(8)生徒会《キャビネット》のお出迎え



「着きましたよ。 ……ほら、いつまでしがみ付いてるんですか。 早く降りて下さい」



「はひ……もう無理……ひぬ……」



 『ドライブホース』という名の馬の幻獣は、五キロ離れた生徒会キャビネット本部の建物に、ものの二分ほどで到着した。車で言うと、時速百二十キロオーバーの超スピードである。

 ミヅキは、失神しかけているシュウマを無理やり引き剥がしつつ、建物の入り口へと向かっていった。白壁で洋風なその建物は、管理局本部と同じぐらい大きく、正面の扉もゾウが入れるぐらいの大きさで作られている。



「っ……ミヅキ様!」



 正面玄関の両脇に立つ警備係が、ミヅキに敬礼する。ミヅキは、制服の内ポケットから手帳を取り出すと、それを開いて見せながら言った。



生徒会キャビネット書記長、照姫アケヒ様のご命令により、保護したあの新入生を送り届けに参りました」



 と、その時ちょうど、玄関の扉が開いて、人が出てきた。その右腕には、アケヒがつけていたものと同じ『生徒会キャビネット』の腕章がある。



「あぁ、ミヅキ君! 無事だったのかい?」



篠山しのやま先輩、お疲れ様です」



 篠山しのやま、と呼ばれたその生徒は、額に汗を浮かべながら蒼い顔をしていた。



「入学式の会場が大変だと聞いたけど、どうなんだ? 魔力電波妨害ジャミングの影響で、各所と連絡がつかなくなっていて、どこもかしこも混乱しているんだよ」



「大講堂を襲撃した不登校組レジスタンスおよび幻獣は、我々が処理しました。

 現在、管理局本部にて不登校組レジスタンスの一人と特殊部隊ディバインナイトの一人が交戦中。 アケヒ様もそこに居ます」



 報告書を読み上げるかのように、ミヅキは淡々と状況を説明していく。



「トウカ先輩がいるから大丈夫だとは思いますが……至急、応援部隊を管理局本部に送るよう、篠山先輩から指示をお願いできますか?」



「そうか……管理局の連中は、入学式のために出払っているのか。

 ……分かった。 ちょうど、魔力電波妨害ジャミングの解除を手伝うために、放送委員マスコミュニケーターの所に行くつもりだったんだ。 連絡手段が回復すれば、各所に指示も通せると思うから、その時には僕から声をかけておくよ」



 そう言って、篠山は駆け足で開けた場所まで出ると、手をパンパンと二回叩いた。

 すると、空気を裂くようにして、ドライブホースが現れる。先ほど、シュウマたちが乗ってきたものとは別個体だ。篠山は、慣れた手つきでドライブホースに跨がると、そのまま超スピードでその場を後にした。



「さぁ、私たちも行きますよ」



「分かった、分かったから……後でちょっと、トイレだけ寄らせて……」



 ミヅキに首根っこを掴まれながら、もう一人蒼い顔をしたシュウマがずるずると建物内へ引きずられていく。警備係の二人は、その光景を横目に見ながら、頭にハテナマークを浮かべていた。




 そして、その数分後。



「はぁっ、はぁっ……」



 息を切らした謎の男が正面玄関に近づいてくる。警備係の二人は、チラ、と目で合図をしあってから、扉の前に立ち塞がる。しかし、近づいてきた男の顔を見て、慌てて引き下がった。



「俺だよ。 篠山だ。

 ……すまないが、忘れ物をしてしまってね。 中に入れてくれるか?」




 ✳✳✳



「ほぇ~……ここが生徒会キャビネット本部……」



 だだっ広い廊下を歩きながら、シュウマ(※トイレで嘔吐済み)は、首がもげそうな勢いで辺りを見回していた。

 さっきまで居た管理局本部の機能的な内観とは違い、こちらはお洒落さが際立つ造りだった。絵画や彫刻などが至るところに飾られていたり、柱の一つひとつが曲線的であったり等、まるで外国の宮殿のようなきらびやかさだ。



「ここから、エレベーターで地下におります」



「そこに、生徒会キャビネットの中枢があるってことか……?」



「はい。 ……一応言っておきますけど、ここからは関係者以外立ち入り禁止の極秘エリアです。 貴方は、アケヒ様のご命令と、私の特権で特別に案内されているだけだということをお忘れなく」



「あぁ、はいはい分かっとります……」



 ちょうど到着したエレベーターに、シュウマとミヅキの二人が乗り込む。階数ボタンがある位置にアケヒが手帳をかざすと、紫の魔方陣が出現すると共に、ボタンにはない『B10F』という階数が表示された。

 そうして、二人を乗せたエレベーターはグングンと下へ進んでいった。



 

 その様子を、フロアの影から注視していた者がいる。

 先ほど、忘れ物を取りに戻った篠山だ。



「……あのエレベーターか」


 

