式神使い

「桜様! 虎和さん! 大変です!」


 一人の侍が、虎和達のいる部屋に大慌てで入って来た。だが彼が見たのは、仙明の尻尾に群がる理性を失った二人だった。


「……あのー、何やってるんすか? けっこう緊急事態なんですけど」


「あぁ、すまない。それで何があったんだ?」


 侍が入ってくると虎和はすぐにいつもの調子に戻った。桜の家臣として、いつ何時も気は抜けない。さっきまでめっちゃ抜いてたけど。


「ついさっき、城の近くで侍が殺された。……惨殺だよ。体が喰われかけてて、そりゃもう酷い様子だったって聞いてる。間違いなく妖魔の仕業だ。もしかしたら桜様にも危険が及ぶかもしれない。注意してくれ」


 それだけ伝えると、侍は城周辺の警戒をしに向かった。


「こんな白昼堂々に妖魔が殺しをするなんて、珍しいのぅ……」


「一応様子を見に行ってみますか。仙明さん、一緒に来てくれますか? 桜様の護衛はお藤というくノ一がしてくれるはずなので、俺達は現場に向かいましょう」


「二人とも、気を付けてくださいね……」


 かくして虎和と仙明は、現場へと赴いた。


 ~~~


 事件が起きたのは、普段は人通りの少ない通りだった。だが今は事件が起きた事もあり大勢が集まっていた。


「あれが今回の被害者か……。酷い有様だ」


 群衆をかき分けて、虎和と仙明は被害者が見える位置まで移動する。

 被害者の侍は、喉を鋭い何かで切り裂かれたようだった。そしてその体は動物の食べかけの肉のようにえげつない抉られ方をしていた。


「桜様は連れてこなくて正解だったな。でも、一体どんな妖魔がこんな真似を……?」


 虎和が被害者の様子から妖魔を推測していると、隣から鼻を動かす音が聞こえてきた。


「クンカクンカ」


「……仙明さん、まさか」


「ふーむ……虎和よ、犯人はまだそう遠くには行っておらんぞ」


「出た! 仙明さんの圧倒的嗅覚!」


 仙明は狐の妖魔の母と人間の父の間に生まれた半妖の者だ。それ故に寿命も長いし、嗅覚も人間の数百倍優れているのだ。


「この被害者の血の匂いを辿っておる。この者を喰った妖魔はあっちの方向に逃げたようじゃな。……そしてそれに付随する形で、人間の匂いも同じ方に移動しているようじゃ」


「つまり、式神使いって事ですか」


 人間の中には、妖魔と手を組んで互いに利益を得ようとする者もいる。こうして人間に使役され協力する妖魔を式神と言い、それを使役する人間を式神使いと言う。

 式神使いは式神の力を良い事に使う者もいれば、今回の様に殺しに使う者もいる。大事なのは、式神使いとその式神の意志だ。


「じゃな。こいつは少しばかし面倒な事になったのぅ。とにかく、追うぞ!」


 仙明は鼻を動かしながら、侍を殺した式神と式神使いの捜索を開始した。匂いを辿った先にあるのは、竹林のある山だった。


 ~~~


 男———式神使いの綱兵は、山の竹林へと逃亡した。この場所は、彼の式神のお気に入りだ。


『それで、どうやって桜を我に喰わせるつもりだ。保馬城の警備は固い。そう簡単には侵入できんだろう』


「噂で聞いたんだ。保馬城は金も無いし人も無い。仕える者達は倹約に必死だってな。……さっき俺達が侍を殺したお陰で、城の奴らはその調査に人手を回さざるを得なくなったはずだ。当然城に残った者達は警戒心を高めているが、普段より数自体は減っているだろう。どんなに警戒しようと、数を覆す事はできねぇ。一人一人なら俺とお前で仕留められる、だろ?」


 綱兵の計画は、成功するか失敗するか五分五分といった物だった。だがこれほどの作戦を実行せざるを得ない程に、彼は追い詰められていた。


 綱兵は妻と一人の子を持つ町人だったが、自分の店が中々繁盛せず、苦しい生活を送っていた。そんな時に式神となる妖魔に出会い、「綱兵に富をもたらす代わりに食事の人間を用意する」という契約を結んだ。

 一時は家族全員の食事をまかなえる程の富に恵まれたが、次第に式神は普通の人間では満足しなくなってしまった。女子供が好物の式神は綱兵の妻子を喰わせるよう要求するようになった。それを回避するための苦肉の策が桜である。


「俺はもう退けないんだ。何としても桜の首を取らなくては……!」


「お前、今誰の首を取るって言った?」


 突然、後ろから声が聞こえた。

 綱兵が恐る恐る振り返ると、そこには赤髪の侍と狐人間が刀に手を掛けていた。


「ふっ、やはり儂の嗅覚はまだまだ衰えていないようじゃのぅ」


「そこのお前、桜様の首を取るってのは、謀反になるんじゃねぇか? 退くなら今のうちだ。さっさと降伏しな」


 綱兵の背中を、冷や汗が通っていく。

 動揺していた。ここまで早く居場所を突き止められるとは思いもしなかった。

 だが彼の「覚悟」は、この程度では折れなかった。


「……俺は、妻と娘の為にもこの計画を成し遂げなければならない! 桜にもお前らにも、俺の『管狐くだぎつね』の餌になってもらう!」


「ふゥ~ん、片方は半妖か。半妖は喰ったことがないなぁ。どんな味なのか興味が湧いた。良いぞ綱兵、こいつらと戦ってやる。お前も援護しろよ?」


 綱兵の持っていた竹筒から、細長い狐が蛇のように体をうねらせながら現れた。管狐という妖魔だ。


「あぁ勿論。俺の願う幸せを邪魔する奴は全員ぶち殺す」


「こっちも、桜様に危害を加えようとする奴は放っておけないんでね。本気で始末させてもらう」

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