鞍馬
虎和が件の山———範馬山に着いたのは、日も完全に沈んだ頃だった。
「成程、ここが城下町に物を運ぶ道として使われてるのか……。でも、怪異が起きたって割には整いすぎだな」
話を聞いた限り、人を傷つけはしないが相当派手にやっている様子だった。だが実際は道だと判別できる程には整っていた。
妖魔は怪異の痕跡をほぼ残していない。やはり今回の敵は相当な手練れだ。
そしてしばらく歩いていると、虎和の頭上から黒い羽根がひらりと落ちてきた。
「お出ましか」
「見れば分かる。お前、この辺りで起きている怪異を解決しに来たのだろう?」
上空から聞こえてきたのは、低く渋い声だった。声の主は地上に舞い降り、虎和と対面した。
「やっぱり天狗だったか。嫌な予想が当たってしまった……」
「私は
鞍馬と名乗った黒い天狗は落ち着いた口調でそう尋ねてきた。一応、話が通じない相手ではなさそうだ。
「俺は紅床虎和。保馬祭の物資を運ぶ人を襲っている怪異を解決しに来た者だ」
「紅床……そうか。その赤い髪、やはりお前はあの女……紅床梅の息子なんだな?」
「なっ……!? 何故母上の名を!?」
鞍馬が口にした紅床梅という名前。それは間違いなく虎和の母の名だった。
「私は強き者と戦うのが好きだ。三百年生きて数々の猛者達と戦ってきたが、女でありながら私と互角に渡り合ったのは彼女だけだった。彼女の『回転』の力……実に手強かった」
梅が「回」の異能で戦っていた事は虎和も知っている。だがまさか天狗と渡り合える程の力を持っていたとは思いもしなかった。
「それで……虎和だったか。話は何だ?」
「もうすぐこの藩では保馬祭が行われるが、この山道で怪異が起きるせいで物資の搬入が大幅に遅れている。ここで怪異を起こしているのはお前何だろう? 今すぐやめてくれ」
「成程……残念だがそれはできない話だ。だが」
鞍馬は腰に差した刀を引き抜いた。同時に黒い羽根が何本か宙に舞う。
「あの梅の息子だ。彼女に免じて特別に、私を楽しませられたら交渉に乗ることにしよう。さぁ虎和よ、殺す気でかかってこい」
「まぁやっぱり、そうなるよな……」
間違いなく鞍馬は、虎和が戦って来た妖魔の中でも最上位に位置する強さだ。だが幸いにも梅のお陰で、話は通じている。出せるだけの全力を鞍馬に見せつければ良い。
「それじゃあ遠慮なく、殺す気で行かせてもらうわ」
互いに刀を構え、睨み合う。そして虎和の足が動いた瞬間、勝負が始まった。
虎和は鞍馬との距離を詰め、剣戟での勝負を持ちかける。勿論、血液操作による身体強化は全開だ。
「ふむ……良い太刀筋だ。これほどの剣技を身に着けているとは、よほど良い師匠がいると見た」
「あぁ。俺の師匠は凄い人だよ。そしてこれも師匠の教えだ。『戦場で使える物は何でも使え』」
虎和は剣戟の合間に、鞍馬に一枚の札を張り付けていた。『体が重くなる』と書かれた札だ。
次の瞬間、鞍馬の体は重力が強くなったかのように地面に叩きつけられた。
「凄いな! 札を媒介として書かれた性質を付与する異能か?」
御茶之介の異能の利点、それは一度札に性質を書き込んでしまえば、本人が不在でも異能の効力を発動できる事だ。
「そんな呑気に分析してる場合か?」
体が重くなり思うように動けない鞍馬に、虎和は容赦なく刀を振り下ろす。だが刀は鞍馬の右手であっけなく止められてしまった。
「なっ!?」
「成程、札を剥がせば効果は無くなるのか。そして推し量るに———!」
既に鞍馬は札を剥がしていた。そして左手で札を虎和に張り付けようとする。
鞍馬の予想は正しい。御茶之介の札は剥がされても、張り直せば何度も力を使える。だが、それを逆手に取られる事を虎和が想定していないハズがなかった。
「そう来ることは分かり切っている!」
虎和は貼られる直前の札に血をぶっかけた。血を吸った札は柔らかくなり、そして破けてしまった。これで効力は失われた。
「ほう。流石に対策済みか。だが今ので分かった。その血を操る異能こそが本当のお前の異能だな?」
「……まぁ、流石に気づかれるか」
自らの異能に気付かれた虎和は、血の異能を全開にする。周囲に爪程度の大きさの血の球を何個か浮かせ、それらと共に鞍馬に接近する。
「さぁ、何をする気だ?」
「紅血爆」
二つの血の球が鞍馬へと迫る。鞍馬は撃ち落とそうとするが、それよりも早く血の球が破裂した。破裂した球の破片は鋭い断片となり、鞍馬の体に突き刺さる。
「ふむ、面白い術だ———」
「もう一発だ」
今度は鞍馬の眼前で炸裂する。だが今度は破片が飛んでいくのではなく、液体として鞍馬の目にかかった。
「目潰しか!」
「ご名答ッ!」
視界を塞がれた鞍馬目掛けて、虎和は血の小刀を二本投擲しながら刀で首を狙う。視界を封じられた鞍馬にそれらを防ぐ術は無いと思われたが……。
「攻撃がどこから来るか分からぬならば、全ての方向に対応すれば良いまで。瓢風旋回」
鞍馬はついに妖術を解放した。彼を中心として全方向に風が吹き荒れ、小刀も虎和も飛ばされてしまった。
「嘘だろ……ここまで妖術使ってなかったのかよ」
「楽しくなってきた。ここからは此方も本気で行かせてもらおう。怪異の内容から大体予測しているとは思うが、私の妖術は風とこの山の自然を操るものだ」
鞍馬が地面に触れると、その場からツタが生えて急成長を始めた。普通ではありえない程に長く巨大になったツタが、虎和に襲い掛かる。
「流石は天狗、妖術が段違いだ……! だが! 紅血炎!」
迫りくるツタ目掛けて、虎和は血をぶっかけた。そしてその血の温度を急上昇させ、発火させた。師である仙明の異能から着想を得た技だ。
「中々の対応力と応用力……。やはり親と子はよく似るのだな」
「そこだッ!」
かなりの量のツタが伸びてきたため、互いの姿が視認し辛い状況になっていた。その隙に虎和は鞍馬の背後に回り込み、刀の一閃を喰らわせようとする。
「バレバレだ!」
鞍馬は声のした方に刀を振り、同時に風を発生させて吹き飛ばそうとする。……だが、虎和の声がした方向に彼はいなかった。
「……何!?」
慌てて振り返った鞍馬が目にしたのは、自らに刀を振るう虎和と、彼の近くに落ちていた香り袋だった。
お藤の「惑」の異能も、匂いさえ嗅がせれば本人が不在でも発動する事ができる。ツタで視界が悪くなった所で鞍馬の近くに投擲していたのだ。
「隙だらけだ」
虎和の鋭い一閃が、鞍馬の片翼を斬り落とす。その様を見て、鞍馬は満足げな表情を浮かべた。
「私の片翼を落としたか。……この勝負、お前の勝ちだ。久々に良い戦いができた。お前の話を聞こうじゃないか」
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