(3)ワイバーンを襲った犯人


 コーファライゾ学園国。

 

 それは、異世界にありながら、現代日本に酷似した特徴を数多く有する国。

 その特徴というものの最たる例こそが、「学校と同じ統治方法」である。この国には、日本における“内閣”や“警察”などといった組織がない。その代わりに『風紀委員』や『生徒会』などといった学校組織が置かれており、それらが国を動かしているのだ。




 裁切さばきりシュウマは、再会を果たした幼なじみ……照姫てるひめアケヒの腕章に書かれた『生徒会キャビネット』の文字を見て、驚愕の声をあげた。



生徒会キャビネット……って、コー学の実質トップってことだよな!? え……そんなすげぇ所に、アケヒが……!?」



「ふふっ。 まぁ、あくまで『書記長』だから、私よりもっと偉い人もいるよ? それに生徒会キャビネットだって、独裁的に国を支配してる訳じゃないから、そこまで立場も強くないし」



 アケヒはそういうが、シュウマだって、ここに来る前にコー学のことは一通り勉強してきている。彼女の立場がどれほど常識はずれのものなのかぐらい、理解できていた。




 生徒会といえば、普通は、学校における生徒の自治組織のことを想像するだろう。学校生活や行事などの問題を解決し、学校をより良くするのが仕事だ。

 しかし、コー学の『生徒会キャビネット』は、それを国レベルで行っている。すなわち、生徒会が””を担っているのだ。



 コー学の”内閣総理大臣”にあたるのが『生徒会長』。”副総理”にあたるのが『副会長』。といった具合に、生徒会の役職それぞれに、現代日本における内閣と同じ役割が与えられているのである。



「生徒会書記長……ってことは、アレと一緒だよな? あのアレ……かん……かんぼ……」



「『官房長官かんぼうちょうかん』、かな……? まぁ、大体そんな感じだよ。 コー学の生徒にお知らせとかしたり、各部署との話し合いをまとめたり……。 今日は、入学式の司会進行をやる予定だったりしたけど」



「……どこかの新入生が一人行方不明になったせいで、こうして今、余計な仕事を増やされているんですけどね」



 後ろにいた『風紀委員ポリスソルジャー』の一人……天津あまづミヅキのチクリと刺すような一言に、シュウマも思わず顔をしかめた。

 ちなみに、学校内の風紀を守るために活動をする風紀委員は、コー学においては”警察”と同じ役職である。




「ところでアケヒ様……その新入生は一体、何者なのですか? 先ほどからアケヒ様にタメ口ばかり……」



 と、痺れを切らしたミヅキが、遠慮がちにアケヒへ尋ねる。それは、ワイバーンと共に後ろで控えていた隊員たち全員が気になっていたことだった。



「あ……ごめん、紹介がまだだったね。

 彼は裁切シュウマくん。 私がコー学に入学する前、現代にいた頃の幼なじみなの」



「あ、どうも! この度コーファライゾ学園国選抜入学生となりました! 裁切シュウマと申します!」



 ピシッと気を付けの姿勢をした後、左手の指を揃えて敬礼する。すると、ミヅキをはじめとしたワイバーン隊の生徒らも、同じように敬礼を返してくれた。



「なるほど、アケヒ様の幼なじみでしたか。 ……その、てっきりアケヒ様とお付き合いされている方なのかと……」




「あ、そういうんじゃないっす」

「あ、そういう仲じゃないよ」



 二人同時に、あっけらかんと答える。

 息ピッタリのノットカップル宣言に、後ろの隊員たちも「え、あ、マジで……?」という反応である。しかし、当の二人は何も気にしている様子はない。二人の距離感は、出会った頃から変わらずこうであった。





「───アケヒ様っ! ミヅキ隊長っ! 大変です!」



 突然、近辺の調査に向かっていた隊員の一人が、息を切らしてこちらへ向かってきた。



「百メートルほど先で、両翼を損傷した野生のワイバーンを一体、発見しましたっ!」



「えっ!?」



 アケヒと、後ろの生徒たちが驚きの声をあげる。その中で、シュウマはさっきまでの出来事を思い出して顔色を変えた。



(っ!? そういえば、あの大剣ヤロウは……!?)



 辺りを見回すが、シュウマを襲ったあの青年の姿はどこにも見当たらない。あれだけ大暴れしておいて、気配もなく姿を消すなんて……と、歯噛はがみするシュウマ。無論、シュウマがその件をすっかり忘れてしまっていたのが元凶なのだが。



「とにかく、現場に向かおう! 悪いけど、シュウ君も一緒に来てくれないかな?」



「え……あ、ちょ、ちょっと!」



 シュウマが事情を話す間もなく、アケヒや風紀委員の面々は、事件現場の方へと走って行ってしまう。シュウマは、砂ぼこりに包まれながら、必死にその後を追いかけるのだった。



✳✳✳



「コチラです。 まだ息はありますが、随分血を抜かれているようですね」



「この傷……明らかに人間の手によるもの、だね。 酷い、誰がこんなこと……」



 倒れ伏した野生のワイバーンに集まる生徒たち。シュウマは、数十分前にも見たワイバーンの苦しそうな様子を前に、焦りと不安を募らせていた。



(なんか、色々起こりすぎて訳分かんなくなってたけど……とりあえず、早いとこあの大剣ヤロウのこと伝えとかないとだよな。 じゃないと……)



