第11話 魔法の船とオウル船長

「ガイドブック?」


 眉根をひそめながらたずねても、それ以上の説明はなさそうだった。

 俺はラトリスと顔を見合わせ、全2ページしかなさそうなハードカバーの本を開いた。


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リバースカース号

レベル:0 魔力:5

【船舶設備】個室(小)×4 貨物室(小)×1

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 薄汚れた羊皮紙に熱した炭みたいに赤々とした文字が刻まれている。


「これはいったい……」

「リバースカース号は魔法の船。魔力を使えば、船長の望むままに姿を変えるでしょう」

「望むままに、か。この魔力5でどんなことができるんだ」

「ちいさめの大砲程度なら、いますぐに設置することができるかと」


 ミス・ニンフムがどのように大砲を設置するのか確かめるため俺たちは上甲板にでた。


 俺とラトリス、セツとナツで見守るなか、ミス・ニンフムは両手を身体のまえにだし、天へ捧げものでもするかのように儀式的な趣でゆっくりあげた。


 再びリバースカース号は唸り始め、軋み始める。


 甲板の下から黒鉄の大砲が湧きだした。

 すべてがおさまったあと、大砲は春を待ちわびて芽をだした草花のごとく、ちんまりと甲板に落ち着き、舷側から大海原へとたそがれた。


 ガイドブックに変化が現れた。


─────────────────────────────────────

 リバースカース号

 レベル:0 魔力:0

【船舶設備】個室(小)×4 貨物室(小)×1

【武装】半カノン砲

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【武装】に半カノン砲が追加されている。これが設置するという意味か。

「わぁあっ‼ すごいのです‼ こんな立派な大砲がついにリバースカースにもっ‼」


 桃髪の子狐セツは大変嬉しそうに半カノン砲に抱きついた。頬をすりすり、お耳をヒコーキに、モフモフ尻尾をフリフリと揺らす。物騒な物が好きなのかな。


「先生、ガイドブックにもう一ページあるみたいですよ?」


 めくるとレストランのメニュー表みたいなのが出てきた。


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【増築プラン】

 ・ゴーレム  魔力30

 ・個室(小) 魔力30

 ・半カノン砲 魔力5

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「そちらに現在可能な増築を記させていただきました」

「これは親切にどうも、ミス・ニンフム。いやはや凄い魔法をこの目でみれて感動だよ」


 俺はそう言って、ガイドブックをラトリスへ手渡した。

 しかし、彼女は受け取らず首をかしげるだけ。実はさっきからちょくちょく渡そうとしているのだが、この子は一向に受け取ろうとしてくれない。


「それはオウル先生がもっといたほうがいいのでは?」

「どうして? 大事なものだ。船長が管理するべきだろう」

「ええ、ですのでオウル先生が管理したほうがよいかと」


 何かおかしなことを言っている気がする。ミス・ニンフムのほうを見やる。


「わたくしはミスター・オウルを船長として認めました。ミス・ラトリスは、そうですね、お情けで副船長としては認めてあげましょう」

「なんかムカつく言い回しっ!」


 うぅぅぅっと威嚇するラトリスに対し、どこ吹く風のミス・ニンフム。

 なんだか蚊帳の外にされてしまったが……あれ? これ俺が船長になる流れか?



 ────



 昼下がり、物資を積み終わり、リバースカース号は港を出発する運びとなった。

ナツはタラップを船にひきあげ、セツは「ギガントデストロイヤー砲、ピカピカにしてあげるのです♪」と、先ほどミス・ニンフムの魔法により召喚された黒筒を大事に磨く。


 呑気な空気感のなか、そもそも船ってこんな少人で船って動かせるのかな、と素人ながらに思っていると、近くの索具──マストを支える紐類──がひとりでに動きだした。どこかで誰かが引っ張っているのかと思ったが、見える限りではセツもナツも別の場所で作業していて、それらしい動きはみえない。普通にポルターガイスト現象が起きている。


 周囲を見渡す。右舷左舷船首船尾あらゆる方向からマストに伸びるそれらが張ったり、緩んだり。たたまれた帆は意志ある索具たちに解放され、風を掴み、船は地味に動きだした。


 船の後方、一段高くなっている後部甲板を見やる。舵取るミス・ニンフムはあちこちに気を配っている。察するに船全体で起こっているポルターガイスト現象は彼女の能力の一部とみえる。


 索具たちが落ち着きを取り戻すと、ミス・ニンフムが俺のもとにやってきた。


「ミスター・オウル、舵をどうぞ」

「俺が舵を動かせと?」

「はい。船長ですので」


 スキルポイントはもう剣と料理にすべて振り切っているのだ。当然だが俺に操舵などできるはずもない。まぁ何事もチャレンジではあるのだが……適任者はほかにいる気がする。


「ラトリス……」頼れる一番弟子へ、困った顔を向けると、彼女はスタターと飛んできて「オウル先生をいじめないで!」と、ミス・ニンフムと俺の間に割って入った。


「別にいじめているわけでは」

「オウル先生、大丈夫です、操舵は一番弟子のわたしが請け負いますので」

「ありがとう、ラトリス。それでミス・ニンフム、その、これでも大丈夫か?」

「船の規則では船長が舵を取るべきではありますが、操舵手がひとりである規則はありません。ゆえ構いません。上に立つ者にふさわしい求心力、カリスマ性をあなたは持っているようですし」


 ミス・ニンフムはそういうと、船室へ引っこんでいった。

 彼女のなかにある確かな船長像に、俺のような人間がピタッとはまるはずもない。なのである程度は譲歩してくれたらしい。話のわかるゴーレムだ。

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