(2)照姫アケヒ、登場
✳✳✳
その子の名は、
肩にかかるミディアムの茶髪。アイドルグループ顔負けの整った顔立ち。少し小柄ながら、男子の視線を集める自然的なプロポーション。それに加えて、学級委員を買って出るリーダーシップや、人当たりの良い性格。まさに、皆の中心人物となり得る要素をかね揃えた少女であったアケヒの側に、シュウマはいつも立っていた。
性別こそ違うが、年齢も趣味も笑いのツボも同じだった二人。子供の頃からずっと仲良しだった彼らは、自他共に認める”相棒”だった。
ところが、
「本当に……異世界に行くってのかよ……」
五年前、二人は突然、離ればなれになることを余儀なくされてしまう。
アケヒが、十六歳という若さで『コーファライゾ学園国』の選抜入学者に選ばれたのだ。歴代最年少の入学者である。
「ごめん、シュウ君……。
……でもね、私も行ってみたいって思ったの。 未知の世界に」
東京都内のとある高校に通う二人は、その日、夕暮れ時の誰もいない教室で向かい合っていた。
しおらしい声で、しかし揺るがぬ決意を讃えた瞳をシュウマに向けて、アケヒは言う。
「勿論、異次元開発の研究チームだったお父さんの呼び声がキッカケではある。 けど、異世界に……コー学に行って、困ってる人たちを助けたいっていうのは、私の意志なんだ。
……それに私、なんか異世界適性高いらしくってさ」
「なんだよ、異世界適性って……。 いくら適性があるからって、あっちに行ったら、簡単にはこっちに戻ってこれなくなるんだろ? スマホも繋がらなくなるって聞くし……それでも良いのかよ!?」
珍しく、声を荒らげるシュウマ。アケヒは、困った顔でしばらく俯いてから、いつものような優しい笑顔をシュウマに向けた。
「そりゃあ、私も寂しいよ。 高校入ったばっかりで、最近できた友達とかもいるし。 何より……シュウ君とお別れするのが一番辛い」
「アケヒ……」
「……それでも、私は行きたいの」
その言葉には、もう迷いがなかった。
だからこそ、シュウマはこれ以上言葉をかけることができなくなってしまう。
「心配しないで。 私、こう見えて結構強いんだよ?」
「……知ってるよ。 全中柔道大会ベスト16のアケヒさん」
「もう! それ止めてって言ってるじゃん! ……ふふっ」
穏やかな時間。これからお別れが待っている、という雰囲気にはとても見えないような、いつも通りの
アケヒの目尻が、夕日に照らされてキラリと光る。
「……よし、決めた」
そんな中、シュウマは突然拳を握りしめて言った。
「俺も来年……いや、再来年! か、どうかは分かんねぇけど……俺もいつかコー学に行く!」
「えっ……!?」
「言っとくけど本気だかんな! そりゃ、アケヒに比べりゃ俺は馬鹿だし、強くもないけど……でも、いつか必ず、コー学で活躍するアケヒに会いにいってやる! 絶対だ!」
力の込もったシュウマの決意表明に、アケヒはしばらくポカンとしていた。が、すぐに顔を綻ばせ、心の底から嬉しそうに笑った。
「……うん、シュウ君なら絶対できるよ! 私、向こうの世界で待ってるね……!」
そう言うと、アケヒは制服のポケットに手を入れて、何かを取り出した。
シュウマの目の前に差し出されたそれは、赤く光るガーネットの玉を抱える、小さなドラゴンのキーホルダーだった。
「これ、おまもり! 離れてても、きっとそれがシュウ君のこと守ってくれるから!」
サービスエリアのお土産コーナーにあるような、小さなキーホルダー。
それでも、シュウマはそれを、他の何にも代えられない宝物だと思えた。
「ありがとう……俺、大事にするから。 そんで、逆にアケヒのこと守れるぐらい、俺も強くなるから!」
その言葉と共に、シュウマの目から涙が溢れだした。ニコニコしながら聞いていたアケヒも、シュウマの涙に釣られてすすり泣く。
この二週間後に、アケヒは『コーファライゾ学園国』へと旅立っていった。
放課後、赤く染まる教室での出来事。
その記憶は、ずっとシュウマの胸に刻まれ続けていた。悪い思い出としてではなく、活力として。
アケヒとの約束を果たすため……その日からシュウマは、本気でコーファライゾ学園国の選抜入学生になることを目指し、努力するのだった。
✳✳✳
───あれから五年。
念願叶って、ようやく異世界へと渡ったシュウマは、その先でいきなり、逢いたかった人物との再会を果たす。
