第20話 光石採掘作業

「彼女たちを侮辱したツケを身体で払っただけだ。これであんたたちが逆上するなら、それはそれで構わない。だが、その時は覚悟をして怒るんだ。次は血が流れることになる」


 俺は声のトーンを落として、よく聞こえるように、ゆっくりと警告をした。


「おじいちゃん」

「ん、なんだ、ナツ」

「もう血は流れてる、と思う」


 ナツは口元を血塗れにする課長殿を見下ろした。


「……こほん、細かいことはいいんだ。ちっちゃいことは気にしない」


 小声で俺はそう言ってナツを下がらせた。


「くっ、こいつらめ、こ、ここは引き下がってやる……」


 白制服は気絶した課長殿を連れて去っていった。


「おじちゃん、ありがとうなのです……っ」


 セツはそう言ってカメラで去っていく白制服たちを撮影した。思い出づくりに余念がない。


「ちょっと採掘スペースを分けてくれないか交渉しただけなのに、ひどい人たちなのですっ‼ 助けてくれなかったら、きっと今頃モフモフされてたに違いないのですっ‼」

「それで済めばいいけどな。ほら、もう勝手にいっちゃだめだぞ」


 セツの頭を撫でくりまわし、ちいさな背を押して俺たちは貿易会社連中から離れた。


「あんたたち根性があるな」


 近くにいた海賊が、ピッケルを杖代わりに地に突き立てながら、そう言ってきた。


「ああいうのは下手にでるべきじゃないわ。言葉にも代償があることをわからせないと」

「まったくその通りだ。しかし、レバルデス相手にそれができるやつは少ない」


 海賊は感心しているようだった。俺もそう思う。ラトリスが動きだしたから便乗できた。もし俺から最初の一歩を踏み出せたかと聞かれると怪しい。勇敢なのは俺ではない。


「お近づきに印にこれを」俺はそう言って、飲みかけの葡萄酒を海賊に差しだした。

「こりゃ嬉しいね」海賊は葡萄酒をごくりと一口飲む。

「ここにちょうど光石を掘りたい可愛らしい若者たちがいてな」


 俺は背後を見やった。セツ、ナツ、ラトリスは困り眉をつくって耳をしおれさせていた。


「ここから左はレバルデスの仕事場、ここから右はあなたたちの仕事場。どうだ、同業のよしみでほんの少しだけ、あぁ、ちょっとだけ採掘スペースを貸してもらうというのは」

「貸したら返してくれるのかい?」

「言葉を訂正する。採掘スペースを譲渡してほしい」

「こっちも稼ぎがかかってる。うちのパーティは30人の大所帯でね、俺ひとりの一存で決めるわけにはいかんなぁ。厳格な掟にのっとって多数決をとらにゃ」


 海賊はそう言って仲間たちのほうを見やった。


「勇気ある同士がここで掘らせてくれって言ってきているんだが、どうするお前たち」

「構わないじゃないか。レバルデス相手に景気のいい一撃を喰らわせた勇者だろう」


 お仲間の海賊たちは、遠くから声を張りあげてそう言ってくれた。先の一部始終を見ていたらしい。俺たちが彼らの採掘場を一部使うことを、皆が快く了承してくれた。


「オウル先生、流石です、鮮やかな交渉術で採掘場を手に入れるとは!」

「親切な海賊がいてよかったな。よし、光石を掘り尽くしちまおうぜ」


 気持ちいい海賊たちからもらったちいさな採掘スペースで俺たちは採掘を始めた。


「これが光石ね。色味が濁ってるけど価値はつくのかしら」


 ラトリスは蒼い石をもちあげて不思議そうに見つめる。


「そいつは低品質だから、そこそこ、だな」


 横から口をはさむのは先ほどの親切な海賊だ。


「低品質?」


 首をかしげるラトリス。


「濁りが強いと光石としての価値が落ちるんだ」

「それじゃあこれは売れないってこと?」

「いや、価値はつく。俺の見立てではそいつひとつで4,000シルバーくらいだろう」


 親切な海賊はラトリスの手のなかの光石を指差していった。

 こんな石っころひとつで4,000シルバー? 

 世の中はよほど光石の需要があるとみえる。


 この島をでるときには、船が光石で満たされていることを期待しながら、俺はピッケルで地面をたたいた。4人で採掘作業をし、木箱がいっぱいになったら、船へ運搬をする。


 力持ちのラトリスとセツとナツがこれを担当する。パワー系じゃないか弱い中年のほうは採掘場に残り、場所取りをしながら酒瓶をかたむけるのが仕事である。


「ふぅ……」


 岩に腰かけ、深く息をはいた。


 使えるところをラトリスに見せようと張り切ったはいいが、悲しい現実に打ちのめされることになった。2時間ほどの作業で俺は虚脱感に襲われていた。


 全身が泥沼に浸かっているかのように重たい。辛いのは腰の痛みだ。

 ピッケルを振り下ろしたり、余計な岩をどけたり、こうした一アクションごとに確実に腰へのダメージが蓄積する。ちょこっと岩を持ちあげるだけでも「よっこらしょ」という手際なので、まぁこうなるよなって感じだが。


