第16話 査定所
穏やかに10日ほどが経った。
船での生活を送るうち、俺は生活の要領を掴めてきていた。
島生活より不便なことは多々あるが、それでもここには自由と希望がある。
俺はもうどこへでもいけるのだ。
その事実があるだけで、多少の不便などなんともなかった。
新しい生活で新しいことを俺は学ぶことになった。
主に一番弟子のラトリスからだ。
彼女はたくさん冒険してきただけあって、とっても物知りだった。
例えば飲料に関して。
教えてもらった情報によると、外の世界では水を常飲できる地域は少ないらしい。 多くの地域ではそれぞれの場所で作られる酒が常飲されている。水より酒のほうが安全な飲み物であるからだ。
ブラックカース島では水源が安定しており、前世と同じように普通に水を飲んでいたのでこの常識を知らなかった。ちなみに葡萄酒はビールよりも高級品とのことだ。
酒ばかり飲んでいては、すぐに身体を壊しそうだ……と思うのが、現代人の感覚であり、水の豊かな島で育った田舎者の感想だが、実際のところそうでもないらしい。あくまで安全な飲料としての扱いであり、酔って気持ちよくなるための酒ではない。ゆえにアルコール度数は低い。
航海生活には酒よりも気がかりなことがある。
食事だ。その飯のレパートリーには眉をひそめざるを得ない。豆と乾パン、塩漬け肉、バター、チーズ──以上。これが航海中の食のすべてだ。
どうしてこんなことが起こるのか。理由は主に腐敗にある。航海は腐敗との戦いだ。腐敗耐性のある食べ物しか積めない。必然、かなりの偏食になってしまうのだ。
「この飯ずっとはキツイな。食べ物を保存できないことが問題だから……例えば冷蔵庫とかあればいいんだけどな……そうすれば食材も長持ちするだろうし……でも、あるわけないしなぁ」
料理をかじっている者として、食事事情をどうにか改善できたらいいのだが。
「おじちゃん」
マストの上から声が降ってきた。
見上げれば緑髪の子狐が見下してきていた。
「どうしたナツ」と聞くと「ここ来て」と短い答えが返ってきた。
俺は索具を掴み、マストに登った。狭い見張り台にたどり着くと、ナツが背中にしがみついてきた。背後から俺の前に単眼鏡を構えてくれたので、それを覗きこむ。おお、遠くがよく見える。
島が見える。おおきな島だ。
入り江には、たくさんの船が停泊していた。
その雑多とした入り江に近づくほどに、冒険者たちの息吹きを感じた。
入り江にひしめく帆船たちもそうだが、驚くべきは山々の斜面にある建物たちだ。山を切り出し築かれている城塞都市のごとき大規模建築群。
土のうえに立っているのならまだいいほうだ。
木材で骨組みをし、宙に土地を築き、そのうえに乗っている建物たちもおおい。
到底、計画的な開発とはいえないそれらは、この島が、この街が、誰かの者ではない証明なのだろう。違法建築のオンパレードだ。あの島に法があればの話だが。
上陸するなり、俺は木造建築の城を見上げて感心する。
「それでどれが海賊ギルドなんだ?」
「この街、あるいは島全体を示して海賊ギルドと呼ばれることがおおいですね」
ラトリスはそう言いながら、デカい木箱を抱えて「折れちゃうよ~」と悲鳴をあげているタラップを渡って埠頭におりた。俺や子狐たちも貨物室から持ちだした貨物を抱えてあとに続く。
「かつて大陸の冒険者たちは海に進出しました。彼らは広大な海に秘められたロマンを探しだすために、陸地で培った知恵を使い、各地にこうした拠点を、冒険に本能に従って築いたのです」
自由と冒険を愛する者たちの拠り所。
いいじゃないか。年甲斐もなく心が躍る。
「先生、まずは積荷を売りにいきます」
「急いでるようだな」
「ええ。帰港したらまずはゆっくりしたいですけど、今日は期日なので」
期日が何を示しているのかはわからない。
「ところでこの箱、何がはいってるんだ?」
「それも鉄鉱石ですね。お金になるんです」
