第21話 おやじ狩り


 コウセキ島での2日目。

 朝起きたら身体のあちこちに鈍痛が走った。

 1日目の採掘作業のせいで、中年の身体に疲労が残っているのだ。予想できたことなので驚きはないが、失望は隠せなかった。


「もう肉体労働はコリゴリだ」と、2日目にしては速すぎる弱音を吐きながら、鉛のように重たい身体を引きずり、眠気を振りはらい、寝室から這い出て、海鳥と朝日へぐーっと身体を伸ばす。


「はぁ。さて、いくか」


 身支度をして、剣帯ベルトに刀を差し、水筒と麻袋、ランタンと手のひらサイズに砕いた光石ひっさげて、今日も元気よく採掘場へと足を向ける。


 月に一度のローン返済日まではあと20日程度。ヴェイパーレックスの渦潮に戻るには、リバースカース号の快速なら最速で5日程度。船旅は風と運命をともにする。今回、コウセキ島に来るのに7日かかったことを加味すれば、ヴェイパーレックスの渦潮への帰路には10日ほどは余裕をもってこの島をでるべきだ。


 俺たちに残されたこの島での仕事時間は残り10日程度。

 それまでに1200万の売りあげに届かせないといけない。ブラックカース島で暮らしていた頃には感じたことのない焦燥感だ。


 まぁこの息苦しさもお金の余裕ができれば変わるだろう。

 何にも縛られることなく、気分のままに海を旅し、したいことをして楽しく生きる──そういう生活はすぐそこだ。


「それじゃあ、ちょいと様子を見てくる」


 ラトリスと子狐たちを採掘場に残し、俺はポッカリ空いた洞窟のほうへ足を向けた。


「先生のことですから不覚をとることはないと思いますが、どうかお気をつけて」

「おじちゃん、おおきな怪物を倒してきてくださいなのですっ‼」

「危なくなったら奥義を編みだす、だよ、おじいちゃん」

「毎度奥義を編みだすような状況に陥りたくはなくものだな。まぁ任せろ。愛想のない地面に向き合うより、怪物とお喋りするほうが俺にはあってるよ」


 皆と別れ、ダンジョンの前にやってきた。


 虚ろな黒穴に吸いこまれていく勇敢な海賊たちの流れに乗って俺も入ろうとする。

その時だった。「止まれ」声をかけられた。たむろしているガラの悪い海賊が立ち塞がる。


 俺はため息をつき、剣帯ベルトに差してある刀の柄に手を乗せた。


「こりゃ貿易会社が海の治安を危惧するわけだ」

「おっさん、ここは俺たちの縄張りだ。勝手に通られちゃ困るなぁ」

「お前が困っても俺はなんともないないんだが」


 ニコやかに笑顔をつくり、一礼をして「ご機嫌よう」と断って通り過ぎようとする。


 ガラの悪い海賊はスライドして俺の前に移動してくる。スルーさせてくれないらしい。


「なぁ聞きたいんだが、なんで俺だけ止められたんだ」


 言いながら背後を見やり、前後を輩どもに囲まれているのを確認する。


「悪いが、おっさん、こっちも食い扶持がかかってる。2000シルバーで許してやるよ」

「悪いが無一文だ。それに2000シルバーは大金だ。さらに言えば、俺の質問に答えてない」


 俺の目前に空虚な銃口がつきつけられた。ガチ。撃鉄がそっと起こされる。


「質問の答えは、言うこと聞きそうな腰抜けに見える、だよ」


 周囲の男たちは、ゲラゲラと声をあげて笑い始めた。

 俺はポリポリと頬を掻いて、この酷くて、困った状況を嘆いた。

 世の中はこうも残酷なのか。


「銃すら持てないほど困窮してる中年からカツアゲするのかね? 心が痛まないのか?」


 俺は半笑いしながら「言っておくけど剣はあるからな」と刀を持っているアピールする。


「まったく痛まん。うん、確かに銃もないな。なら代わりにその剣だ。珍しい剣だ。よこせよ」

「そうかそうか。これは助かる」


 俺は言って刀を抜き放った。

 眼前に向けられた短銃の銃身がザラッと音をたてて“ズレた”。


 鋭利な切断面をさらし、銃身が落下する。

 ガラの悪い海賊の前髪がパサッと束になって追従するように落ちていく。


 その段階になってようやく彼は汚い黄色い歯をのぞかせる笑みをやめた。攻撃された事実を認識したのだ。そして、目玉がこぼれ落ちそうなほど見開いた。


「どうした、腰抜けの剣が目で追えなかったか?」


 俺は刀の刃先を見分し、刃こぼれしてないことを確かめつつ、そう告げた。

 男は使い物にならなくなった銃を取り落とし、膝から崩れ落ちた。周囲の男たちも大人しくなった。彼らの戦意がすっかりなくなっている。俺は刀を鞘にもどした。


「銃でも剣でも、武器はそう簡単に抜くものじゃない」


 忠告をし、鼻をひとつ鳴らし、俺はダンジョンの奥へ足を向けた。

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