 篠山はそう言うと、顎の下に手をかけ、

 そうして変装を解き、八垣アラシは小さく息をつく。そのまま、彼はポケットから生徒手帳を取り出した。不登校組レジスタンスである彼らの生徒手帳は、本来管理局によって剥奪されるはず。

 即ち、この生徒手帳は”偽物”だ。



 不登校組レジスタンスの一人、椎名しいなミヨの得意分野は、パソコンを駆使した技術的サポートである。

 元々、身体能力や魔法の扱いに自信がなかった彼女は、外の世界から持ち込まれたパソコンに強く興味を惹かれた。その結果、自分でプログラムを組んでサーモグラフィカメラを自作したり、魔力電波妨害ジャミング装置を開発したり等、とんでもない才能を発揮するようになった。アラシが持つ偽物の生徒手帳も、彼女が作ったものだ。



「ありがたく使わせてもらうぞ、ミヨ」



 アラシは、シュウマたちが乗った場所の向かい側に止まったエレベーターに乗り込み、手帳を使ってミヅキと同じ動作を行った。エレベーターは、何の疑いもなく生徒手帳の認証を完了し、『B10F』と表示を出した。

 アラシの乗り込んだエレベーターは、シュウマたちを追うようにして、グングンと下へ進んでいった。



 ✳✳✳


 

「───ようこそ、生徒会キャビネット本部へ。 お待ちしておりました」



「うぉわっ!?」



 地下十階に到達し、エレベーターホールを抜けて右側にある扉の前まで来た瞬間。自動で開いた扉のすぐ先で、一人の女子生徒が待ち構えていたかのように立っていた。



「ミヅキさん、ここまでのご同行、ご苦労様です。 それで、そちらが行方不明だった新入生の方ですね?」




 メガネの奥で柔和に笑う彼女は、ミヅキやシュウマよりも背が高く、落ち着いた雰囲気のある生徒だった。

 スカート丈が少し長めであること以外は、制服の着こなしは標準そのもの。学校紹介パンフレットにそのまま乗っていそうなレベルで平均的な様相の彼女だが、その腕にはしっかり『生徒会キャビネット』の腕章がある。



「初めまして。 私はコーファライゾ学園国生徒会キャビネット執行部所属、副会長の雨木あめきミヤビと申します」



「あ、どうも。 俺は……」



「───裁切さばきりシュウマさん。 第八期コーファライゾ学園国選抜入学生、第二十番。 東京都練馬区出身。 私立財部たからべ高校卒業後、コーファライゾ学園国転移生特別訓練学校に二年間在籍。 その後選抜入学者試験に合格し、本日よりコーファライゾ学園国に転移した新入生。 ですね?」



「あ、はい……そうです……。 ……てか、なんで暗唱までできんの?」



「新入生の情報は、一通り目を通していますので」



 微笑を見せるミヤビを見て、シュウマは「只者ただものじゃないな……」と肌感で察していた。事実、彼女はこの国の副会長ナンバーツー。とんでもない力や権威を持っていたとしてもおかしくない。



「副会長。 実はアケヒ様から、この男を生徒会キャビネット本部に連れていくように、という命令をうけたまわりまして。 ただ、アケヒ様がなぜそのようなことをおっしゃったのか、私には分からず……」



 ここまで彼を連れてくるのは不本意だったのだ、とでも言いたげなミヅキ。しかし、シュウマには明確な目的があった。

 ミヅキを押し退けるようにして前へ出たシュウマは、副会長の真正面に立つと、



「俺は、アケヒから頼まれ事をされたんです。 世界を滅ぼすとかいう、最強の異能ギフトを俺に預かって欲しい、って」



「なっ……!?」



 シュウマがそう言い放った途端、最初に反応を示したのはミヅキだった。彼女は、目を丸くしてシュウマの肩を掴む。



「な、何を馬鹿げたことを!! そんなはずありませんっ! アケヒ様がそんな危険なこと……新入生である貴方なんかに頼むはずがないじゃないですかっ!」



「だから! 俺とアケヒは幼なじみだって言ったろ! 

 確かに俺はアケヒから頼まれたんだよ! そのクレイ何とかって神獣と契約して、力を一時的に預かってくれって!」



「自分が何を言っているのか分かってるんですか!? クレイドラクロアは『黙示録の神獣』、貴方がその強大な力を受け止められるはずがないでしょう!?

 大体、アケヒが何故わざわざそんなことを頼むんですか!」



「そこは俺にも分かんねぇよ! なんか、フワッとした説明だったし、理由聞こうとしたところで邪魔が入ったし! ……でも、アケヒのことだからきっと何か特別な理由が」




「───特別、というほどでもありませんよ。

 

 照姫てるひめアケヒの異能ギフトを第三者に委託するというのは、我々生徒会キャビネット執行部の意向ですから」




「「…………え?」」




 ピタリと静まり返る、シュウマとミヅキ。

 理解が追い付かないままの二人を前にして、ミヤビはただ微笑を浮かべるままだった。




つづく

 

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