 正直、絶望している。これがあと何時間、何日続くのか。明日には俺は使えない塊になる。筋肉痛で動けない予感がひしひしとする。師として情けないどころの話ではない。戦力外通告確定だ。


 ひとつ言い訳をさせてもらえるのならば、それは他が働き者すぎるということか。セツとナツは若さゆえか、あるいは獣人族のパワーなのか疲れ知らず、休み知らずなのだ。


 ラトリスは俺が両手で持ちあげる岩も、片手で鷲掴みにしてひょいひょい退けていた。魔力の覚醒者である彼女は、膂力において凡人を越えている。こんな中年のおっさんと比較するのもおこがましいが、それでも自分の情けなさを感じざるを得ない。


 こう考えると鉱山の労働者ってタフだな、と尊敬を抱かざるを得ない。


「これもまた『道』か。反復と慣習。動きを最適化して、身体を効率よく動かす術を学ばないと」


 労働もまた『道』。剣術や料理と同じ。

 俺は採掘者の『道』を歩み始めたばかり。

 この『道』ではズブの素人。この調子じゃ俺個人の成果はたかがしれている。


 想像する。船への積みこみを完了し、ここに戻って来た3人の顔を。

 これからまだまだ掘りまくるというのに「ちょっと疲れちゃった……」といって、休憩を所望する雑魚中年を見る彼女たちの眼差し。


 役立たずだなぁ。

 俺、捨てられちゃうんじゃないの? 


 俺は酒瓶片手に黄昏ながら、なんとなく採掘場の奥にある洞窟を見やる。

 ポッカリと口を開けた大穴から武装した海賊たちが出てきた。7名ほどの集団だ。みんな薄汚れていて全身を擦り傷まみれ。血で衣服を濡らしている。


 集団のなかで麻袋を持っている奴が目にとまった。

 袋の縫い目の隙間から、輝きが漏れている。あの袋の中身は光石だろう。俺の足元に転がっている光石よりも輝いているようにみえる。


「なあ、あんた」

「ん、どうした、酒男」隣で作業している親切な海賊は作業の手をとめた。

「ありゃなんだい」

「勇敢な海賊たちだ」

「武器をぶらさげるだけで誰でも勇敢になれるのならいい世の中だな」

「本当にな。だが、あいつらは事実、勇敢だよ。浅瀬でパシャついてる俺たちとは違う」


 俺は足元を見降ろす。


「ここは浅瀬なのか?」

「浅瀬も浅瀬さ。ここには低品質の光石しかない」


 親切な海賊は洞窟のほうを顎でしめした。


「あのダンジョンには光石とともに生きる魔法生物が住んでいるのさ。詳しいことはわからんが、やつらから採取できる光石は、地表で採掘したものより品質がいい。あの海賊たちの持ってる輝きの強い光石は、ダンジョンの怪物から採集したものだろうよ」

「ほう、興味深いな。品質がいいってことは、それだけ高く売れるってことか?」

「そのとおりだ。あそこじゃいい光石が手に入る」

「あんたらはなんで挑んでないんだ。大所帯なら稼げるんじゃないのか」

「ダンジョンは危ない場所だ。怪物との戦いは命を危険にさらすからな。効率と安全は天秤にかけられん。なによりも堀るより稼ぎたいなら、相当に手際よく狩りしなきゃならん。手際を考えだしたら今度は安全性を確保できなくなる。俺たちみたいな素人にゃ無理な稼ぎ方さ。人数の力をつかって、ここで懸命にピッケルを振るほうが合ってる」


 思想、人数、能力で最適な稼ぎ方は異なるということか。


「ちなみに光石がとれる怪物はダンジョンにしかいないのか」

「この採掘場にもちょこちょこ来てたけど、人が集まりだしてからはてんで見なくなったな。怪物に会いたい特殊な趣味があるなら、やはりダンジョンだ。きっとお宝が見つかるだろう」

「ふむ。ありがとう。いろいろと勉強になったよ」


 俺は足元の光石をひょいひょいっと拾って、親切な海賊の成果が積んである荷車に移した。親切な海賊は報酬を受け取り、満足そうにして仕事にもどっていった。


 ちょうどラトリスたちが帰ってきた。

 リバースカース号に光石を積み終わったのだろう。

 俺は腰をあげ、片手をあげて彼女たちを迎えた。


「オウル先生、葡萄酒はもう在庫切れです。代わりに度数の高い蒸留酒をもってきました。食べ物は干し肉とバターです。これでお腹を満たしてください」

「ありがとう、助かる。ところでラトリス、話しがあるんだが」


 きっと俺の顔に喜色が満ちていたのだろう。我が一番弟子は目を丸くして「何かイイことあったんですか?」と意外そうに聞き返してきた。

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