「アケヒ…………?」
ワイバーンの背中からヒョイっと降り立ち、肩まである茶色の髪をサラッとなびかせる女性。
コーファライゾ学園国指定の制服に身を包んだ彼女は、腕章を辺りを軽く手で払ってから、シュウマに近づく。身長はシュウマより少し高くなっており、スラッとした佇まいもまた、五年の間で彼女が成長したことを感じさせる。彼女はグッと顔を近づけてから、ニコリと微笑み、
「無事で良かったぁ。 とにかく、急いで入学式の会場に向か…………って…………え…………」
シュウマの顔をしばらく見て、キョトンとするアケヒ。
そして、シュウマと共に声のボルテージを上げていく。
「……シュウ、君…………?」
「アケヒ……アケヒだよなっ!? え、こんなことあんのかよ!? マジか、こんな早く逢えると思ってなかったって!! すっげえ!!」
「嘘……ほ、本当にシュウ君なの!? すごいそっくりさんとかじゃないよね? ね!?」
「いや本物だよ! 正真正銘、
アケヒの後にワイバーンから降りてきた生徒たちがポカンと見つめる中、子供のようにはしゃぎ合う二人。お互い、やらねばならないことがたくさんあったはずなのに、二人ともそんなことはすっかり忘れてしまっていた。
「そっか……! まさか、今年の新入生にシュウ君が居たなんてビックリだよ。 ……というか、何でこんな所にいたの?」
「いや、それが俺にもよく分かんなくて……。
……ってか! それより大変なんだ! あっちで今変なヤツに襲われ……っ痛ぁ!!」
ふと我に返ったシュウマは、さきほどの出来事を思いだし、後ろを指差そうとする。しかし、自分の思いどおりに右腕は上がらず、代わりにズキン! という強い痛みが腕全体に走った。
「ぐぅ、クッソ……そうだった。 まずこの腕なんとかしないと……」
「腕? ……え!? ど、どうしたのそれ!? うわぁ、すごく痛そう……」
「あぁ……転移の時にゲートの光に触れちまって……」
「そう、だったんだ。 ……もしかして、シュウ君だけが離れた所に転移させられたのって……その事故で、ゲートに異常が起きたせいだったからなのかな」
シュウマの手を取り、じっくりと観察するアケヒ。再会の握手をするはずだったその右手が、こんな形で握られている……彼は心の奥で、自分を情けなく感じていた。
「……ミヅキちゃん。 これ、治せそう?」
アケヒは振り返り、ワイバーン隊の中の一人に声をかける。
十人程度の列の中から、隊長らしき一人がアケヒの隣に走り出た。シュウマより年下に見える、小柄で華奢な少女だった。動きやすそうだがガッチリとしている装甲。その腕に『
「……時間はかかるかもしれませんが、不可能ではないかと。 ただ、ここで
「管理局本部に戻って、”
ねぇシュウ君。 痛みは、今どれぐらい?」
「まぁ、動かそうとするとちょっと痛む、かな……」
「そうだよね……。 とりあえず、治癒魔法が得意な子にお願いして、応急処置だけしてもらおっか。 それと、私の
「アケヒ様。 治癒魔法は、私が」
「うん、お願い! それと、C班の子たちは、さっきの爆発音の調査、お願いできるかな?」
「「「はいっ!」」」
まるで医療チームのリーダーのように、テキパキと話を進めていくアケヒ。そのしっかりした様子に少し
ただ、アケヒのその活躍っぷりに、流石のシュウマも気になったようで、
「……というかさ。 あの人たちって、『
チラ、と隊員らを横目に見ながら、ヒソヒソ声でアケヒに尋ねる。
アケヒは、昔からずっと成績優秀で運動神経も抜群。まさにエリートと呼ぶにふさわしい存在だった。そんな彼女なら、このコー学で大出世していてもおかしくない。シュウマは、自分が今とんでもない無礼を働いているのではないかと、不安になったのだ。
「あ、そういえばまだ説明してなかったっけ。
えへへ……実はね」
アケヒは、両手を後ろに組んで少し得意気に微笑んだ。そして、クルッと横を向き、右腕に着けていた腕章をシュウマに見せる。
そこに書かれていた文字を見て、シュウマはまたしても驚きの声を上げた。
「───き、『
「そう! 私、コーファライゾ学園国の『生徒会書記長』なんだ……♪」
つづく
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