第7話 サバイバル料理人


 危ない危ない。

 うちの弟子がパクっといかれるところだった。


 ラトリスは駆けてくる。

 「オウル先生、流石です‼」と、感激したように目を輝かせて。


「突進を受け、その力の方向を変えて、跳ね返し脚を斬ったのですね! まさしく神技‼」


 嬉しそうに弟子ははしゃぎだす。

 いましがた使った技のことだ。


 相手の突進力など受け流して力のベクトルを返報させることで、カウンター攻撃を成立させる。誰でも使える剣術だ。

 こういうのが俺の得意技だ。英雄の剣に反して理合の剣と呼んでいる。


「あの一瞬で力を跳ね返して、4本もの脚を斬って、完全に自由を奪うなんて! 7つの海を見渡しても先生ほどの剣士はいません‼ 世界最強の剣士です‼」

「そんな大袈裟な。ラトリスだって使える技だろう。道場の必須科目なんだし」

「わたしが? いや、それほどの練度でできるわけが──」

「というか、この討伐の功績は、ラトリスのものでもあるんだぞ」

「それこそ大袈裟です。わたしなんてただ無様に食べられそうになった狐にすぎません」

「いや、凄かった。硬い甲羅を砕いてくれたおかげで肉質を貫けた。俺の剣にはできないことだ」

「それは嫌味ですか、先生?」

「いやいや、まさか。どうしてそう思うんだ」

「だって蜘蛛を倒したの、先生ですし、わたしなんて先生の足元にも……」


 しおれるモフ耳。

 ラトリスは喜んでいいのかわからない微妙そうな表情を浮かべる。


「いまだって先生のお手を煩わせただけ。わたしは今もあの時みたいに助けられてるだけです」

「そんなことないって。自信をもつんだ、ラトリス。君は最高の剣士になれる。俺とは違う」


 俺はラトリスの頭を撫でた。

 わしゃわしゃと勢いよく。

 これでもかというくらい。


 かつて俺は魔力に次々覚醒していく弟子たちをみて悟った。

 この世界では魔力に覚醒することが、武で立身出世する最低条件であると。


 丸太を簡単に叩き斬れるような剛の者とどう渡り合えばいい?

 俺にはとてもそんなことはできない。


 今でこそ剣技をもちいれば、対処できなくはないが……それは武芸者として魔力の覚醒者と俺が同等という意味ではない。


 技ならば魔力の覚醒者にも使える。

 その逆は成立しない。


 俺がもっている物は、結局のところ誰にでも扱えるものだけ。

 俺だけの能力は未来永劫生み出されることはない。

 そのことに気づいたとき、俺の剣の道は終わったのだ。


「先生? どうして先生が暗い顔を?」

「あぁ気にしないでくれ。ちょっと嫌なこと思い出してただけだ。そんなことよりだ。ラトリスよ、ちょうど食材も手に入ったし、どうだ、再会の宴を開くというのは」

「宴‼ オウル先生のご飯‼ ふふふ、十年ぶりですね。昔は道場のみんなでオウル先生のつくる料理の数々に夢中でした。む、でも、先生、食材なんてどこにあるんです?」


 ラトリスは尻尾を振りながら周囲を見渡した。

 そして何かに気づいたように元気に動かしていた尻尾をピタリと止めた。


「……ちょっと待ってください。まさか、オウル先生、あれのことですか?」

ラトリスは恐る恐るたずねてくる。その視線はビッグマウスに注がれている。

「正解だ、ラトリス」

「嘘だと言ってください⁉ 怪物を食べる気ですか⁉」


 ラトリスが無限を喰らう蜘蛛と呼ぶ怪物はとても美味しい食材である。

 見た目のグロテスクさに騙されてはいけない。


「すっごく美味しいんだぞ。引き締まった筋肉はやや筋っぽいが、時間をかけて湯であげることで、ホロホロと崩れ、口当たりがよくなる。島で五本の指に入る美味食材なんだ」

「へ、へえ、そうなんですねえ……オウル先生が言うのなら、そうなのでしょうけど……うわっ、ぐちゅって言いましたよ⁉ なんか糸を引いてませんか⁉ うわぁあ‼」


 十年間で何度も調理した食材を、こうして弟子に振舞うことができる。今日ばかりは料理スキルを追及してきてよかったと、島での孤独なサバイバル生活を肯定してやれる。


「ん、あれは」


 船がいよいよ埠頭にたどり着いた。

 舷側よりタラップが掛けられ、埠頭と繋がる。


 船員と思わしき2名の少女たちがスタタターッと駆け降りてきた。ラトリスのそばに控えて、こちらをやや緊張した面持ちで見てくる。よく似た顔立ちだ。おそらく姉妹だ。ふたりとも豊かな毛並みの耳と尻尾がある。姉妹のそれはラトリスのふっくら具合とよく似ている。


