(7)戦線離脱



風紀委員ポリスソルジャー規則に基づき───只今より、貴方を”粛清”します!」」



 短剣を構え、天津あまづ ミヅキは高らかに宣言する。腕章をつけて並び立つ二人の姿は、二人のことをよく知らないシュウマから見ても、頼もしく見えた。



「ふざけんな! 何でテメェらがここにいる!? 大講堂の方に大量のラプターを放しておいたはずだろ!?」



「そっちは風紀委員ポリスソルジャーの他メンと、飼育委員ビーストテイマーがバトってくれて、ほぼほぼ終わってるよー♪」



「私たちは、そちらをある程度鎮圧させた上で、アケヒ様の救助に来た。 それだけです」



 大講堂のあるエリアでは、およそ数百匹のラプターと、不登校組レジスタンスの仲間が暴れていた。それを、風紀委員ポリスソルジャー飼育委員ビーストテイマーという二つの組織がほとんど片付けたというのだ。二人はサラッと言っているが、ほとんど戦争と同じぐらいの規模感で繰り広げられた乱戦だったのである。



「クソッたれ……! あの数用意すんのにどれだけ苦労したと思ってんだっ!」



「んなの知らねーし。 ……つーか、こっちだってアンタらのせいで大事な入学式ブチ壊しなんですけど? 後でガチめに後片付けやらせるから覚悟しなよー?」



 二丁拳銃を構えたギャルっぽい少女、珠縄たまなわ トウカが、目の前の巨大ハンマー男、じょうアキツミを威嚇する。体格だけで見ればアキツミにがあると誰もが思うだろう。しかし、トウカが付ける『風紀委員ポリスソルジャー』の腕章は、その下馬評をくつがえす指標としては十分すぎるものだった。




「アケヒ様……!」


 その後ろで、ミヅキはこっそりと照姫てるひめアケヒの側に近寄っていた。その手には、魔力でできた綱のようなものが握られている。



「大講堂にいた飼育委員ビーストテイマー役員から、『ドライブホース』を預かってきました。 これで生徒会キャビネット本部へ向かって下さい」



「ありがとうミヅキちゃん……! 本当に助かるよ~!」



 魔力で作られた手綱をミヅキが引き寄せると、まるで空間から急に現れたかのように、馬の幻獣が姿を現した。彼女が連れてきたのは、"駆動頼馬"という異名がついた、高速で走る馬の幻獣『ドライブホース』。これで、エネルギーを切らしたアケヒをこの場から逃がそうという魂胆だ。

 しかし、



「けど……ごめん。 『ドライブホース』には、ミヅキちゃんが乗ってくれないかな?」



「は……?」



 アケヒの返答は、ミヅキが想定していたものとは違っていた。アケヒの意図が読み取れず、ミヅキは混乱する。



「私はここに残る。 ミヅキちゃんは、この子に乗って……シュウ君を連れて、生徒会キャビネット本部に向かってほしい」



「何故ですか!? アケヒ様をこれ以上危険にさらす訳にはいきません! それに、あの新入生一人なら、私とトウカ先輩で保護できます!」



 必死で訴えかけるミヅキだったが、アケヒは首を左右に振ってから言った。



「勿論、二人の強さは私も信頼してる。

 ……けど、そうじゃないの。 シュウ君を逃がすためじゃなくて、シュウ君を生徒会キャビネット本部に向かわせることが目的なんだよ」



「新入生である彼を、ですか……?」



「うん。 ……ごめん、これは"書記長命令"ってことで、お願い。 事情は、また後で必ず話すから」



 その時だった。


 

 バフゥ!! と、くぐもった破裂音と同時に、白煙をまとった衝撃波が広がった。

 トウカが放った銃弾をはたき落とすために、アキツミが豪快にハンマーを振り下ろしたのだ。



「うわっ!?」



 向こう側にいたシュウマの身体が、一瞬宙に浮く。幅の狭い廊下内での戦闘というだけあって、辺りにはすぐに白煙が充満し、向こうで何が起きているのか分からなくなってしまうほどだった。



「おーい後ろ二人ぃ? 何揉めてんのー?」



「ミヅキちゃんお願い! 早く!」



 決断を迫られるミヅキ。彼女は、歯を食いしばりながらしばらく葛藤していたが、やがて、



「っ……あぁもう分かりました! 何があっても知りませんからね!

 トウカ先輩! アケヒ様のことお願いしますっ!」



「へっ? え、ちょ、ミヅキちゃんどゆ事!?」



 キョトンとするトウカの頭上を、ドライブホースは高らかに飛び越えていた。その上には、いつの間にかミヅキが乗っている。

 騎馬は、そのまま倒れたラプターをヒョイと飛び越えた。ハンマーを握りつつ、唖然として見つめるアキツミをよそに、ミヅキはシュウマの方へと一直線に駆けていく。



「……え? うわっ、何!? 馬っ!?」



 シュウマはシュウマで、白煙からいきなり飛び出てきたドライブホースに驚いていた。しかし、飛び退く間もなく、その首根っこをミヅキにグイッと掴まれる。



「アケヒ様の命令です! 貴方を生徒会キャビネット本部へ連れていきます」



「は!? え、何で!?」



「私だって知りませんっ! いいから、大人しく捕まってて下さいっ!」



 そうして、強引にミヅキの後ろに座らされるシュウマ。ドライブホースは、そのまま超高速で駆けていき、アキツミらが侵入してきた廊下の穴から外へと脱出した。

 ワイバーンでの空旅から一時間も経たないうちに、今度は馬に乗って高速移動。頭も目も、ついでに三半規管さんはんきかんもグルグルと回しながら、シュウマはミヅキにしがみつくのだった。




