第14話 オウル伝説、増える

 これは使えるモノだ。使えすぎて驚愕である。海の威力ならばあるいは──。


 俺は集中に入る。

 ここまでの緊張と試練、久しぶりだ。

 乗り越えなければ、即ち死……いきなりやってきやがった。


 感じとれ。すべてを。

 羊水のなかで揺れる巨体、常に波打つ海の力、俺を胃へ運ぼうとする食道の壁面から、その大いなる伝導を感じ取り、両脚から刀へと余さず威力をもってゆく。


 力は常に動いている。右へ左へ。また右へ左へ。

 複雑な力に耐えるのではなくひたすら身をゆだね、束ねて一刀へ──己のなかに海が蓄積された。さぁ解き放て、今だ。


「人間を甘く見るなよ、化け物」


 偉大な海から伝わる力を溜め、気を合わせて、一気に食道を斬りあげた。

 刀はブニブニした肉質をいともたやすく切り裂き、下段から斬りあげた勢いのまま俺の身体を上方へふっとばし、クラーケンの口から射出させ、暴風雨のなかへと帰還させてくれた。


 リバースカース号が少し離れたところにみえる。距離は100m程度。これくらいなら大丈夫だな。追い付ける船は風上から風下へ向かうものだ。


 追い付くためには、軽い羽毛になればよい。暴風の力を身に感じ、流されるままに滑空し、リバースカースが近づいてきたところで、着地姿勢をとろうとし、着地に失敗、ゴロゴロと派手に上甲板を転がった。


 最後にはギガントデストロイヤーに背中を打ち付けてとまった。こいつのおかげでまた海に投げ出されずに済んだ。死ぬほど痛いけど死んでないのでヨシ‼


「はぁやれやれ、危機一髪だな。……いでっ。なんだこれ?」


 頭頂部を落下物に攻撃された。俺の足元に手のひらサイズの綺麗な石が転がった。これが空から降ってきたのか。不思議に思って眺めていると、桃髪の子狐の声が聞こえてきた。


「うわぁーん⁉ おじちゃんが空から落ちてきました⁉」

「おじいちゃん、凄すぎる……完全に死んだと思った……」

「奇遇だなナツ、俺も死んだと思った」


 後ろを振りかえれば、クラーケンが荒海に沈んでいくのが見えた。


 円形に開閉するおおきな口は、一か所に裂傷がはいっており、それが怪物にダメージを与えたらしい。最後の一撃以外にも、たくさん斬りつけたし。しばらくは口内炎に悩まされることだろう。ざまぁ見やがれ。


 俺の剣は、弱者のための剣、他者の力を流用することを得意とする。

 敵の力を利用してカウンターするのは常套手段だが……海を使ったのは初めてだ。


 いままで放った斬撃のなかで過去最高威力だったのは語るまでもない。

 この歳で新しい剣を見出せるとは。冒険は人を成長させるのか。


「おじちゃん、どうしたんです、そんな澄ました顔をしてっ‼」

「実は怪物の腹のなかで必殺技を思いついてな」

「死地のなかで奥義を見いだす……お姉ちゃん、これが世界最強の剣士、だね」

「すごいすごいすごいのですっ‼ その必殺技はなんていう技なのー?」

「そうだな、名づけるならアイボリー流剣術秘奥義……『海』かな」


 我ながらいいセンスだ。

 落ち着いてるし、大人の余裕とわびさびも感じさせ、雄大さも思わせる。子狐たちへ視線をやる。目を輝かせて見つめてきた。ふふん、刺さったか。


「オウル先生、どこに行ったのかと思えば、戻ったんですねぇ──‼」


 ラトリスは索具を掴み遠心力で身体をふるようにして、嬉しそうにやってきた。

 あんまり驚いた様子ではない。


 もしかしてクラーケンに飲みこまれたり、神懸かった機転から新技を編みだしたり、奇跡の脱出を果たした一部始終を見逃したというのか?


「船長ぉっ‼、おじちゃんは30秒前までクラーケンの口のなかにいたのですぅ──‼」

 いいぞ、セツ、我が一番弟子に教えてやってくれ。奇跡の生還劇があったことを。

「もちろん、わたしは先生の活躍を見逃さないわ‼ 知ってるに決まってるじゃな──い‼」

「あれ? 船長も見てたのです──?」

「先生が空を飛んで落ちてくるところも見てたけど──‼」

「なんでそんな冷静なのです──⁉ 奇跡の生還劇だというのに──‼」

「オウル先生ならあれくらい日常茶飯事よ──‼」


 ラトリスはセツにそんなことを言って、こちらを誇らしそうに見てきた。

 なるほど、こうやって子狐たちは学んできたのか。ラトリスの口から語られるオウル・アイボリー像をのことを。どうりで世界最強の剣士などと言われるわけだ。



 ────



 嵐を抜けると嘘みたいに穏やかな海が待っていた。


 話を聞いてみると、ブラックカース島の近海だけが地獄の有様になっていただけで、本来アンブラ海は穏やかな海らしい。


 ちなみにアンブラ海というのは7つの海に数えられる海の名だ。アンブラ大陸に面した比較的ちいさな海域のことで、大小様々な島がここに属している。


「うわぁーんっ‼ 生きてブラックカース島を離れられましたぁ‼」

「お姉ちゃん、よしよし、だよ」


 妹のナツに頭なでなでされているセツはカメラを取り出し「記念写真を撮りましょう!」と、俺とラトリス、自分たちを画角にとらえ、パシャっと1枚撮影した。


「おじいちゃん、なんだか顔が疲れてるみたい、だね」

「たはは、おじちゃん頑張ったからな。おじちゃんは」


 おじちゃんという表現を強調することを忘れない。とても大事なことだ。


「おや、おじちゃん、その綺麗な石はなにー?」

「ん? あぁこれか? そういえばクラーケンから脱出したあと空から降ってきたんだ」

「なんと‼ それは魔力結晶じゃないですか‼」


 ラトリスは濡れた髪をかきあげながら、一段高くなった後部甲板から降りてきた。

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