「オウル先生、ご紹介します、この子狐たちはリバースカース号の乗組員です。こっちの桃色で、元気な子がセツです。はい、セツ、ちゃんと挨拶するのよ」

「はい、元気ですっ! セツはリバースカース号の甲板員ですっ‼ 趣味は船の掃除と洗濯ですっ! それとカメラでいろんなものを撮ることなのですっ! よろしくお願いします‼」


 桃色髪の獣人少女──セツは元気に手をあげ自己紹介してくれた。


「おじちゃんがオウル・アイボリーですかー?」


 おじちゃん。そうだよね、もう俺おじちゃんだよね。


「そうだね、俺がオウルであっているよ」

「船長からお噂はかねがねっ! 世界最強の剣士に会えて感激なのですっ!」


 ラトリスから誇張されすぎて伝わっているようだ。


「そして、こっちの緑色の毛並みで大人しい子がナツです」

「ナツ、だよ。あなたのことは船長から聞いてる、よ」

「へえ、なんて?」

「おじいちゃんは世界最強の剣士だって」


 うーむ、やはり誤情報が……って、待てい、おじいちゃんだと⁉ それは言い過ぎでは……?


「乗組員は3名か。いいだろう。みんなお腹いっぱいにしてやる。このおじちゃんが、な」


 おじちゃん、という部分にしっかりアクセントを置いて、俺は胸をドンッと叩いた。


 すべての調理工程を終える頃には、日は落ち、空には星々の輝きがあらわれていた。朝からじーっくり時間をかけて、ようやくビッグマウスの調理が完了した。


 皆を呼びつけて、火を囲んで流木に腰かける。薪の爆ぜる音がおおきく聞こえた。燃ゆる炎と夜の潮風さえ耳につく。時間がとまった世界で、俺は沈黙を破る勇気をみせた。


「『ビッグマウスの活力鍋』だ。十年研究を重ねた信頼と実績。美味しいぞ、本当に」

「うっ、先生がそこまで言うのでしたら……」


 俺は鍋から節足の第一関節をとってやり、ラトリスに渡した。震える手が脚を受け取り、ぷりぷりした肉を見つめる。ごくりと生唾を飲みこむと、目をつむって身にかじりついた。もぐもぐし、彼女はハッとした顔になった。


「美味しい……これ美味しいです、オウル先生‼」


 ラトリスは尻尾をパタパタさせ、耳をピクピク動かす。


 お気に召したようだ。俺はホッと胸を撫でおろす。

 これで気にいってもらえなかったら切腹も視野にはいってくるところだ。


 双子のほうも見やる。

 ちいさな口でホカホカの蜘蛛の足にかじりついている。


「これすっごい美味しいよ⁉ ナツも食べて‼」

「お姉ちゃん、ナツはすでに3本の足を確保済み、だよ」

「あー‼ 先に確保を済ませるとは意地汚い、独占はダメって船長に教わってるのに‼」


 大事そうに蜘蛛足を抱える緑髪と、それを奪おうとする桃髪。気にいってくれたようだ。


「さあ、今度はこの蜘蛛みそで食べるといい」


 ほどなくして皆の腹は膨れた。愉快な食事が落ち着き、焚き火をはさんで向こう側、桃髪のセツがいびきをかいて居眠りし始める。ナツのほうも眠そうだが、膝上で眠りこけている姉を、砂上におとさないように睡魔に耐えているようだ。こくりこくりと船を漕ぎ続けている。


 眠たいのは子どもたちだけではない。大量の食材を処理するのに、朝から作業しつづけていたので、俺のほうも流石に疲れた。いますぐにベッドに身を投げたい気分だ。しかし、ラトリスといくらでも話をしたいので、俺もあのちいさな少女に習って、いましばらく眠気に耐えようか。


「もうお腹いっぱいか? まだ蜘蛛の足はあるぞ? たくさん食べていいんだぞ?」

「大満足です、これ以上は、ちょっと、食べれないです」


 ラトリスは苦笑いしながら、逃げ道を探すように周囲に視線を走らせた。彼女の顔は浜辺より内陸側、ひろがる瘴気にまみれた街で視線がとまった。


「なんだか昔に戻ったみたいですね。この島の景色はすっかり変わっちゃいましたけど、でも、オウル先生のご飯のおかげであの頃を思い出せました」


 俺にとっては監獄の壁のようなものだが、帰郷者にとっては違う思いをはせることができるか。俺は焚火に手をかざしながら「それはよかった」と、相槌を打った。


 火が弱くなってきたので、ちいさな薪を追加する。ふとラトリスがおおきなバッグをがさごそしていることに気づく。この子が船から持ってきたやつだ。旅の道具一式みたいな感じなのだろう。


「あったあった! はい、先生、どうぞこれを。好きでしたよね!」

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