第15話 魔力結晶

「魔力結晶?」

「強力な魔法生物がつくりだす魔力凝縮物質でして、貴重な資源です。リバースカース号に取りこめば、船の魔力を高めることができるんですよ」


 ミス・ニンフムに渡すとよいとのことなので、言われるままに提出した。

 優美な少女人形は美しい石をつまんで蒼空に掲げると、まぶしそうに目を細めた。


「これはクラーケンの魔力結晶。極めて貴重なものです」

「流石は先生。悪魔の口から脱出するだけでなく、クラーケン討伐まで成していたとは!」


 石が降ってきたのはクラーケンの体内から虎の子の魔力結晶が排出されたからだったのか。

 ミス・ニンフムは魔力結晶をパクッと口に放りこんだ。船が揺れ始める。波に揺られる感じではない。全身に力をこめて小刻みに震えるような、威力をもった揺れだ。船体がみしみし音を鳴らし軋み、帆ははためき、索具は踊り、舵はぐるぐる回転し、船は咆哮をあげる。


「リバースカース号は新しい力を手に入れました。ガイドブックを」


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 リバースカース号

 レベル:3 魔力:100

【船舶設備】個室(小)×4 貨物室(小)×1

【武装】半カノン砲

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 船のレベルがあがっている?


「リバースカースは十分な魔力をとりこむことで増築のためのリソースを得るだけでなく、レベルアップできます。レベルアップすると【増築プラン】が新しく解放されます」


 ガイドブック2ページ目を確認する。


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【増築プラン】

 ・浴室(小) 魔力60 ・ゴーレム  魔力30

 ・個室(中) 魔力40 ・カノン砲  魔力10

 ・個室(小) 魔力30 ・半カノン砲 魔力5

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「おじちゃん、どういう増築するべきか意見を出し合うべきだと思うっ‼」


 というわけで民主主義が発動した。

 少女たちにガイドブックを渡し、皆の意見をつのった。


 みんなの船だ。この船の進化の方向性は皆で決める。

 その結果、船は3つの新しい設備をそなえた。


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 リバースカース号

 レベル:3 魔力:0

【船舶設備】個室(小)×4貨物室(小)×1 浴室(小)×1 ゴーレム×1

【武装】半カノン砲 カノン砲

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 新設備その1。浴室(小)は満場一致での増築であった。


 舵のある後部甲板、その下にある船長室、さらにその下あたりにある個室エリア──のさらに下、貨物室へといたる道に分岐が生まれ、その近辺に浴室が増築された。浴室内には浴槽もあり、慎ましくも肩までお湯に浸かることができそうだった。


「この浴槽は魔法の道具です。海水をいれれば清潔で温かいお湯に変化します。蓄積魔力を消耗しますので、使い過ぎには注意を。数日に一度ほど湯を張り直すのがよろしいでしょう」

「蓄積魔力ってなんだ?」

「本船に備わる魔力生成構造の恩恵です。本船は海の力、太陽の力、風の力、そうしたものを魔力に変換し、各種設備を稼働させるために蓄えているのです。船が動き続けていれば、蓄積魔力は作り続けることはできますが、生産より消費が上回れば立ち行かなくなるのは道理でございます」


 太陽光発電みたいなことしているのだな、この船。電気の使いすぎもとい蓄積魔力の使いすぎには気を付けておこう。温かいお風呂はみんなで守護るのだ。


「まさか船のうえでお風呂にはいれるなんて信じられないよっ⁉」

「おじいちゃんのおかげ、だよ」

「先生、わたしは感動しています……っ」


 新設備その2。ゴーレムもまた満場一致の進化であった。


「ミス・ニンフムが増えるのです? 仲間が増えるのは大歓迎なのですっ‼」


 なんか面白そうなこと、これは何よりも大事なことだ。ミス・ニンフムにより甲板の床から召喚されたゴーレムは、管理者とよく似た雰囲気の少女人形だった。


「ミス・ニンフムの妹ちゃんなのですっ! お名前はなんというのです?」

「……」ゴーレムは黙してセツを見つめる。答えるつもりはないらしい。

「寡黙な子だな」

「先輩のことを無視しちゃダメなのに……こら、返事するのです‼」


 それでもゴーレムは言葉を発さなかった。

 だが、代わりに桃髪を優しく撫でた。

 それだけでセツは満足してしまったらしく「えへへ、許してあげるのです~‼」と後輩に心の広さを見せた。


「わたくしの姉妹はわたくしと同じで勤勉で万能です。何なりとお申し付けください」


 新設備その3。最後はカノン砲だ。これはセツの要望である。浴室とゴーレムを増築したあと、魔力10だけ余っていたので何に使うか迷った結果、これになった。


「ギガントデストロイヤーにお兄ちゃんができたのですっ!」


 子どもが楽しそうなのでオッケーです。楽しいっていうのは大事だ。まあ楽しいだけが積んだ理由ではないのだけれど。現実な問題として、この船には武器がない。海の脅威に対抗するために武装が。クラーケンに遭遇して皆が痛感したことだ。大砲一個や二個じゃまだまだ足りないけど。


 かくして期せずしてもたらされた魔力結晶により、リバースカース号は豊かな進化を遂げた。


 俺は舷側の手すりに背をあずける。向こうでゴーレムと戯れる子狐たちを眺めながら。隣にラトリスがやってきた。同じように手すりに背を預けた。


「クラーケンとの遭遇は流石に死を覚悟したが……結果、オーライだったな」

「海賊に向いてますね、オウル先生」

「向いてる要素あったか?」

「ふふ、いますごく楽しそうですよ。顔が笑ってます」


 ラトリスは口の両端を指でクイッと持ちあげた。

 言われて気づく。俺は笑っていたのか。


「とはいえ、今回みたいのはもう勘弁してほしいがな」

「ふふ、安心してください。まともな海の旅ならクラーケンになんて遭遇しないので」

「それはよかった。奇跡を連発しないで済みそうだ」


 これ以上、おっさんの心身に負担をかけてほしくないものだ。


「もっと楽しい冒険がたくさんあると嬉しいな。そういえば、いまこの船はどこに向かっているんだ? 楽しい場所か? 美味い酒を飲める場所だといいんだが」

「愉快かどうかで言えば、そうですねぇ、比較的愉快な場所で、美味しい酒が飲めるかと聞かれれば間違いなく飲めると答えられる場所です」


 ラトリスは微笑みながら、懐から古ぼけたメダリオンを取りだした。

 錆の浮いた品だ。骨を十字に重ねたうえに髑髏をかたどられている。銅製っぽい。貨幣あるいはシンボルかな。


 刻まれた文字に目を細めると『海賊ギルド』と読み取ることができた。

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