(6)不登校組《レジスタンス》の狙い


 管理局内部の廊下。そのど真ん中で、裁切さばきりシュウマと照姫てるひめアケヒの二人は窮地きゅうちに立たされていた。



 建物の壁は無惨にも破壊され、その巨大な穴をくぐって、『イーヴェルラプター』と呼ばれる幻獣が姿を現している。

 そしてその前には、巨大なハンマーで武装した襲撃者。ラプターをしたがえたその男は、アケヒを見つめてニヤニヤと笑う。



「お前……もしかして、不登校組レジスタンスとかいうヤツの仲間か!?」



「あぁ? 誰だテメェ。

 腕章もつけてねェ雑魚ボディーガードは引っ込んでな」



 男は、自分と同じぐらいの大きさのハンマーを軽々振り上げると、それを肩に担いで叫んだ。



「俺は不登校組レジスタンスの一番隊隊長、じょうアキツミ! 偉大なる不登校組レジスタンスの理念に基づき、お前の力をいただきにきた!」



 アキツミ、と名乗った男が顎を振ると、ラプターがゆっくりと前へ躍り出た。明らかに、彼の言うことを聞いて動いている。



「……この子たちに何をしたの」



「ハッ! 心配すんな! 森で捕まえた一匹に、ちょいとをブチ込んだだけだよ。 そうすりゃ後は、従順なラプターが勝手にガンガン増えていく……最っ高だろ?」



 実は、『イーヴェルラプター』には"増食せし奪蜴"という異名がある。

 その名の通り、ラプターの特製は”分裂増殖”。この幻獣は、捕食によって得たタンパク質を魔力に変えて、自身を分裂し、増殖することができる。つまり、不登校組レジスタンスは野生のラプターを一体捕まえ、薬を投与して従順にした上で増殖させたのだ。


 校区内に放たれたラプターは、人や生き物を次々に襲い、捕食し、分裂を繰り返していった。それこそが、不登校組レジスタンスが率いていたラプターの軍勢の正体だったのだ。



「こんなことのために、この子を利用して……」



「オイオイどの口が言ってんだ。 お前だって、”世界を滅ぼす神獣の力”を好き放題してんだろォがよ!」



(っ! コイツも、”世界を滅ぼす神獣の力”って……)



 アケヒを言い負かしたつもりになって気を良くしたアキツミは、そのまま饒舌じょうぜつに語り始める。



「この世界の幻獣は、三つのランクに分けられている。低レベルの『幻獣』、それよりも強ぇ『大幻獣』。そして、ソイツらを凌駕する力を持つのが『神獣』。 ……だが、それだけじゃない。

 『神獣』の中でも、とりわけ凄まじい力を持った神獣がいる。 力の使い方次第じゃ、世界を滅ぼすこともできる……それが、『』」



 アキツミは、そこで一度言葉を切ると、アケヒの目を見てニヤリと笑った。



「───テメェが持つ『クレイドラクロア』の力が、その内の一つだろう?」



「……随分詳しいんだね」



 言葉とは裏腹に、アケヒの目は笑っていなかった。それは、ただの威嚇という訳ではない。下手に動けば、彼の隣に控えるラプターに襲われてしまう。そのことを危惧するがゆえの警戒でもあった。



「……おいアケヒ! このままじゃヤバいって! さっきのその……クレイ、何とか? の力でアイツら倒せねぇのかよ!?」




 アキツミを刺激しないよう、小声でアケヒに訴えかけるシュウマ。しかし、アケヒは目線を移さないまま、小声で、



「……ごめん、シュウ君。 さっきのでエネルギー切れなの……」



「ウッソだろ……!?」



 どうやら、先ほど外で異能ギフトを使った際に、魔力が尽きてしまったらしい。再び彼女が力を発揮するには『授血じゅけつ』が必要なのだが、神獣がこの場に居ない今、その術はない。

 またしても、万事休す。今度こそ打つ手がない状況に、シュウマ達は取り残されていた。




「俺たち不登校組レジスタンスは、コー学との交渉材料が欲しいんだ。 俺たちみてぇなならず者の話なんざ、世界を人質にでもしねぇと聞いてくんねぇよな? 俺たちは、その不平等が許せねぇんだよ」



 アキツミは、肩に担いでいたハンマーを勢いよく振り下ろした。ドゴンッ! という衝撃と共に、床にヒビがはいる。



不登校組レジスタンスはこれより、革命を実行する! 世界を滅ぼす異能ギフトを手中に収めて、絶対的な権力を手にする! ……お前には、その犠牲になってもらうぜぇ?」



 

