夢小道

噂をすれば

「いや~、あっついですね~」


 首元で扇子を仰ぎながら虎和が音を上げる。


「仙明さんも、そんなモフモフの毛に包まれてて暑くないんですか?」


「まぁ慣れておるからの。あと儂は自分の異能で熱を外に出せるからのぅ」


 夏真っ只中、虎和と桜、虎和の師匠の仙明は町を歩いていた。仙明は普段は山奥に住んでいるが、たまに虎和と桜に会いに遊びに来るのだ。ちなみに彼の見た目は完全に狐人間なので、常に周囲の奇妙な視線を集めている。


「……あのー、仙明さんと一緒に町を歩けるのは嬉しいんですけど、ちょっと流石に目立ちすぎじゃないですか?」


「ふむ、儂はもう慣れたが……確かにそうかもしれんの。虎和も暑がっておるし、脇道の日陰を通っていくとしよう」


「同時に二つの問題を解決してしまうなんて……流石は仙明さんだ!」


「ふっふっふ、もっと褒めてくれても良いんじゃよ?」


 一行は日陰になっている脇道へ移動し、良い店を探しながら歩き回る。


「ところで虎和よ、ずっと聞きたかったんじゃけど、今の保馬藩に長い間解決されてない怪異とかはあるのかの?」


 適当に歩き回りながら、仙明が虎和に問う。

 怪異は、その全てが解決されるとは限らない。怪異を解決する侍や陰陽師も有限だからだ。比較的被害の小さい怪異は、解決されずに放置されるという事もよくある。そういった怪異は時間をかけて広まっていき、一種の噂話としてその土地に定着する事も珍しくない。


「まぁ無理に解決しようとは思わんが、少し気になったもんでの」


「そうですね……一番有名な未解決怪異は『夢小道』ですかね」


「あ、それ私も聞いたことあります!」


 夢小道という単語に反応したのは、意外にも桜だった。


「確か、人気の無い小道や脇道を通ると、突然眠気が襲ってきて寝てしまう。起きた時には身に着けていた金目の物や食べ物が無くなっている、みたいな怪異でしたよね? お城の人が話してるのを聞いただけなので、確かな事は分かりませんけど」


「概ね桜様の話で合ってますね。四年ほど前から発生するようになった怪異なんですけど、発生する場所が頻繁に変わったり、持ち物が無くなると言ってもほんの少しだけだったりで、解決する必要性は低いって事で放置されてる感じですね。あと特徴的なのが、眠った時に見る夢には、その人が一番望んでいる物が出てくるって事ですかね」


「何とも不思議な怪異じゃな……。そんな事をして喜ぶ妖魔がいるのかのぅ? もしかしたら、人間の仕業だったりするのかの?」


「あくまでも噂話なので、俺も確かな事は分かりませんけどね」


 何とも珍妙な怪異の話をしながら歩く一行だったが、ふと桜がある事に気が付く。


「……そういえば私達、今『脇道』を歩いてますよね。……例の怪異に遭遇しちゃったりして」


「いやいや桜様、その心配は無いですって! 夢小道の怪異は頻繁に発生する場所が変わってる。保馬藩の中に小道も脇道もいくらでもあります。そんな中でここが偶然怪異の場所になってるだなんて……」


 虎和がそう語ると同時に、一行は一際影の濃い小道へと足を踏み入れた。

 その瞬間、彼らを強烈な睡魔が襲った。

 抗うという意志を持つよりも早く、三人は眠りの中へと落ちていった。




『……フフ、今日は美味そうな餌が引っかかったな。喰いごたえがありそうだ』

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