(5)異能《ギフト》

✳✳✳


「はぁっ、はぁっ……クソッ! 今日に限って、どうしてここまでツイてないんだ……」



 森の茂みに身を潜め、青年は荒れた呼吸のままそう吐き捨てた。背中に背負った大剣が、シダの木に引っかかってガサガサと音を立てている。



「とりあえず血は採取したが……あの新入生を逃がしたのはマズいな。 顔を見られたのは間違いないだろうし……あぁ、腹もへってきた……」



 青年は、ワイバーンから採取した血を入れたたるを肘置き代わりにしながら、今後のことについて考えていた。



 と、彼のポケットでザザザザザ……と音がした。トランシーバーの音だ。現代日本からコーファライゾ学園国に持ち込まれた技術の一つである。



『───アラシ、アラシ。 聞こえるか。 聞こえたら返事をしてくれ』



 くぐもった声が、ポケットの中から響く。アラシ───そう呼ばれた青年は、ふぅ……と深く息を吐いてから、トランシーバーを取り出してボタンを押し、



「……こちら八垣やがきアラシ。 聞こえている。 どうぞ」



『あぁ、良かった。 本部に居なかったから心配してたんだよ。 それで、今どこに? どうぞ』



「校外の森に……ワイバーンを狩って血を採取していた。 どうぞ」



『そうか、いつも率先して動いてくれて助かる。 ……だが、今ちょっと急を要する事態があって。 すぐアジトに戻ってきて欲しい』



 トランシーバー越しの相手は、声のトーンを少し落として、真剣な空気を作った。急用というのが何なのか見当のつかないアラシは、怪訝けげんそうな顔でトランシーバーに耳を傾ける。



『───大講堂に向かった一番隊が暴走した。 予定していた『NC作戦』は中止になったんだが、それを無視して彼らが急襲を仕掛けている』



「何……!?」



 思わず声をあげるアラシ。しかし、送信ボタンを押さなかったため、その声は相手には届かなかった。

 淡々とした口調のまま、通信相手の男はアラシにこう告げた。



『そこで、アラシの部隊に動いてもらいたい。 一番隊の動向を見て、急襲が成功しそうなら加勢を。 失敗しそうなら、被害を最小限にとどめて撤収の手伝いを。 状況を見て、アラシに判断してもらいたいんだ。

 ……頼めるか? どうぞ』



 明らかに無茶なオーダー。しかし、不登校組レジスタンスに拾われてから、アラシは幾度となくそういう場面を潜り抜けてきた。

 ふぅ……と呼吸を落ち着かせるアラシ。そして、樽を抱えてゆっくりと立ち上がると、彼はキリッとした顔つきで送信ボタンを押した。



「了解。 ただちに本部へ戻り、出動する」




✳✳✳



「世界を滅ぼす、神獣の力……?」



 管理局本部があるエリアの広場は、幻獣たちによる殺戮の舞台と化していた。辺りには、イーヴェルラプターと呼ばれる恐竜のようなモンスターが跋扈ばっこし、人々を襲っている。

 


 そのエリアの中心。目を白くして動かなくなっているラプターたちに囲まれるようにしながら、裁切さばきりシュウマは、茫然と立ち尽くしていた。



「うん。  ……ここじゃ危ないから、移動しながら話そっか」



 そう言って、照姫てるひめアケヒはシュウマの手を引いて小走りを始める。シュウマも、それに続いてなんとか足を進めるが、気持ちが切り替わらない。


 それもそのはず。彼女は今、シュウマにとんでもない”お願いごと”をしたばかりなのだ。




『お願いシュウ君───私の異能ギフトを……世界を滅ぼす神獣の力を、少しだけ預かっててくれないかな?』




 つい先刻の、アケヒの言葉。その意図するところが分からず、困惑するシュウマだったが、彼が何か尋ねるよりも先にアケヒが口を開く。



「……コーファライゾ学園国には、ワイバーンやラプターみたいな数多くの幻獣が住んでいる。 この子達は皆、国が設立する以前の、はるか昔からこの土地に生息していた」



 突然始まる、アケヒの授業めいた口調。シュウマは小走りのまま首を傾げつつも、とりあえずその講義に耳を傾ける。



「幻獣には、この世の理を超えた力が秘められている。 端的に言うと、『魔力』みたいなものかな。 この土地の人々は、幻獣が持つ魔力の恩恵を受けながら、幻獣たちと共存してきたんだよ」



「その幻獣の魔力を直接受け取ることで、人間は超人的な力を手に入れることができる。 その力が……」




「───『異能ギフト』。 うん、ちゃんと勉強できててえらいね♪」




 コー学と幻獣の関係性。それは、シュウマもここに来る前に座学で勉強してきていた。そして、『異能ギフト』と呼ばれる超能力についても。しかし、



「俺、異能ギフト見るの初めてだったんだけど……もしかして、さっきアケヒが使った力が、それ……?」



「そうだよ。 それを、シュウ君にしばらくの間だけ預かってて欲しいんだ」



「……いやいやいやいやいやいや」



 冷静になった頭で、改めてその発言のヤバさを認識したシュウマは、一旦その場でストップして首を左右に振った。壁画などがズラリと並ぶ長い廊下の真ん中辺りで、二人は立ち止まる。




