仙明の夢
「え……待って待ってどういう事? とりあえず、あなたのお名前は?」
「僕は
望晴と名乗った少年は細い足で歩き出した。まともに食事ができていないのか、非常に不安定で頼りない足取りだった。
「私は桜。……望晴君、君は一体何を知っているの?」
「……まず、『夢小道』の怪異を起こしてたのは僕なんです。僕の『夢』の異能で人気の無い道を通った人を眠らせて、食べ物やお金を盗んでいたんです。……自分でも、悪い事だって事はよく分かってます。でも、生きていくにはこうするしかなくて……」
望晴は若くして親に棄てられ浮浪者になった少年だった。確かに存在する罪悪感に耐えながら四年間、この方法で何とか生きながらえてきたのだ。
「でも、二日前に状況が変わってしまった。あの妖魔……獏に目を付けられてしまったんです。獏は人の夢に入り込んで、その人の精神を内側から喰らう妖魔です。全ての人が寝る時に夢を見る訳じゃないけど、僕の異能なら確実に人に夢を見せる事ができる。僕は獏に憑りつかれて、獏の人食いの手伝いをさせられているんです」
「……今の状況は何となく分かったわ。でもどうして、君は今危険を冒してまで私に接触してきたの? この事が獏に知られたら、君も無事ではいられないはず」
「……変な話ですけど、僕は今回術にかかったのが三人で良かったと思ってるんです。一人は赤髪の侍、もう一人は多分、半妖の方ですよね? そしてそんな強そうな人達と一緒にいるあなたも強いに違いない。あなた方なら獏を倒せるかもしれないと思って、夢に介入してお願いしに来たんです」
「そうだったのね。……ごめんなさい、私はあの二人と違って戦えないの。でもあの二人……虎和さんと仙明さんならきっと獏を倒せると思う」
「それじゃあ早速、その二人の所へ向かいましょう」
望晴は僅かに希望を掴んだのか、さっきより少しだけ力のこもった声で言った。
「え、二人もこの夢の中にいるの?」
「いや、ここにはいません。僕の異能は、その人が心の奥底で最も願っている夢を見せる事。そして、同時に夢を見せている相手の夢に移動する事もできます。なので僕達はこの夢の境界線から、二人の夢に飛ぶことができるんです。互いの夢を移動できるのは獏も同じなので、あっちでまた獏に襲われる可能性はありますが……」
「でも、あの二人のどちらか一人でもいれば凄く頼もしいよ。ここは危険を承知で移動しよう!」
獏に気付かれぬよう慎重に歩きながら、二人は夢の境界線まで辿り着いた。祭りの景色はそこでぷつりと途切れていて、代わりに真っ黒な壁が存在している。
「この壁の向こうが、二人のどちらかの夢です。どっちの夢に飛ぶかは、僕にも分かりません。……でも、行くしか無いんですよね?」
「そうね。よし、行こう!」
二人は意を決して、黒い壁へと飛び込んだ。壁に衝突すると思いきや、まるで水の中に飛び込んだかのように二人の体は沈んでいった。
~~~
しばらくして、水の外に放り出されるような感覚を覚えた。振り返ると、背後には先程の黒い壁があった。どうやら次の夢へと移動したようだ。
「ここは……?」
「無事に移動できたみたいですね。獏が今どこにいるか分かりません。気を付けながら夢の主を探しましょう」
望晴の見せる夢には、必ず夢の主が登場する。夢に登場する夢の主はいわば、その人の精神そのものである。獏はそれを喰らう事で、その人を廃人同然にする。
周囲を警戒しながら、二人は夢の主を探す。桜のきらびやかな祭りの夢とは打って変わって、今度の夢は静かな山の中のようだった。
二人が歩いていると突然、すぐ近くの草むらから音がする。
「誰!?」
桜が望晴を庇いながら振り向くと、そこには一匹の狐がいた。おそらく雌だろう。
「桜さん、気を付けてください。獏は夢の中では変幻自在。今回もさっきみたいに狐に化けている可能性もあります」
望晴が警戒した様子で言うが、狐は一切の敵意を感じさせない様子で座っている。そして何を感じたのか、突然走り出してどこかへ行ってしまった。
「とりあえず、獏では無さそうですね。追いかけてみますか?」
「そうね。何かあるかもしれない」
二人は急いで狐を追う。狐は二人を撒くような事はせず、むしろ導いているかのように速度を調整しているようだった。
そして辿り着いた先で、二人は驚愕の光景を目にする。
「こ、これは……ッ!?」
そこには、大量の狐に囲まれる仙明がいた。仙明は狐の大軍にもみくちゃにされている。二人を導いた狐もその中に加わっていった。
「仙明さん! 無事だったんですね!」
「ちょっとやめないか! くすぐったいのぅ! 全く可愛い奴らじゃ! わっはっは!」
「……おーい、仙明さーん」
もみくちゃにされている仙明の方も満更では無さそうで、大量の雌の狐に囲まれて幸せそうだ。
「ちょっと仙明さん! 聞こえてますか⁉」
「おぉ!? ……なんじゃ、桜か。それに見慣れぬ少年もいるようじゃな。目覚めたらここにおったんじゃが、これは一体何が起きてるんじゃ?」
桜と望晴は仙明に事の顛末を説明した。
「成程のぅ。とりあえず、儂は獏の気配は感じ取っておらんな。……それにしても、これが儂が心の奥底で最も望んでいる事なのか。なんだか変な感じじゃのぅ。心の奥というのは誰にも分からん物じゃな」
「仙明さんの夢にいないって事は、獏は今私か虎和さんの夢の中にいるって事なのかな?」
「多分そうだと思います。でも、獏は夢の中では無類の強さを持ってます。皆で集まって行動したほうが良いと思います。このまま虎和さんの夢に向かいましょう」
望晴の案内で、三人は虎和の夢へと足を踏み入れるのだった。
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