 と、一人思案にふけるシュウマだったが、彼の嫌な予感はすぐに的中してしまう。



「……シュウマさん、でしたっけ。 貴方は、この近くに転移したんですよね?」



「ほら来たこのパターン……」



 苦い顔をするシュウマ。ミヅキは、怖い顔をしながらシュウマに詰め寄っていった。



「ここは山の中。 人が寄り付くような場所ではありません。 ワイバーンの傷が人的被害なのだとしたら……まず疑わしいのは、最初からこの場に居た貴方なのではないかと」



「いや俺じゃねえって! 腕もロクに動かねぇし! 第一、生身でどうやってワイバーンと戦うんだよ!」



「そうだよ! シュウ君はそんなことする人じゃない!」



 ここで、アケヒがシュウマのフォローに回った。両手を広げ、まるでシュウマをかばうようなポーズでミヅキの前へと立つアケヒ。思わぬ展開にミヅキは一瞬面喰らうが、



「しかし……この場に居たのは、シュウマさん一人だけなんですよ? 他の容疑者がいない以上、まずは彼を疑うべきでは……」



「でも、ワイバーンがここで傷つけられたのかどうかは分からないでしょ? 別の場所……もしくは空中で誰かに襲われて、それでここに落ちてきちゃったのかもしれないし」



 加勢してくれるアケヒに同調する形で、シュウマも声をあげる。



「そうだそうだ! というか俺、さっき犯行現場見たし!」



 高らかにそう叫んだ瞬間、シュウマ以外の全員がシーンと静まり返り、ゆっくりと彼の方へと首を向けた。


 ヒュウ……と風が吹き抜ける音が聞こえるほどの沈黙。シュウマは、空気が変わったのを何となく感じ取って、「え……?」と小さく声を漏らした。


 

 うつむき、ワナワナと震えるミヅキ。心配したアケヒが声をかけようとするが、それよりも前に、ズン、ズン、ズン! と勢いよくシュウマの眼前にまで迫ってきた彼女は、顔を上げて叫んだ。



「な・ん・で!! そういうことをもっと早く言わないんですか!! 犯人を知っているなら知っていると、すぐに伝えてください!!」



「いやだって、タイミングなかったじゃん!! 俺だって混乱してたし、アンタらもゆっくり俺の話聞いてくれる雰囲気じゃなかったし……」



「だとしても!! そういう重要事項は真っ先に報告すべきです!! 貴方だって、不必要に疑われる羽目になっているじゃないですか!!」



「それは逆ギレじゃないですかねぇ!? アンタが早とちりしたのが悪いんだろ!!」



「ま、まぁまぁ二人とも……こんな所でケンカしないで~……」



 火花をバチバチと散らして睨み合う二人に、アケヒもタジタジである。シュウマも、早く言い出さなかった自分に非があることは理解していた。が、なんかこの風紀委員ポリスソルジャーはムカつくので、素直に謝れない次第である。



「えっと……それで、シュウ君が目撃した犯人は、どんな人だったの?」



 ケンカがエスカレートする前に、なんとか話を軌道修正したアケヒ。シュウマは、んー……と目をつむって首をしきりに捻りつつ、



「確か、俺と同い年ぐらいの男だったな。 ツンツンした感じの黒髪で……あと、デッカい剣担いでた!」



「アバウトな情報ですね……」



「うっせぇな!! こっちは異世界来て間もないんだからしょーがないだろ!!

 ……まぁでも、後はもう思い出せねぇな。 なんか、”レジスタンス”がどうこう、とか言ってたぐらいしか……」



「「っ……!?」」




 その時、またしてもシュウマを中心に皆が沈黙に包まれた。しかし、さっきの呆れた感じの沈黙とは違い、今回の沈黙にはシリアスな空気感があった。能天気な性格のシュウマだが、場の空気は読める。

 更に、事態は急展開を迎えた。列の後方に居た隊員の一人が声をあげる。



「た、隊長! 風紀委員ポリスソルジャー本部との通信が遮断されてますっ! 恐らく、魔力電波妨害ジャミングの類いかと!」



 それを聞いて、皆が一斉にポケットからスマホのような機械を取り出した。あ、この世界の人も普通にスマホとか使うんだ……などと感心する間もなく、ミヅキが言う。



「なるほど……どうやら彼の言うとおり、不登校組レジスタンス絡みみたいですね……」



「だとしたら、ちょっとマズいかも。 今すぐ生徒会キャビネット本部に戻った方が良いかもしれないね。 シュウ君のケガのこともあるし……」



「では、C班をここに残して、私たちは管理局本部に急ぎましょう」



「え、え……何? 何が起こったの?」



 真剣モードのアケヒ達に圧倒され、オロオロするシュウマ。

 ミヅキの指示で、隊員たちがテキパキと動いていく。そんな中、アケヒがシュウマの前に現れ、何やらハーネスのようなものを差し出した。



「それじゃあ、シュウ君はこれ着けて、私の後ろに乗って。 事情は、また後で説明するから」



「乗る、って……あのワイバーンに?」



「うん。 ……緊急事態だからちょっと飛ばすかもだけど、頑張ってね♪」



 ニコッと笑うアケヒを前に、シュウマは期待半分、恐怖心半分の引きつった笑みを返すのだった。



つづく

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