「あの……さ。 ツッコミどころ多すぎて、何から言えば良いのか分かんねぇんだけど……。


 まず、異能ギフトの貸し借りって、そんなんできんの? 異能ギフト持ちになれるかどうかは運次第だ、って聞いたし……。

 それに、幻獣から力を直接受け取るって、どうすんだよ? ってかそもそも、何でそんなことせにゃならんの?」



 とめどなくあふれる疑問を、とりあえず口に出していくシュウマ。一方のアケヒは、多大な質問責めに苦笑いを浮かべつつ、でもまぁ、私が言い出したことだし……と、懇切丁寧に説明してくれる。



「えっと、幻獣の力の源は”血液”にあるの。 そこに魔力が溶けている、って感じだね。 この国の人々は、幻獣を狩って食したり、卵やフンなんかから間接的に採取したりすることで、幻獣の血に流れる魔力を得て、生命力を維持していた」



 でも、とアケヒは続ける。



「それとは別に、幻獣から直接血を分けてもらう方法もあった。 それが、『授血じゅけつ』。

 ”吸血”の反対で、幻獣の方から血を受け渡されることで、魔力を直接流し込まれる方法だね」



 そう言うと、アケヒはおもむろに右腕の袖を捲り上げた。

 先ほど、ラプター達の動きを封じた際にも天高く掲げていたが、そこにはタトゥーのような流線型の紋様と共に、二つの赤い斑点があった。

 


「これって、噛み跡……?」



 そう尋ねると、アケヒは「ピンポーン♪」と口で言った。



授血じゅけつは、いわゆる儀式みたいなものでね。 幻獣側から認められた人間にしか行われないの。 それで、認められた人間は、こうして幻獣にガブッて噛まれて、そこから血を流し込まれる。 そうして、その幻獣が持つ魔力に応じた異能ギフトを手にできるんだよ」


 これは、その時のあとね。 と、アケヒは付け加える。



「なるほど……ざっくり言うと、「モンスターと契約して、超能力者に変身する」みたいなことか?」



「まぁ、大体はそうなんだけど……何か、特撮番組の設定みたいなたとえ方だね?」



 とりあえず、座学で習わなかった部分の知識は補完できた。しかし、シュウマの疑問はまだ尽きたわけではない。



 

「えっと……じゃあ次。 その、異能ギフトの譲渡について」



「うん。 ”授血”は基本的に、一幻獣に対し一人、っていうのがルールなんだけど、「幻獣が契約者を乗り換える」ことは理論上可能なんだよね。

 私が異能ギフトを失う代わりに、シュウ君が新たな異能ギフト保持者になる。 そして、後でまた私が異能ギフト保持者になる。 ……そうやってすれば、文字通り「異能ギフトの貸し借り」ができる、ってこと」



「でも、そのためには幻獣に認められて、そんで、噛まれなきゃいけないんだろ? 新入生の俺に、そこまでできるのかよ?」



 そう言われたアケヒは、視線を若干落とした。彼女が見据える先には、だらんと力なく垂れたシュウマの右腕がある。



「シュウ君……今、腕を怪我してて、感覚が無くなっちゃってるでしょ? だから、噛まれても痛くないかな、って思って……」



「え、嘘、そんな理由……?」



「あ、待ってそうじゃなくって!

 その……授血じゅけつする時に必要なのは、「幻獣に心を許されること」と、「噛まれる際の痛みに耐えること」なの。

 もし幻獣との相性が悪ければ、噛まれた際に拒否反応が起きて死に至ることもあるんだけど……それを回避するために、最近では”麻酔”をしてから授血じゅけつするって人も時々いるんだよ」



 それを聞いて、シュウマは「はぇー……」と無意識に相づちを打っていた。

 この国の原住民はともかく、シュウマのような外部の人間からすれば、魔法……ないし異能ギフトというのは魅力に映るのだろう。本来、選ばれた者しか得られないのが異能ギフトであったはずなのだが、技術の進歩などにより、その常識も覆りつつあるのかもしれない。



なら、私の言うことは聞いてくれるはずだから、きっとシュウ君にも心を許してくれると思う。

 ……それに、シュウ君なら多分大丈夫かも、って思ったんだ。 私の勘だけどね」



 明るく言うアケヒだったが、シュウマはまだ理解が追い付かない。



「というか、なんでそこまでして俺に異能ギフトを貸そうとするんだよ。

 それに、俺が異能を預かるってことは、アケヒが力を失うってことだろ? こんな状況で、自衛のための力を手放すなんて危な」




 ───と、その時だった。



 ズガアアアァァァン! という激しい音と共に、シュウマ達の前の壁が破壊される。



「「っ!?」」



 咄嗟とっさに身をかばう二人の前に、壁の穴を潜り抜けた一体のラプターが入り込む。

 そしてその足元には、屈強な一人の男が立っていた。



「おやおや。 表でラプターがやられていたから、もしやと思って来てみたが……大あたりだったようだなぁ。 照姫アケヒさんよォ?」



 巨大なハンマーを引きずり、舌なめずりする男。

 胴回りをガチガチに武装したその襲撃者は、どうやらラプターをしたがえて動いているようだった。


 

 またしても絶体絶命のピンチに立たされたシュウマ。早鐘を打つ心臓を左手で抑えながら、彼は焦りの表情を浮かべるのだった。




つづく

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