第22話 光石イノシシ

 外の明かりが届かなくなる前に、俺は持ってきたランタンに手のひらサイズに砕いた光石を放りこむ。これで火を使わない持続力のある光源の完成だ。


 ダンジョン内を少し歩いてみて、気づいたことがあった。足元や壁が、蒼い粒のような光を放っているのだ。光石式ランタンを掲げていなくとも、視界が確保できる程度には明るい。地質的にこの洞窟内は光石を多く含んでいるのだろうと素人ながらに推測する。


 洞窟の奥の方からは、たびたび銃声のようなものが聞こえてきた。洞窟内を反響して届いてくる音なので、近いような、かなり遠いような、変な聞こえかただった。


「ん? これは近そうだな」


 神秘的な光景を楽しみながら歩みを進めていると、かなり近い地点での銃声が連続して聞こえてきた。そちらへ足を向けて入り組んだダンジョン内を進む。やがて行く手に気配を感じた。


「ぐっ、強すぎる……っ」

「大人しく外で掘っていればこんなことには……‼」


 なにごとだ。同業者4名が地面を這いずりながらこちらにやってくるではないか。彼らの顔は脂汗と血に汚れ、手には紫煙をあげる短銃やカットラスが握られている。

彼らの視線の先、そこにいたのは一匹の怪物だった。


 腰丈ほどのサイズ。短い四つ足とハエたたきみたいな尻尾。全身を覆う短毛。特徴的なのは口の両端あたりから伸びる立派な牙。荒い息遣いで鼻を鳴らし、こちらをじーっと見つめてくる瞳のすぐ上、額には蒼く輝く石がはまっている。


「光石イノシシめ‼」

「これほどの凶悪さとはっ」

「ここで俺たち死ぬんだな……」


 状況から察するに、あの獣、光石イノシシによってこの海賊パーティは壊滅したとみえる。俺は光石式ランタンを手放して足元に落とした。パリン。ランタンの割れる音が響いた。


 途端、光石の獣はこちらに走ってきた。剥かれる牙、充血した眼球、血に乾いた獣の形相。蹄が地を鳴らし、いななきが洞窟内で反響し、さぁ、飛びかかってきた。


 俺は刀を抜くなり、首があるのかないのかわかんない辺りへ一閃。「悪く思うなよ」光石イノシシの胴体と首が切り離され、胴体のほうは、有り余った突進力のままに洞窟内をバウンドしていき、止まったあたりでおおきな深紅の血溜まりを作った。


 十分に警戒し、獣の死亡を確認、足元に手を伸ばした。

 頭を拾って、顔を見つめる。


「イノシシってこんな悪魔みたいな顔だったっけ?」


 ブラックカース島で狩っていたやつとは面構えが違う。

 普通のイノシシじゃないな。


 俺は生首の額から蒼く輝く石を回収した。

 光が強くて綺麗だ。値打ちがありそうである。


「嘘だろ……あんた、光石イノシシを剣で……」


 洩れるようなかすれた声。弱々しく怯えたそれは、腰を抜かした男のものだ。俺は用の済んだイノシシの頭を足元に置いて、代わりにヒビの入ったランタンを拾い、被害者たちを照らした。


「思ったより元気そうだが……自力で入り口までいけるか? それとも俺の介護が必要か?」


 肩をすくめて問うと、被害者たちは顔を見合わせた。


「ぇ、あ、あぁ、問題ない、立てるさ」ひとりが言うと、釣られるように全員が腰をあげ、衣服の汚れを気持ち程度に払い落とす。「それに、歩けるから」


「よかった。わざわざ入り口まで戻るのは面倒くさいからな」


 沈黙がおとずれる。

 俺と彼らとの間に微妙な気まずさが湧きだした。


「こほん。その……道開けてくれるか? そっち進みたいんだが」


 俺が奥を指差すと、茫然と立ち尽くしていた男たちは慌てて端に寄ってくれた。


「どうも。海賊はどいつも道を塞ぐ習性があるのかと思うところだったよ」


 俺はダンジョンのさらに奥へと進むことにした。


「あっ、あんた!」


 俺は振りかえる。


「助かったよ、本当に。あんた、強いんだな」


 感謝を言われるのは気分がいい。

 ただし、いましがたの戦闘に関していえば、俺が強いというより彼らが弱い可能性がおおいにある。たかがイノシシに大の男が4人ボコされているのはな。


 なので本音でいえば「いや、お前らが弱すぎなんじゃ……」と言ったところだが、口にだす必要のないことだ。口は禍の元という。ゆえに──、


「どういたしまして」


 俺はそれだけ返し、ダンジョンの奥地へと向かった。


 

 ────


 

 腹を空かせてダンジョンの外に戻ってくると、すっかり日が暮れていた。採掘者たちは本日の作業を終わらせ撤収を始めている。この後は船に戻って酒を浴びるほど飲むのだろう。


 俺はジャラジャラ音の鳴る麻袋をもちあげる。

 袋の縫い目の隙間からは、蒼い光が漏れており、下から袋の丸みを持ちあげれば、手のひらにずっしりと重たい感触が伝わってきた。

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