夢が醒める時

 こちら側には仙明と流鏑馬の形態を取った虎和、そして狐の大軍。そして夢の残り時間はあと三分。戦況は一気に獏が不利になった。


「にしても虎和よ……まさかここまで状況を整えてくれるとはのぅ!」


「仙明さんの教えでしょう? 『戦場で使える物は何でも使え』って!」


「調子乗った事抜かしてんじゃないよ! 援軍もろとも食い尽くしてやるッ!」


 獏はさらに巨大化し、虎和達を一網打尽にしようとする。だが逆に、虎和にとっては好都合だった。


「それで強くなったつもりか? 俺的には的が大きくなっただけだぜ!?」


 はずれ者とはいえ、虎和も侍だ。普段血の矢を飛ばしている事もあり、流鏑馬の精度はかなりの物だった。巨大化した獏の目玉を中心とした急所を的確に撃ち抜いていく。


「うがァッ! 目がッ!」


「狐達、今だ!」


 目を潰されて獏が怯んだ隙に、狐たちが獏の巨体を駆け上がっていく。そして自慢の爪で一斉に獏の体を引っ搔いた。一匹一匹の力はそこまで強くないが、百近い数の狐に一斉に引っ掻かれたら流石の獏でも無事ではいられない。


「うざったらしいわね! ただの動物ごときが、この獏様に盾突いてるんじゃないよ!」


 善戦した狐達だったが、獏の攻撃によって半分近くが降り落とされてしまった。地面に勢いよく叩きつけられる狐達を見て、仙明の堪忍袋の緒が切れた。


「貴様ァァァァ! 儂の可愛い狐達を傷つけおったな! 儂は今! 数年振りに激昂したッ! 貴様を今一度儂の炎で焼き尽くしてやる!」


 疲弊しきっていた仙明だが、狐が傷つけられた事でついに激昂した。虎和が狐を援軍に連れてきたのは、ここまで読んでの事だった。


「仙明さん、貴方なら狐の為に怒って戦ってくれると思ってましたよ……!」


「狐達よ、下がっておれ! 今からこのふざけた妖魔を丸焼きにする!」


 仙明の一声で狐達は一斉に退避を始めた。すかさず獏が追撃しようとするが、虎和が矢を放ちそれを阻止する。


「さっきからちまちま矢ァ撃ってんじゃないわよ!」


「だったら派手に焼かれるのはどうじゃ? 怒った儂の炎の火力は三倍増しじゃぞ!」


 狐達が完全に退避したのを確認して、仙明は獏に炎を浴びせた。先程より巨大化しているにも関わらず、その巨体をまるごと覆いつくす程の炎だ。宣言通り火力も三倍増しになっている。


 そしてついに、夢の中の景色が歪み始めた。


「やった! 夢が終わるぞ!」


「まずい……このままではァ……私の計画がァァァ……!」


 獏はこの状況を何とかしようと必死にもがくが、何も変わらない。


「あぁ……望晴に憑りついて効率的に人を喰う私の夢が……!」


「さぁ、そろそろ現実を見る時間だぜ、獏。お前の最低な夢もここで終わりだ!」


「嫌だァァァァァ! 私はもっと、もっともっと人を喰って強くなるんだァァァァ!」


 惨めに泣きわめく獏だが、非情にも夢の世界は完全に崩壊した。そして彼らの意識は、急速に現実へと戻っていくのであった。


 ~~~


「……ハッ! 獏は!?」


 目覚めてすぐに、虎和は周囲を見渡して獏を探した。そしてそれはすぐに見つかった。


「獏! 待てッ!」


 獏は虎和が目覚めるよりも僅かに早く目覚めていた。そして虎和に気付かれると同時に全力逃走を開始する。


「ハハッ、一足遅かったわね! 望晴を失うのは残念だけど、まだまだ私は人を喰って———」


 完全に勝った気になっていた獏だったが、少し遅れて虎和の体が自身に突き刺さっている事を理解する。虎和は抜刀術の達人。速度で彼に敵うハズが無い。


「やっぱり、現実ではこの程度か」


「な、なんで……!?」


「教えてやろうか? お前が負けたのはずっと夢に甘えてたからだ。夢を叶えるには現実に真っ直ぐ向き合わなくちゃならないんだ」


「知った口を利くなァァァァァァ!」


 獏は最後の抵抗で虎和を丸呑みにしようとするが、それより遥かに早く虎和が獏の首を斬り落としていた。


「はぁ……滅茶苦茶な夢だったな。でも、案外悪くなかった」


 目覚めの陽光を浴びながら、虎和は夢の余韻に浸った。そしてしばらくした後、再び現実を歩き出した。

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