斑雷

 虎和の「血を操る」異能の強みは、丸腰の状態からでも血で武器を作り出せる事だ。今もこうして、油断しきった斑雷に先制攻撃を加える事に成功した。

 だが流石は鬼と言うべきか、僅かにかすっただけで決定的な一撃とまではならなかった。ここからは真正面から殺り合わなくてはならない。


「貴様よそ者か? ここは俺の村だ。俺の至高の悦楽を邪魔するんじゃない!」


「よそ者はお前もだろ? 自分の立場をもう一度よく考えてみろよ。お前能無しか?」


「貴様ァ……あまり図に乗るんじゃないぞ!」


 虎和の挑発に乗った斑雷は怒号を上げ、手に持っていた金棒を振り回した。


(予想通りだけど、今の挑発に反応する辺り、人並みかそれ以上の知能はあるみたいだ。こりゃ中々手強そうだな)


「よそ者ごときが俺に手を出した事を後悔させてやる。轟雷!」


 斑雷の叫びに呼応して、金棒に電気が蓄積されていく。そして斑雷が金棒を振ると、虎和目掛けて一筋の雷撃が飛んできた。


「くッ……! お前の術は雷か!」


 やはりねじれ角である以上、相当強力な妖術を持っている。虎和は血の鎧で防御するが、それでも負傷を零にはできなかった。


「虎和、大丈夫か⁉」


「御茶之介さん、前線出てきて大丈夫なのか⁉」


「こう見えてある程度の魂力と徒手空拳は心得ている。それにこうしてやれば、僕も存分に戦える!」


 御茶之介は「剛力を得る」と書かれた札を自身に張り付けた。すると御茶之介の筋肉が肥大し、体から熱が発せられる。


「取材の為に数多の修羅場を潜り抜けてきた僕の力、特別に見せてやろう!」


「コイツ、俺に格闘を挑もうってのか⁉ 生意気な!」


 御茶之介の拳が斑雷の腹に直撃する。鬼の体は並の妖魔狩りの攻撃を通さない程に頑丈だ。だがそんな斑雷の腹が、御茶之介の拳一つでへこんだ。


「なん、だとォ……!?」


「ほらほら、油断禁物だよ」


 怯んだ斑雷に、御茶之介は容赦なく拳や蹴りを連発する。その一撃一撃にもしっかりと魂力が込められており、一体どれほどの修羅場を潜り抜けてきたのだろうと考えさせられる程だ。

 ……そもそも普通の小説家は取材が修羅場になったりしない。やっぱり御茶之介、色々とおかしい。


「ここまでの強さの妖魔狩りがこんなちっぽけな村に来るなんて、想定外だ……!」


「紅血破魔矢」


 接近戦は御茶之介に任せ、虎和は血の矢で遠距離から彼を支援する。二人の連携により、斑雷は徐々に追い詰められているように見えた。


「クソ……こうなったら俺の渾身の一撃で叩き潰してやる!」


 状況を打破しようと斑雷が渾身の一撃を放とうとする。そこに込められた力と気迫から、喰らえば間違いなく再起不能になる事は明らかだ。


「御茶之介さん、重い一撃が来るぞ!」


「分かってる! ならばそれより早く、一撃叩き込むッ!」


 御茶之介は渾身の一撃が繰り出されるよりも早く、斑雷に止めを刺そうと動き出す。彼の手刀が予備動作で隙だらけの斑雷に届きかけた、その時。


「……かかったな」


 斑雷は構えを崩して、ひらりと手刀を回避する。


「なッ……!?」


「先の大技はハッタリだ! そして俺の真の狙いはこれだァー!」


 回避されるとは少しも考えていなかった手刀。それ故に、御茶之介は大きく体勢を崩す。斑雷はそんな彼の背中に張り付けられた札をはがした。


「しまったッ!」


「そこの赤髪の侍は札を取った途端に今の姿に戻っていた。お前の異能、札を剥がせば効果が消えるんだろ!?」


 斑雷の推測は当たっていた。御茶之介の異能によって与えられた性質は、札を剥がした途端に効力を失う。虎和が見せたたった一回の行動から、斑雷はそれを見破ってみせたのだ。


「なんつー観察力だよ……!」


「これで貴様は俺の敵ではない! 死ね!」


 転倒した御茶之介を押しつぶそうと、斑雷が金棒を振り下ろす。遠距離攻撃に徹していた虎和は間に合いそうにない。


「御茶之介さん!」


「……この村では実に面白い経験をさせてもらっている。だが僕は小説家! 経験を『書き起こす』までは死ねないねッ!」


 金棒が御茶之介の頭に達しそうになったその時、御茶之介は勢いよく後ろに吹っ飛んだ。


「……何?」


「緊急避難用の札さ!」


 御茶之介は咄嗟に腕に張り付けた札を取る。そこには「勢いよく吹っ飛ぶ」と書かれていた。もしもの時にいつでも緊急離脱できるように懐に忍ばせておいたのだ。


「虎和君、僕は正直体力切れで戦えそうにない。だからこの札を使って奴を倒してくれ……!」


 御茶之介は余力を振り絞って虎和に一枚の札を託す。


「御茶之介さん、奴は必ず倒す」


 その札を右腕に張り付け、虎和は斑雷と対峙する。


「お前、さっきこの村がちっぽけな村だとか抜かしてたな。自分で支配してる村をそんな風に言うなんてな、てめーは支配者向いてねーぜ。俺が今から、お前がいかにちっぽけかを教えてやるよ」


「さっきから調子に乗った事を抜かすんじゃないぞこのクソ侍がァァァァ!」


 怒り狂った斑雷は、電気を込めた金棒を地面に叩きつける。叩きつけた場所から地面に亀裂が広がっていき、その中に迸る電気の輝きが見える。


「大雷原!」


 刹那、地面の亀裂から一斉に電流が放たれる。その様はまるで、雷の草本が茂っているかのようだ。


「流石にこの電気の奔流を受けて無事ではいられまい……!」


「あ? 今何かしたのか?」


 電気が放たれた後にそこに立っていたのは、無傷の虎和だった。


「ば、馬鹿な! 生身の人間がアレを受けて無傷でいられるはずがない!」


「御茶之介さん、やっぱりあんたの観察眼は妖魔狩りに向いてるよ」


 虎和が御茶之介から託された札。そこには「電気を通さない」と書かれていた。この札が付いている限り、虎和の体は決して電気を通さない。それはつまり、斑雷の妖術を通さないという事だ。


「この糞野郎共がァァァァァ!」


「黙って死にな、ちっぽけな鬼め」


 怒りの咆哮を上げる斑雷の横を、虎和は気づいた時には通り過ぎていた。そして僅かに遅れて、斑雷の首が地に落ちる。

 そのあまりにあっさりした決着は、小物にはぴったりの様であった。

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