリスは声をひそめて耳打ちしてきた。
当の子狐姉妹は楽しそうに麻袋をあさっては「これが一番光ってるよ、私の勝ち‼」「それは違うよ、お姉ちゃん、一番強いのはこれ、だよ」と光石の品質でバトルすることに夢中になっている。なんて無邪気なのだ。
「まぁ採掘場を任せるにはちょっと不安かもな」
「ええ。それに仕事として見た場合、わたしと先生のふたりで行っても、効率は変わらない気がします。わたしが先生の足手まといになることはあっても、助けになることはないですから」
「そんなことないと思うが?」
「いいえ、わたしにはわかるんですよ。はぁ。いまは返済できるかどうかの瀬戸際。ダブルで稼ぎましょう。オウル先生はダンジョンへ、わたしたちは採掘場で」
「ダンジョンに行きたいなら交換してもいいぞ。俺がピッケルでラトリスが剣だ」
柔軟な提案をしてみせた。言ったあとすぐ不安になった。
後悔すらしていた。かなり粋がった発言だった。
もしラトリスがこの提案に乗って「それじゃあ、採掘場はお願いします」とか言われたら、俺は明日ピッケルを振り続けることになる。
おっさんの腰がひとつ砕け散ることになることが確定する。
きっと情けなくとも「いや、やっぱ今のなし」と前言撤回するべきなのだろう。
しかし、俺という人間は言った手前、そんな格好悪いことはできないと頑固になってしまう。いけないことだ。自分の首をここまで締めあげているというのに。
ラトリスは目を丸くしていた。
そして、ニコリとおかしそうに笑った。
「ふふ、ありがとうございます、先生。お気遣いとっても嬉しいです。でも、大丈夫ですよ。わたしがここでいいです。先生はこちらのことは気にせずにダンジョンにいってくださればと」
「そうか? そういうのなら構わないが」
平静を装ってそう言いつつ、俺は「助かったぁ」と胸を撫でおろした。
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