獏
激昂し咆哮する獏。その前に立ちふさがった虎和と仙明だが、夢の中なので二人とも武器を持っていない。
「二人とも、獏に丸腰で挑むのは危険です!」
「望晴よ、あまり儂らを甘く見ないでくれるかの? 儂らは武器など無くても異能だけで十分戦える。じゃよな、虎和!?」
「そうですよ。さっさとあんな奴ぶっ倒しちゃいましょ!」
そう言って二人は異能を発動する。虎和は血を、仙明は熱を操ろうと試みるが……。
「……は? 何だこれ。この体、血が流れてない……!?」
「儂もじゃ。熱を感じん! 熱が無いぞ!」
「……桜さん、虎和さんと仙明さんの漢字って」
「虎和さんが『血』、仙明さんが『熱』だけど……」
二人の異能を聞いた望晴の表情が絶望一色に染まる。
「さっきも言った通り、夢に登場している本人はあくまで精神の像。だからそこには『血』も『熱』も存在しない……! 二人の異能は夢の世界と相性最悪なんです!」
「え⁉ それじゃあ二人は、武器も異能も無しで戦わなくちゃならないって事!?」
流石の虎和と仙明と言えど、純粋な体術だけでの戦いは厳しい。それに加えてここは、夢の中という獏に圧倒的に有利な空間。
「……これ、相当ヤバくないか?」
「相当じゃあないぞ。滅茶苦茶激しく猛烈にヤバいんじゃこれはァ!」
「丸腰に加えて異能も使えない雑魚共がァ! 大人しく私の餌になんなさいよ!」
慌てふためく二人目掛けて獏が飛び掛かってくる。二人を丸呑みできる程の大きさに変形させた口を全開にしてだ。
「いや、儂にはまだこれがある! 喰らえ、狐火旋風!」
だが仙明にはまだ戦闘手段が残っていた。半妖だからこそ使える炎の妖術だ。猛烈な炎の渦が獏を逆に丸呑みにして、ことごとく焼き尽くす。
「うがぁぁぁぁぁッ! やってくれたわね、このクソ狐がァッ!」
炎に包まれながら獏は醜い叫びを上げたが、その体は徐々に再生しつつあった。夢の中では無類の強さを誇るという話は本当だったようだ。
「効いてはいるが……これだけでは倒せんぞ! 望晴、この夢はお主が見せている物なのだろう!? ならば、強制的に終わらせる事はできんのか!?」
「僕の夢は一度見せたら一定時間経つまで目覚めない仕組みなんです。その時間までは……あと十分を切ってます!」
「よし、つまりそこまで耐えれば俺達の勝ちって事だな!?」
あまりに絶望的な状況だが、それはここが夢の中だから。夢から醒めれば虎和も仙明も刀と異能を使えるし、逆に獏は万全の状態ではなくなる。あと十分耐えられれば、勝てる。
「そうなればやる事は決まった! 虎和、お主は桜と望晴を他の夢に逃がすんじゃ。儂が獏を虎和の夢の中に抑え込む!」
「駄目です仙明さん! いくら何でも夢の中で獏を一人で抑えるなんて無理がある! 俺も残って戦います!」
「馬鹿を言うな! 儂は妖術で辛うじて戦えているが、今のお主は丸腰に加えて異能も使えない。そんな状態では獏とはやり合えん! それこそ自ら死にに行くような物じゃ!」
仙明の身が不安ではあるが、彼の言う事も最もだ。下手に加勢する方が、一人で足止めするよりも遥かに愚かな行動だ。
「……分かりました。二人とも、一旦逃げましょう!」
「仙明さん、ここは頼みました!」
虎和は望晴から手短に夢の仕様を聞き、夢の端にある黒い壁へと三人で飛び込んだ。
黒い壁を超えた先で聞こえてきたのは、陽気な楽器の音色と人々のざわめきだった。
「ここ、私の夢だ!」
「でもここなら、屋台の影とかに隠れられそうです。ここに身を潜めましょう」
桜と望晴はこの夢の中に隠れる事にしたが、虎和はどうしたら良いか悩んでいた。
今からでも仙明に加勢した方が良いか、それとも二人の護衛としてここにいた方が良いか。
思考を巡らせながら周囲を見渡すと、虎和はある事に気付く。
(この夢、多分保馬祭だよな。桜様は行った事無いハズだけど、よくできてるな。……もしこれが本物の保馬祭を模した物なら、『アレ』があるんじゃないか……?)
「二人とも、ここで身を隠していてください。俺は仙明さんを助けに行ってきます!」
ある一つの可能性を信じて、虎和は駆け出した。
~~~
「そろそろ炎の攻撃も読めるようになってきたぞ? お前の攻撃はこの程度かァ?」
「はぁ……はぁ……無駄に生きのよい妖魔じゃ。せいぜい夢が終わるまで喚いてやがれ」
「夢が終わるまでにあなたの命が尽きなければ良いけどねぇ?」
獏は持ち前の再生能力もあってほぼ無傷。逆に仙明は連続で全力の妖術を放った為にかなり疲弊している。
「さて、そろそろ終わりにしてあげようかしら」
獏が変形させた鋭利な爪で仙明を切断しようとした、その時だった。
「ヒヒィ―ン!」
「これは……馬の鳴き声?」
突如として戦場に響いた馬の声。それとほぼ同時に、獏の額に一本の矢が突き刺さっていた。
「馬に加えて矢……これはまさか、武士の伝統である『
「大正解だよ、獏!」
戦いに乱入してきたのは、馬に乗り弓矢を構えた虎和だった。桜の夢の保馬祭会場から、馬と弓矢を借りてきたのだ。
「虎和!」
「助けに来たのは俺だけじゃないですよ、仙明さん!」
虎和がそう言うと同時に、黒い壁の向こうから大量の狐が姿を現した。虎和が仙明の夢から引き連れてきた狐たちだ。
「コンコォーン!(私達も仙明さんと一緒に戦わせてください!)」
「全く……頼もしい奴らじゃな!」
「さて、これで戦力逆転だぜ!」
夢の終わりまで、あと三分。
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