荷物を抱えて、人混みのなかを迷子にならないように赤いモフモフ尻尾を追いかけ、やがて怪物の骨で飾られた立派な門構えの建物にやってきた。
「ここに海賊ギルドの査定所があります。入りましょう」
ラトリスはこちらに振り返ってそういうと、迷いなく建物にはいっていく。
中は酒場になっていた。デカい酒場だ。査定所というわりには活気がありすぎる。
彼女の足が酒場の横に向いて、俺はようやく納得できた。
酒場と隣接しているエリアがあったのだ。木箱やら樽やらが積まれている、広々としていて倉庫のような雰囲気の空間だ。
木箱や樽やらをなにやらチェックしているのは屈強な男たちだ。すぐ近くには受付カウンターがある。そこは見たところは酒や料理を提供する窓口ではなさそうだ。
ラトリスはそこへ歩いていく。
綺麗な受付嬢がカウンター越しにこちらに気づいた。
「ようこそ、海賊ギルドへ‼ こちらは積荷の買い取り窓口です‼ 説明いたしましょうか?」
「大丈夫よ、初めてじゃないわ」
「かしこまりました、では、荷物をそちらへ‼」
皆、荷物を置いてゆき、最後にラトリスが受付嬢にメダリオンを提示する。
受付嬢は『海賊ギルド』と示されたメダリオンを確認すると、人当たりのいい笑顔を浮かべた。
ほかの荷物をチェックしていた屈強な男たちが、俺たちの積荷を検分し始めた。
彼らは慣れた手つきで積荷の箱をどんどん開いていき、中身を改めていった。
木箱に張られている内容物を表記する紙の、その記述が正しいのかを内容物をチェックしているようだ。チェックしたらシュパパパッと手際よく書類に記入し、次の積荷のチェックにあたる。そうして男たちは積荷の価値をはかっていく。
時間がかかるとのことなので隣接する酒場で、俺たちは彼らの仕事を待つことにした。
しばらく後、酒場のすみっこで酒瓶を傾けて、ひとりで幸せな気分になっていると、ラトリスたちがやってきた。手にはメモ程度のサイズの紙ペラ一枚を持っていた。
「売上は45万シルバーでした」
ブラックカース島で商船と取引していた頃の記憶と照らし合わせるなら、この金額があれば数ヵ月分の島外の美味しい香辛料を買いこむことができるはずだ。
「海賊ってこんなに儲かるのか。確かにロマンあるな」
「でも、この額だと手元には残りませんね」
ラトリスは革袋をひっくりかえし、机のうえにシルバーの山をこんもり盛る。
ん。45万シルバーにしては山がちいさい気がする。
「これ本当に金額あってるのか?」
「天引きされたあと残ったシルバーですので」
天引き? 俺は首をかしげて視線で問いかけた。
ラトリスは耳をしおれさせて困った顔をした。
「リバースカース号、海賊ギルドから買い取ったといいましたよね」
「あぁそんなこと言ってたな。……え? まさかローンを組んだのか?」
ラトリスは鈍くうなずく。海賊船ってローンで買えるのか。
「毎月の返済額が利息を含めて500万シルバーなんです」
ラトリスは手にしていた紙を見せてきた。
端のちぢれた紙面には数字が並んでいた。
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【今月の査定】
普通の鉄鉱石 ×80 平均価格4,280シルバー
低質の銀鉱石 ×20 平均価格5,400シルバー
【合計】450,400シルバー
【借金充当額】5,000,000シルバー
【借金繰越額】7,030,000シルバー
【管理口座資産】8,400シルバー
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「手元には1シルバーも残らなかったので、次の航海資金を借りてきたんです」
俺は机のうえで慎ましくそびえる銀貨の山を見つめる。
なるほど、これは新しい借り入れ分か。
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