山荒らし

「待て。俺はまだお前に勝ってない。お前の片翼を斬り落としただけだ。それにお前、まだ本気出してないだろ。そんな状況で勝手に俺の勝ちにしてもらっても困る」


「……ふっ、お前はそういう所は真面目なのだな。だが私は人間と手合わせする時は、相手が私の片翼を斬り落としたら勝利という事にしているんだよ。これが私なりの決闘、という事だ。お前が気にする事は何もない。それより座れ。話を聞こう」


 鞍馬は座るのに丁度良い大きさの切り株を二つ生やした。


「保馬祭は毎年行われている藩の伝統なんだ。毎年運営には力が注がれているし、皆もこの祭りを楽しみにしている。だからせめて、お前がこうやって祭りの邪魔をしている理由を教えてほしい」


「理由、か。それはこの道を通る者達がこの山を荒らしていくからだ。普段ならまだしも、この保馬祭の時期になると普段の何倍もの人間達がこの道を通り、植物を踏み荒らしたり動物を狩ったりしていく。これまでは見過ごしてきたが、今年はいくらなんでも酷すぎる! 私の山をこれ以上荒らされるのは耐えられない。だからこうして保馬祭関係者を阻んでいるのだ」


 天狗という妖魔は、守り神のように山に住み着く事が多い。鞍馬もそのようにした天狗だ。山の守り神たる天狗にとって山は我が身も同然。鞍馬の怒りは当然の物だった。


「……待て。今年はいくらなんでも酷すぎるって、どういう事だ?」


「祭りの運営側なら知っているのではないか? 今年初めて保馬祭に出店するという『十極屋』……あの店の運び屋たちの態度は著しく品位を欠いている。この道を通る傍ら山菜や動物を必要以上に狩り、さらにそれを町で異常に高価な値段で売っていると聞く。さらにこの山道の途中で野宿する時には必要以上に火を燃やして動物たちを煙で苦しめている……。自らの私利私欲の為に我が山を好き放題利用するなど言語道断だ!」


 今まで落ち着いていた鞍馬が初めて怒鳴った。その気迫に虎和さえ一瞬恐怖した。


「十極屋……藩の外れの方にあるからくり屋か。確かにあまり良い噂は聞かないとお藤が言ってたけど……まさかこれ程とは」


「そうだ。あの者達だけはどうしても許せん」


「……でもそれって、裏を返せば十極屋さえどうにかなれば妨害をやめてくれるって事か?」


「……お前の口から他の者達にも山の自然を大事に扱うように言ってくれるなら、そうしても良いだろう」


「なら決まりだな。二人で十極屋の奴らに痛い目見させてやろう」


 虎和は珍しくあくどい笑みを浮かべていた。


 ~~~


 翌日、夜。


「京十郎さん、本当にこの道使って大丈夫なんですかね……?」


「保馬祭運営の奴らから『異変の元凶の妖魔を退治した』って知らせが来たんだ。大丈夫に決まってんだろ。それに、そろそろ城下町に入っとかねぇとだしな。初の保馬祭なんだ、派手にやりたいんだよ」


 十極屋店主・十極京十郎は数人の部下達と共に山道を通っていた。十極屋のからくりは普通よりもかなり高い。それを京十郎の話術で強引に売りさばいて来たのだ。つまり、京十郎なくして十極屋は成り立たない。


「……それにしても、何だか不気味ですね。何かに見られているような……」


「そんなもん、気にする事じゃねぇよ。どうせ夜中に起きてきた動物とかだろ? 動物なんてのは殺して喰ってやりゃあ良いんだよ。動物なんて人間に喰われるためにいるようなもんだからな!」


「ほう。山の守り神であるこの私の前でそんな事を口にするか、十極京十郎よ」


 笑い飛ばす京十郎の頭上から、黒い羽根が舞い落ちてくる。それとほぼ同時に、彼の目の前に鞍馬が現れていた。


「お前は……!? 妖魔は退治されたんじゃなかったのか!?」


「それは虎和がお前達に虚偽の情報を流すように指示したからだな。お前達だけをここに誘い込むために」


「虚偽の情報、だと……!?」


 京十郎が唖然としている中、茂みの中に隠れていた虎和も姿を現す。


「俺がその虎和だ。保馬祭運営を代表して伝えさせてもらう。保馬祭運営はお前達十極屋の出店権を剥奪する事を決定した」


「出店権を剥奪!? どういう事だ貴様ァ!」


「保馬祭の元来の目的は『豊かな自然の恵みに感謝する事』だ。だがお前達の行動はそれに反している。そんなお前達を保馬祭に参加させる訳にはいかない、って事だ」


「いきなり出てきてふざけた事抜かしてんじゃねぇぞ! いいからそこを退けェ!」


「どの口が言う!」


 いきり立って突撃しようとした京十郎を、鞍馬の一喝が止める。周りの時間が一瞬止まったかと錯覚するほどの気迫が、そこにはあった。


「いきなりこの山に現れて散々ふざけた愚行をしてきたのはお前たちの方だろう! 自然というのは、人に恵みを与え、その人から恩返しを貰う事で初めて成り立つのだ。だがお前たちのやっている事は、自然からの一方的な略奪に過ぎない! そんな貴様らがこの山を通る資格、ひいては保馬祭に参加する資格など断じてない!」


「鞍馬の言う通りだ。今ならタダで帰してやる。だがこれ以上愚行を重ねるなら……どうなるか分からないぞ?」


 鞍馬は妖術の発動準備をし、虎和も刀に手を掛けた。そして彼らの周りに待機している動物たちも、鞍馬の突撃指示を今か今かと待ちわびていた。


「……分かった! 分かったから! 今回は身を引く! だから命だけは勘弁してくれ!」


「ならさっさと消えな。鞍馬も動物たちも殺る気満々だから」


 京十郎は脚を引きずるようにしながら惨めに撤退していった。


「……ふぅ、流石にここまで脅せばもう来ないでしょ」


「虎和よ。あの者達を正式に追い払う事ができたのはお前のお陰だ。感謝する。お前とは良い戦いもできたしな。何か困ったことがあったらいつでも来ると良い。お前の力になる事を約束しよう」


「そうか。ありがとな、鞍馬。次に会う時には、お前を完璧に負かせられるくらいに強くなってくるさ」


 日が昇り始める。役目を終えた虎和は、鞍馬と動物たちに見送られながら山を後にした。これから保馬祭の準備はさらに忙しくなるだろう。

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