第12話 よーそろー

「よーそろー‼」


 ラトリスの掛け声で、船が動きだした。

 波を押し分け、海を裂き、風に我らは運ばれる。

 俺は遠ざかっていく港を見る。黒い怪物たちが埠頭に集まってくるのが見えた。


「うわ、なんか凶悪そうな怪物たちがわらわらと。本当に恐ろしい島ですね」

「船出を察して出てきたのかもな。あいつらは俺に恨みがあるんだ」

「どんな恨みが?」

「あいつらの卵を奪って調理したり、親世代をさばいて調理したりとかだ。生きるためには仕方がないとはいえ、いろいろやったさ。まぁそれはお互い様なんだが」

「ライバルって感じですね。こうしてみると、みんな先生のことを見送りにきたみたいです」

「あいつらはそんな優しい生き物じゃないけどなぁ」


 やつらが凶暴な怪物であろうと、陸の怪物が海を泳ぐことはない。

 ちいさくなっていく島を俺はいつまでも見ていた。

 嫌な思い出が多すぎるし、苦しい時間が長すぎた場所だが、それでもこれまで過ごした愛着の故郷だ。ちょっとだけ、マジでほんのちょっとだけ寂しさを感じる。


「じゃあな、ようやく俺はいくぜ」


 掠れた声でつぶやく。無意識にこぼれた言葉。それは、かつての俺への、冒険にでることが叶わなかった少年に向けての別れだった。


 魔法の船は追い風を受け、快速で呪われた島から離れた。


 すぐのち暗雲の空に蓋をされ激しい嵐に襲われた。

 ピカッときらめき雷鳴が響き、滝のような雨が絶え間なく打ちつける。高波が船を砕かんと殺意を宿してドンドンと体当たり。いきなり海の様相変わりすぎじゃね。


「うあぁあああ⁉ 突然荒れだしたぞ⁉ 何が起こってるんだ‼」

「オウル先生、気をつけてください! 波にさらわれます‼ 島から中途半端に離れると呪いの影響がもっとも強まるので、しばらく嵐がつづきます‼ このまま突っ切ります‼」


 この世の終わりみたいな高波による不規則な襲撃。

 高く昇っては、ほとんど自由落下みたいな浮遊感と衝撃がくりかえす。

 死のトランポリンでしょうか。これが航海ね。島に帰りたい。


「うわぁーん、おじちゃん、あれ見てぇぇえっ‼」


 同じマストにしがみついて身体を支えていた子狐たちが、前方を指差した。


 暗いおおきな影が見えた。

 それは丸い頭と何本もの触腕をもっている。触腕にはいくつもの吸盤がついており、それらは深淵からこちらをのぞく無数の瞳のようであった。


 激しい雨風、輝きいななく轟雷、天に届く高波、天と地さえはっきりしない──そんななか、ソイツは絶望を与えるためだけに、深海より出でて、揉まれる小船のまえに姿を現したのだ。


「うわぁーんっ‼ 海の悪魔クラーケンなのですっ‼」

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