✳✳✳



「……全員、進行やめ。

 管理局本部、エリアB7付近にて爆発音を確認。 ミヨ、サーモグラフィチェックを頼む」



 管理局本部から少し離れた裏路地に、八垣やがきアラシが率いる部隊は潜伏していた。

 彼の後方には、待機する三人の隊員。不登校組レジスタンスに属する彼らは、アキツミと同じような軍隊チックな武装に身を包んでいる。更に、その手には拳銃やライフルなどといった武器が握られていた。



「建物内に、人間らしき影を五体確認。 うち一人は、不登校組レジスタンス一番隊隊長のじょうアキツミで間違いなさそう」



「了解。 しばらく待機して様子見だ。 ヤツがくたばったら、各自配置についてゲリラ戦に移行。 その後、ただちに城アキツミとラプターを回収し、撤退する。 良いな」




「「「了解」」」



 アラシの予想は、アキツミの敗北。即ち、一番隊壊滅による撤退だった。

 というのも、アラシはここに来るまでに、不登校組レジスタンスの切り札であったラプター軍勢が大量にやられているのを目撃しているのだ。



「ったく、アキツミのやつ……余計な真似ばかりしやがって……」



 元々、コー学の入学式を狙って襲撃を仕掛ける計画はあった。しかし、新入生の一人が転移に失敗したとかで、入学式開始の時間が後ろ倒しになったのだ。



 当然、不登校組レジスタンスの計画にも大きな支障が出た。

 大講堂以外の警備が手薄になるはずだったのに、警備が分散してしまったこと。更に、重要な標的である照姫アケヒが、新入生の捜索に出てしまい、拉致らちできなくなったこと。



 誰がどう見ても、もう計画は実行できないという状況。ところが、アキツミはほとんど自暴自棄のような形で、計画を強行してしまった。

 その結果が、この現状である。



「アキツミさん、今回の件で流石に一番隊の隊長おろされるんじゃないッスかね……?」



「ってなったら、今度は誰が一番隊隊長に就任するんだろうねー? ねぇ、アラシ?」



「黙れ、任務に集中しろ」



 隊員たちのお喋りを静かに一喝しつつ、アラシは建物内の様子をじっとうかがう。


 

 と、列の一番後方でノートパソコンを開いていた隊員、椎名しいなミヨが「あ、」と小さく声を漏らした。



「奥の方に、幻獣っぽい反応出現。 形からして、馬だと思う」



「馬……『ドライブホース』か」



 屋内の様子は一切分からないが、アラシは経験則からすぐに幻獣の正体を言い当てた。そして、相手方の意図も予測する。



「恐らく、異能ギフトのエネルギーを切らしたヤツをこの場から逃がすつもりだろう。 あるいは……あの中に一般人がいて、ソイツを逃がすか」



「ふぅん。 ……ってかさ、もう面倒くさいからアキツミごと全員ぶっ飛ばしちゃえば良いじゃん? ダメ?」



「ハルキ……そんなことしたら、私たちもボスに怒られちゃう」



 裂馬さくまハルキの突拍子もない提案に、ミヨが注意をした時だった。

 隊員の中で一番歳下の青年、松原まつはらユウゴが声を上げる。



「っ! あそこ、ドライブホースが穴から外へ出ていったッス!」



 彼が指を差した先。そこには確かに、軽快に走るドライブホースの姿があった。しかも、その背に乗った人影も見える。



「あれ、二人乗ってない? ……ってことは、そっちに残ったのも二人だよね?」



「え……アイツらまさか、アキツミさん相手に二人だけで戦おうとしてんスか!?」



「もしかして……アキツミに加勢して強行突破パターン、有り得る?」



 皆が口々に憶測を呟く中、アラシはただ静かに、遠ざかっていくドライブホースの背を見つめていた。



 何か怪しい……。

 それは、何の根拠もないアラシの勘でしかなかった。だが、アラシはその衝動に突き動かされるように、スッと立ち上がり、




「───お前らはここで待機。 俺は、アイツらを追う。

 ミヨ、自動車ハッキング用のキーをくれ」



「え……?」


 

 いきなりの命令に、目を丸くするミヨ。当然、ユウゴとハルキの二人も驚きをあらわにしながら抗議する。



「は!? え、ちょ、アラシさん! 何考えてんスか!? どう考えても大事なのは向こうじゃなくて此処ッスよね!?」



「まーたアラシの単独行動ぉ?」



 座ったままの隊員たちが不平不満を垂れるが、アラシは気にも留めない。彼は、キョトンとするミヨの手から鍵のような装置を奪い取ると、ダッシュでその場を後にした。

 


「アラシ……」



 ため息を漏らすミヨ。その視線の先で、違法駐車されていたバイクの魔力ロックを解除したアラシは、すぐさままたがって発進した。



 異世界に似合わないターボ音を響かせながら、アラシの背中はどんどんと小さくなっていく。残された三人の不登校組レジスタンスは、互いに顔を見合せてから、「はぁ……」と肩をすくめるのだった




つづく



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