 その言葉で、プツン……とシュウマの中の何かが切れた。

 ふぅ……と息を吐きながら前へ出る。ラプターを睨み付けながら、じっと打開策を考えていたアケヒは、突然シュウマが前へ出たことに驚いていた。



「おいお前! さっきから黙って聞いてりゃ勝手なことばっかり……。 お前は、自分の都合でしか物事考えらんねぇのかよ!」



「あぁ? なんだガキ。 死にてぇのか?」



「ちょ、何してるのシュウ君! は、早く下がって……!」



 アケヒが制止を試みるが、シュウマは振り返ろうともしなかった。



「その恐竜もどきを従えて強くなったつもりか知らねぇけど、お前なんてせいぜい三流ぐらいなんだよ! 品がねぇ!」



「ンだとぉ……?」



 額に青筋を浮かべるアキツミ。しかし、シュウマは動じず目を細めていた。彼は威勢のいい声から一転、落ち着いた様子のまま、ヒソヒソ声でアケヒに言った。



「……俺があの幻獣とハンマー野郎を引き付ける。 その間に、アケヒはこっから逃げて体勢立て直してきてくれ。 頼む」



「えっ……ちょ、何するつもり!?」



「よし、いくぞ!!」



 するとシュウマは、アキツミ目掛けて全速力でダッシュしていった。突然のことに驚くアキツミだったが、その無謀ともいえる行動を鼻で笑い、



「ハッ! 本当に死にてぇらしいな。 ラプター! 食い殺しちまえ!」



「やれるもんならやってみろ!」



 アキツミの命令を受け、咆哮ほうこうを上げたラプターがシュウマに襲いかかろうとする。

 

 が、



「んなっ!? お、おい止めろ!」



 大口をあけたラプターの動きは、アキツミの眼前でピタリと静止した。

 シュウマは、ラプターのいる左とは反対の右方向に向かって走っていた。そのため、ラプターが身体を捻ってシュウマに襲いかかろうとした際、アキツミの立っていた場所がちょうど重なった。シュウマは、アキツミの身体を盾にしたのだ。



 自分が食われる……! そう本能的に思ったアキツミは、咄嗟に「止めろ」という命令を下してしまった。

 その隙に、シュウマはまるでスライディングするかのようにアキツミの背後を通り抜け、向かい側へと到達した。




「へっへーん! バーカバーカ! 簡単に抜かれてやんのぉー!」



「こンのアマァ……!  ぶち殺してやる!!」



 シュウマの予想通り、アキツミは単純バカなタイプだったようだ。現に、彼の目的はアケヒだったはずなのに、あおられて冷静さを失った彼は、アケヒに背を向けてシュウマを睨み付けている。



「お前がそのハンマーで壁をぶち抜いて、その恐竜を入れたのは良いけどさ。 その図体で屋内を暴れさせる、ってのは、流石に難しいんじゃねえの?」



「黙れェ!! テメェなんざ、俺のハンマーで叩き潰してやる!」



「お前もお前で、そんなデカ武器は屋内戦じゃ不利だって気づけよ。 ここでそんなもん振り回したって、あっちこっち壁にぶつかりまくって、どっかに引っ掛けて終わりだろ? 

 だから品がねぇ、って言ったんだ!」



「ペチャクチャうるせぇぞガキが!! テメェ一人で、この俺に勝てると思ってんのか!? あァ!?」



 ついに、堪忍袋の緒が切れたアキツミは、ハンマーをグワン! と大きく回して走り出した。それに合わせて、後ろのラプターも動き始める。来る……と身構えたシュウマは、さらに奥へと走り出す準備をした。

 しかし、




「───っつーか、今からソイツ一人じゃなくなるからヨユーなんだけど?」




 その言葉が聞こえた直後だった。


 シュウウン! と、音を立てながら、飛行機雲のような白い煙が数本現れた。まるで空中に絵を描くように軌道を変えながら、それらの線の先端は収束し、ラプターの顔目掛けて突き進んでいく。そして、



 ───チュバァァァン!!



「グギャアアアアア!!!」




 着弾音。

 飛来した何かは、ラプターの鼻先に見事命中し、血飛沫を舞わせた。ラプターは、大きな悲鳴を上げるとともに、その場に横だおれとなった。致命傷というわけではなく、単に気絶しただけのようだ。




「な、に……!? 今、何が!」



 アキツミは狼狽ろうばいし、辺りをキョロキョロと見回す。シュウマも、何が起こったのか分からず、アキツミと同じようにキョロキョロしていたが、アケヒが居た方に何名か人が集まっているのが見えて、目を丸くした。



「アケヒ様ー! 遅れてゴメーン!」

 


「大丈夫ですか、アケヒ様ッ!」



「ミヅキちゃん、トウカちゃん! 来てくれたんだね……!」



 うち一人は、森でアケヒと行動を共にしていた天津あまづミヅキだった。右手には、日傘くらいのサイズの細い短剣が握られている。



 そして、彼女の隣にもう一人。

 赤とピンクのグラデーションがかかった、クセっ毛のツインテール。緩く着崩した制服には、ミヅキと同じ『風紀委員ポリスソルジャー』の腕章がつけられている。

 そして両手には、見た目に反したゴツい黒光りする拳銃が二丁。して、そのグリップには小さなサメとウサギのぬいぐるみらしきものがぶら下がっている。




風紀委員ポリスソルジャー……しかも、精鋭クラスが二人かよ!?」



 ハンマーを手放して慌てるアキツミの前で、二人の風紀委員は、アケヒを庇うようにして並び立った。



風紀委員ポリスソルジャー特別精鋭部隊ディバインナイト所属。 天津あまづミヅキ」



「同じく、特別精鋭部隊ディバインナイト所属の珠縄たまなわトウカでーす。 よろー♪」

 


 立ちはだかる、最強の助っ人二人。シュウマが目を輝かせるその先で、ミヅキは声高らかに言い放った。



風紀委員ポリスソルジャー規則に基づき───只今より、貴方を”粛清”します!」



 

つづく

 

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