第2話
どうやってここまで身を隠す事が出来たのかは謎だ。
女は黒いドレスを着て、銀髪で裸足のままとなれば酷く目立つ。
そして魔王を倒した勇者パーティからの情報で、今まで正体が掴めないでいた最後の魔女が、銀髪と赤い瞳が特徴を持っているとして、周りは周知済みだ。
取り合えず俺は、身に着けている古ぼけたマントを外した。
そして俺はそれを女に無造作に着せて、フードを深くかぶらせる。
「人がいない道を行くから、取り合えずついてこい」
女は無言のまま小さく頷いてみせた。
慎重に、人通りの少ない場所を通って歩いた。
しばらく歩き続けて、俺たちは家まで着いた。
家は上り坂を通って、丁度町の夜景がきれいに映る場所にある。
買い出しに行くには少し歩かないといけない場所にあるが、それでも静かで人の気配を余り感じないこの場所が、俺は好きで気に入っている。
「先に入っていいぞ。」
俺は扉を開けて、先に中に女を入らせた後に俺も中に入る。
ここまで誰にも気付かれずに家に着いたことで、一息を吐く。
取り合えず先にシャワーを浴びるからその間、部屋の中は好きにしていいと伝えて脱衣所にむかった。
熱いシャワーを浴びている最中に、今この瞬間に自分が即殺される可能性が脳に過ったが、すぐに思考を放棄した。
まあ、どうでもいいか。
殺されるならそれでも。
最初から承知の上で誘ったつもりでいるし。
だがシャワーを終え、着替えて部屋に戻れはしたので、まあしばらくは大丈夫だろうと楽観的に考える。
部屋にはさっきと同じように突っ立ている女がいた。
「………あの。」
歩いている間はずっと無言のままだった女が、初めて口を開く。
「なんだ?ああ、シャワーなら使っていいぞ。」
「それはありがたい……けど………じゃなくて………するのは、その後で?」
するという言葉で、すっかり忘れていた最初の動機を思い出す。
殺す殺されるとか考えていたから考えてなかった。
そうだ、俺はこの女と性行為をすることを条件に家に入れたんだった。
「あ、ああ。お前が風呂から上がった後にヤらせてもらう。」
「………分かった。じゃあ、シャワー使わせてもらう………ね?」
「ああ。」
そういって女は脱衣所に向かう。
その間、俺はベットに腰を掛けてから無意味に床を見つめて手持無沙汰を誤魔化す。
気付いたら、酒が随分と抜けたようで、割と頭が冷静になっていた。
そのせいでいまどんな状況なのかを今一度理解し、自分の部屋にいるのに、女がいるというだけで変に緊張する。
自分で提案しておいたくせに、いかにも童貞らしいといえばらしい。
落ち着くためにベットに身体を預けて仰向けになり目を瞑る。
だが今度は耳が脱衣所から、水滴が床にぶつかる音がする。
酷く落ち着かない。
いや、落ち着け。童貞だって相手に悟られるのは流石に嫌だ………。
何か他の事で気を紛らわすか………。
考えろ。なにか、何かないか。
思いついたのは、何時もダメ元でやっている日課の魔力操作。
今日も失敗する可能性のほうが九割九分九里だが、まあ丁度いい。
目を閉じて、俺はいつものように体内にある魔力に集中する。
俺の中に流れている魔力はバラバラに、無秩序で、不規則に流れている。
魔力が正常に流れるよう何度も試みているが、いつも失敗に終わっている。
今回も成功する気配はなさそうだと諦めた俺は、魔力から意識を外して目を開けた。
このまま初級の魔法しか扱うことが出来ないのだろうか。
何千何回とした思考を浮かべる。
俺は魔法を簡単に扱えない。
火を起こそうとするだけでも神経を使って呪文を唱えなければらなず、実践では当然の様に使い物にならない有り様だ。
俺に残っている中でマシなものといえば、剣術だけだった。まあそれも独学だが。
「あの……シャワーありがとう。上がったよ?」
横から声がしたと思えば、どうやら女が風呂から上がったらしかった。
だが俺はここで今更、彼女が風呂上がりに着る着替えの服を持っていないことに気がついた。
抵抗はあるだろうが、俺の着替えを貸すしかあるまい。
「ああ、それより忘れてたが、着替えは俺ので……も…」
俺が声を掛けようと女の方を見た途端に刺激が強いものが目に入ってきた。
視界に入ったのは、ほぼ生まれたまんまの状態の姿で立っている様だ。
「なん…で、裸なのん?」
「?だって、これからするから……着替える必要ないし、着替える服もないから。」
そう言って女はまるで堂々とした様子で答える。
「いや、確かにヤるといったのは俺なんだが、それにしてもこう………何というか……」
首を傾げて不思議そうにしていたそうだが、しばらくして女は何かを納得した様子で、わざとらしく腕で身を隠すような仕草をとった。
「………いやん。」
「とってつけたように言われても……。」
「じゃあ、しないの?」
「なんでだよ。したいに決まってるだろ。」
元々自分から身体を差し出させることを要求したくせに今更に怖気づいたなんてほど滑稽な話はないだろう。
「でも、せめてやる前にお互いの名前くらいは知りたいだろ?」
「………確かに。私、貴方の名前知らないね。」
「エリクだよ、俺の名前は」
「………エリク。」
ぼそっと俺の名前を呟く。
「お前の名前は?というより、名前ってお前にあるのか?」
「ちゃんとあるよ、私はね、アリアっていうの。よろしくね、エリクくん」
そう言ってアリアは俺に笑いかける。
丁度タイミングよく窓から月明かりが差し込んで、女の顔がよく見えた。
俺の主観的な見方を差し引いても、アリアから俺に向ける表情は、相手の弱みに漬け込んだ醜い男を軽蔑する顔ではなかった。
ただアリアは慈悲深そうに静かに微笑む表情を浮かべていた。
「君付けか。俺は二十歳超えた男だぞ。」
「だめ?」
「いや……別にいい。」
そういえば久しく俺は君付けで誰かに名前を呼ばれたことはなかったな、と思った。
相手との関係性によっては親しみを込めて呼ばれるのかもしれないが、生憎とそう言った関係を持てずにいた俺にとっては、新鮮な感覚だった。
「じゃあ、やるぞ。」
「うん、わかった」
アリアは歩き出して、そっとベットに近づいて腰掛け、俺に身を寄せてくる。
そのまま顔を俺の方に向け、顎を軽く上げて瞳を閉じる。
さっきまであれほど渇望していた女の体に容易く触れること、女の唇を奪えることに俺は喜ぶべきなのか、俺は少しだけ考えて、考えるのをやめて、アリアの唇にそっと口付けをした。
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