どうかしてる小説家

蚊帳の外の虎和

 虎和は今、危機的状況にあった。彼は今、手足を縄で縛られて身動きが取れない。口には布が巻き付けられており、言葉を発する事さえままならなかった。

 そんな彼の前に、一人の男が現れる。男は虎和の口の布を外すと、微笑を浮かべながら話し始めた。


「それじゃあ、お話を始めようか」


 どうしてこんな奇妙な事になっているのか、事の発端は数刻前に遡る……。


 ~~~


 虎和は桜とお藤に連れられて、町へと出てきていた。今日は何故か普段よりも人が多く、人混みが苦手な虎和としては苦しくて仕方が無かった。


「桜様はともかく、お藤がここまで積極的になるなんて……。今日は一体何が起きるって言うんだ?」


「虎和君、知らないの? 今日はあの人気作家、雨宮あめみや御茶之介おちゃのすけ先生の新作が世に出る日なのよ!」


 お藤が普段からは想像できない程の調子で語る。その変わり様に虎和はちょっと驚く。


「あめみやおちゃのすけ……? 聞いたこと無い名前だな」


「まぁ、虎和さんはずっと山に住んでた訳だし、知らなくても無理はないですか。よし、ここは私が説明しましょう」


 説明を買って出たのは桜だった。それにしても、今日の二人はあまりにも積極的すぎて虎和からするとちょっと怖い。


「雨宮御茶之介先生は、この保馬藩に住む人気作家です! 他の小説家には無い独特な作風が特徴で、流行りの一切を無視した独創的で味のある物語は一部の人に物凄く人気があるんです! 代表作は『万物の目覚め』と『生殺の決断』。私実は御茶之介先生の愛好家の一人なんですよね~」


「私も桜様にお仕えするようになってから御茶之介先生の作品を読むようになったんだけど、あれは凄いよ。忍者の教養として色んな物語を読んできたけど、あそこまで魂揺さぶられる話は初めてだった。御茶之介先生は愛とか友情とかの描写がたまらないんだよね~」


「ですよね、分かりますお藤さん! 登場人物の関係がすっごく尊くて、涙は必至ですよね。まさに天国を見たような読後感というか、そんな感動があります!」


「……ついていけねぇ」


 御茶之介の作品を熱く語る二人を、虎和は眺めている事しかできなかった。

 そんな話をしている内に、本屋まで着いたようだ。かなりの人だかりができているが、お求めの品はまだ余っていそうだ。


「良かった~、なんとか買えましたよ!」


「桜様の分と私の分、それと虎和君の分も買っておいたよ。虎和君も是非読んでね」


「あ、ありがとう……」


「是非、読んでね」


「う、うん。読ませてもらうよ……」


 お藤から只ならぬ圧を感じた虎和は、ひたすら頷きながら本を受け取った。


「そうだ、あれ確認しましょうよ!」


「確かに、今度こそ当たっているかもしれない!」


「え? あれって言うと……?」


 今日は完全に虎和は蚊帳の外である。流石の虎和でも少し寂しさを覚え始めた。


「御茶之介先生の最新作には、ごくまれに特別招待券が入ってるんですよ。この券を持って指定の場所へ行けば、普段は顔見せしない御茶之介先生が実際に会ってくれるんですよ! 確率は何万分の一と言われてますけど、希望を持たずにはいられない!」


 意気揚々と本の中を確認する桜とお藤だったが、残念ながらそこには何も入っていなかった。


「流石にだめだったかぁ……」


「虎和君も一応確認してみたら? もしかしたらって事もあるかもしれないし」


「まぁそうだな、一応確認してみるかぁ」


 正直虎和としては券などどうでも良いのだが、二人があまりにも強く押してくるので確認してみる事にした。


「どれどれ…………は?」


「虎和さん……これ特別招待券じゃないですか!」


「嘘でしょ!? 俺当たっちゃったの!?」


 まさかの当選である。つい先ほどまで御茶之介の存在すら知らなかった虎和が、だ。


「それで、場所と時間はどうなってるの!?」


「うーんと、今日の亥の刻(午後十時頃)に、蕎麦屋大里か」


「亥の刻ですか……そんな夜遅くだと私は行けなさそうですね……」


 桜は護身のため、妖魔が出る事の多い夜は城の外に出る事が禁じられている。


「私も桜様の身を守らなければならないし……虎和君、行ってきて良いよ」


「え、俺行って良いの!? 俺なんかより二人が行った方が良いんじゃ……?」


「当てたのは虎和君じゃない。それに、御茶之介先生は券を貰うだなんて曲がった事、快くは思わないでしょうから。私達の代わりに存分に楽しんできてね、虎和君!」


「虎和さん、後で御茶之介先生がどんな人だったか教えてくださいね!」


 虎和は内心少し面倒臭いと思いつつも、ここまで懇願されてしまっては断れなかった。とりあえず、会いに行く前にこの最新作くらいは読んでおこう。


 ~~~


 夜。虎和は時間通りに蕎麦屋大里へ向かった。

 ちなみに最新作の「無垢なる宝石」を読んだ虎和は、普通に良い話だなと思った。桜とお藤は号泣していたが。


「蕎麦屋大里は……ここだな。貸切にしてもらってるのかな?」


 鍵はかかっていなさそうだ。扉を開けて、店内へと入る。

 ……と、その時だった。突然、腕に何かを張り付けられるような感覚を覚える。


「……え?」


 途端に、虎和を抗いがたい睡魔が襲った。何とか抵抗しようとするが、店内に焚かれた心地よいお香の香りに誘われて、虎和は眠りに落ちてしまった。


「……やっぱり、君が紅床虎和か」

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