第23話 適材適所

 思わず顔がニヤける。

 これがどれだけの価値があるのか、すぐにでも有識者に確かめたい。


 ダンジョンの出口には俺をカツアゲしようとした海賊連中がいた。

 洞窟の入り口で朝のようにたむろしており、自然と道を塞いでいた。


「おい、見ろ、あれ……」

「あいつひとりでダンジョンにはいっていたやつじゃないか」


 彼らと目があう。麻袋と俺の顔を交互に見てくる。


「お前、ひとりで怪物狩りを?」


 俺は背後を見やる。「ふたりいるように見えるか?」


 リーダーの男に向き直り、質問を質問でかえすと、場に沈黙が訪れた。

 緊張感が漂う。彼らはそっとどいて道を開けてくれた。俺は「どうも」と言って、彼らの間を通り抜けていく。


 ひさしぶりに外の新鮮な空気を胸いっぱいに吸いこんだ。


 俺たちが育てた採掘場にもどってきた。

 陥没した地面をのぞきこむ。深い穴から赤いモフモフ耳がぴょんっと飛びだした。顔を土で汚したラトリスが、顔をプルプル振って土を振り払い、木箱をずいっと頭のうえまでもちあげて、穴をのぞきこむ俺の足元に置いた。


 俺が立っていることに気づくと、ラトリスはパァーッと顔を明るくした。


「先生。ダンジョンから戻ったんですね。お疲れ様です」

「そっちもな。ずいぶん穴が深くなってるじゃないか。相当頑張ったと見える」


 俺はしゃがんで手を伸ばした。白い手が俺の手をとった。剣を振り、冒険を通し皮が固くなった手のひらだ。理合にのっとって重心をスンッと腰より下に落とし、体重が落ちる勢いをつかって、一番弟子を穴のなかから勢いよく引っ張りあげた。


 ピョーンッと飛びだしてきたラトリスは、そのまま俺の頭を越えていき、空中で一回転、華麗に背後に着地した。


「ありがとうございます、先生」

「おじちゃん、私もそれやってえーっ‼」


 セツは桃色のお耳と尻尾を激しく動かし、両手をバンザイした。

 子狐の期待に応え、俺はすっぽり手のなかに収まるちいさな手を握り、ピョーンッと引っ張りあげた。


「おじいちゃん、ん」


 ナツも同じようにバンザイする。妹狐もご所望だ。同じ要領で引きあげる。緑毛の子狐はそのまま俺の身体に掴まってきた。身体を支えて落っことさないようした。


「びっくりした」

「ナイスおじいちゃん、流石は世界最強の剣士、だね」

「ナツは定期的におじちゃんのこと試してくるな」


 ちいさな試験官をそっと降ろした。

 横を見るとラトリスが目を細めていた。ふーん、みたいな顔だ。


「どうしたんだ、ラトリス」

「いえ、なにも。ええ、まったく何でもありませんとも。ええ、本当です」


 何でもないように言っているが、表情は微妙に不満そうだ。


「わぁーっ‼ この光石、すっごく光っているのですっ‼」


 足元を見ると、セツがしゃがみこんで、麻袋から輝きの強い光石を取りだし、無邪気に掲げていた。ナツもすぐに飛びつき、無言で袋に手をつっこみだした。


「流石はオウル先生、ダンジョンでの狩りは上手くいったようですね」

「あそこは確かにいい狩場だ。それに作業として俺に向いていたよ」

「先生は島を出たことがないって話でしたけど……どうでした、初めてのダンジョンは?」

「そうだなぁ……」


 ブラックカース島を出たことないが、外から来る船によって外の世界の情報は定期的に耳にはいってきていた。ダンジョンのことも存在は知っていた。


「話には聞いてたが、外とは空気感がちがうな。森の奥地に入りこんだような、深い自然のなかにいるような……人間の領域じゃない空気感っていうのかな。修行に向いてそうだ」

「怪物は手強かったですか?」

「厄介なのはいなかったと思う。よほど油断してない限りは、足元をすくわれることもない」

「あはは、まぁ、先生ならそうですよね」


 ラトリスは誇らしげな笑みをたたえ、腕を組んでしたり顔でうなずいた。


「おい、あんたら、そりゃ良質の光石じゃねえか?」


 採掘場の穴のした、あの親切な海賊が見上げてきていた。


「おっさんの姿が見えねえから腰を痛め戦力外になったのかと思っていたが……まさか、ダンジョンに潜ってたっていうのか?」

「後半は正解だ」


 なお前半も正解な模様。


「信じられん。単身でダンジョンに挑むなんて……あんた冒険者あがりなのか?」

「いいや。前職は、そうだな、飲食業ってところか」

「飲食業だって? 嘘だろ?」

「嘘じゃないさ。本当だ。刃物だったら包丁が一番得意だ」


 俺の前職はアイボリー食堂の店主。アイボリー道場はあくまで義父の営むものであり、俺は師範代理として、良き息子として道場の手伝いをしていたに過ぎない。


「はぁ、料理人がダンジョンソロ狩りなんざ……なんていうか、凄いな」

「冒険者あがりだったら単身でダンジョンに挑むものなのか?」

「そういう訳じゃないが、冒険者出身のやつは腕が立つっていうだろう?」

「まぁそういうものか」


 俺はそう言って、袋から光石をひとつ取りだす。とりわけ綺麗なやつを。

 海賊は石を受け取り、手のひらに乗せて転がした。目を見開き「おお」と声を漏らした。


「有識者に聞きたいんだがそいつはいくらになりそうだ?」

「拳台のおおきさだが、濃い蒼をしている。濁りがすくない。鉱石マニアなら良質と判断してくれるはずだ。詳しくはわからんが、ざっと20,000シルバーくらいだろう」

「20,000だと……? そいつは本当か?」


 地表で採掘できる光石は4,000シルバーくらいだったはず。

 光石イノシシを倒すだけで手に入る石ころが、腰を痛めピッケルを振り、汗だくになって手に入れる石の5倍の価値があるなんて。物の価値ってわからないものだ。


「もちろん、品質、サイズによって変わるだろうな。見たところその袋の石もすべてがこれレベルの光石じゃない。玉石混交だ。自然の生成物だから仕方がないことだがな」

「だとしてもだ。こんなのダンジョン潜り得じゃないか」

「そんな風にいえるのはよほどの腕利きだけだよ。多くのやつにとっちゃ危険すぎるからな」


 親切な海賊から良質の光石をかえしてもらい麻袋にもどした。

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