三人の思い出
翌日。虎和と仙明は山の中を歩いていた。かつての虎和の家がある山だ。
「綱兵は困窮した生活から妻子を助けるために管狐と契約したらしいですね。その気持ちは分からなくもないけど、やっぱり妖魔は妖魔だ。陰陽師みたいに妖魔の扱いに慣れている人じゃないと、彼みたいに式神に主導権を握られてしまう。見方を変えれば、綱兵も被害者だ」
「まぁでも、その事も鑑みて、殺人を犯したにしては軽めの処罰になった訳じゃし、最悪は回避できたんじゃないかの? 彼も反省している様子じゃったし、刑罰を終えてやり直せるはずじゃよ」
昨日の式神使いの事を話しながら、山道を歩く。動物や妖魔が多い山ではあるが、それらには一度も遭遇する事無く、以前の虎和の家まで辿り着いた。
「懐かしい家じゃな。あの時から少しも変わっておらん。昔はここで儂とお主、梅さんの三人で暮らしてたもんじゃ」
「ですね。あの時は本当に楽しかった」
二人は家の前に佇む小さな墓に花を供える。梅の墓だ。
「梅さん、儂じゃ。仙明じゃ。日本一周の旅を終えて、帰って来たぞ。しばらく見ない内に、虎和はすごく立派になっておった。『回』の異能で妖魔をなぎ倒していた梅さんそっくりじゃ」
墓の前で手を合わせながら、仙明は昔を懐かしむように呟いた。線香の煙は静かに、天へと昇っている。
人間よりも遥かに寿命が長い仙明にとって、梅と虎和と三人で過ごした時間は短い物だった。だがそれでも、彼にとって最も大切な時間としてしっかりと刻み込まれている。
「仙明さんは、これからどうするんですか? またどこかに旅に出るんですか?」
「……いや、儂はここに残ろう。やはりこの藩は居心地が良い。久々にそれを肌で感じたわい。それに、愛弟子とその可愛らしい彼女もおるしな」
「可愛らしい彼女って……いや仙明さん!? 俺と桜様はあくまで主従関係であって、婚約とかは一切してませんよ!?」
「あれ、そうじゃったのか。儂はお主ら二人、お似合いだと思うんじゃけどなぁ。まぁええわい! お主らが今後どうなっていくのか、儂も見守っておこう!」
仙明はそう言って、空を見ながら豪快に笑った。それを虎和はやれやれと言った様子で眺める。だが虎和は、そんな仙明の姿を見て微笑みを浮かべていた。
「そういえば虎和よ、今この家には誰も住んでいないんじゃよな?」
「そうですね。俺が桜様の護衛の為に保馬城に住まなきゃならなくなったので……」
「ならば虎和よ、儂がここに住んでも良いか? あいにく家を買える程のお金が無くての。それに、ここで一番大切な思い出に浸りながら暮らすのも良いじゃろうと思ってな。どうじゃ?」
「勿論、全然大丈夫ですよ! 仙明さんに住んでもらえるなら、母上も大喜びだと思いますし。俺も仙明さんになら、この家を預けられます」
虎和は快く承諾した。仙明は改めて家を眺め、嬉しそうに笑う。
「儂はこれからはずっとこの藩におる。何か困ったことがあったらいつでも頼ってくれて良いからの、虎和」
「仙明さん、ありがとうございます。仙明さんの方こそ、何かあったら俺に言ってください。藩の役人って事で大体の事は何とかなると思うので」
「はっはっは、頼もしい弟子を持ったのぅ! 儂は本当に幸せ者じゃ!」
虎和と仙明は、町を見下ろしながら笑った。二人の間を走る風からは、どこか懐かしさが感じられた。
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