第67話 グリュンヒューゲル帝国皇帝

 貴賓館に泊まり始めて一週間。


 一週間暇であったかというとそうでもなく、帝城内を観光して回っていた。帝都ではなく、帝城の中だけで一週間過ごせた。というかまだ庭園内でみてないところがあり、帝都まで観光に行けない。

 観光目的で帝都に来たわけではないのだが、想定外に満喫している。


 本日、皇帝陛下への謁見が叶う。

 早く来れたとしても皇帝陛下は忙しいため、一ヶ月以上待たされるのかと思っていたが、一週間とは想像以上に早い。早すぎてアンナも謁見の日時を聞いて聞き返していたほど。


 正装に着替え、用意された馬車に乗り込む。

 軍服のような黒い詰襟の正装は、以前着たものより生地が薄い。現在の気候が夏で、帝都はかなり気温が上がっている。生地は薄くなったが体感は暑い。


 暑い以上に、緊張から落ち着かない。

 オレが緊張しているのは当然だが、アンナも緊張した様子で座っている。

 今回は転生者全員が行く必要があるため、ヴェリとモニカも正装を着て一緒に行動している。二人はオレ以上に慣れていないのもあって、そわそわと落ち着かない様子。

 謁見する全員緊張して落ち着かない雰囲気を醸し出している。


「緊張しなくても問題ない、と言っても意味はないと思いますので、皇帝陛下は礼節にはうるさくございません。失敗したとしても咎められることはありませんから慌てないでください」

「分かった」


 失敗の連鎖は確かに怖い、ユッタの注意に深く頷く。

 一応ユッタからどのように動けばいいかは教わっているが、全て教わった通りに動けるとは思えない。


「それとゲオルク様はこちらの眼帯をお持ちください」

「眼帯? 付けたほうが?」

「いえ、お持ちいただくだけで結構です。必要な時は分かります」


 手渡された眼帯を手に、ユッタの意味深げな言い方に疑問を抱く。

 ヴェリとモニカに渡さず、オレだけに手渡すということは、転写眼についての対策なのだろう。

 …………皇帝陛下の護衛に転生者でもいるのだろうか?

 ありそうだな。

 自分で思いついたことが腑に落ち自己完結する。


 しかし、眼帯は一年以上つけていない気がする。以前は毎日つけていたのに、変わるものだな。

 ユッタから手渡された眼帯は黒い革と綿を含んだ布でできており、表面の革には馬の模様が金色に刻まれた、見るからに高級そうな一品。以前使っていた眼帯は何かわからない革と布でできており、その差は歴然としている。


「参りましょう」


 眼帯を見ていると帝城へと到着したようだ。

 眼帯を正装の内側のポケットへとしまう。


 馬車から降りると、ユッタの先導で城内を歩く。

 入り組んだ場内を随分と奥まで進んでいくと、広い広間に突き当たる。広間の突き当たった先には、装飾が施された大きな両開きの扉があり、扉の左右には兵士が並んでいる。

 ユッタが兵士に頷くと、扉が開き始めた。


 光の差し込む奥に長い部屋が見えてくる。両側は大きな窓がつけられ、室内へと光を運んでいる。窓とは別に、壁や天井に光を灯す魔道具が室内を照らす。部屋の一番奥には、一段高くなった場所に椅子が置かれている。椅子の近くには扉が見える。

 ユッタを先頭に椅子の前までくると、アンナが下を向いて跪く。オレ、ヴェリ、モニカはアンナの一歩後ろで同じように跪く。

 ユッタが横に下がていく。


「アウグスト・フォン・グリュンヒューゲル皇帝陛下、ご光臨」


 声がして、ユッタと同じように横に控えていた人がいたことに今更ながらに気づいた。しかし、そんなことはすぐにどうでも良くなる。

 一段高くなった場所の近くにあった扉が開いた音がすると同時に、とんでもない存在感を感じる。オレは下を向いていて顔も見えていないのに、入ってきた人が椅子に向かって歩いているのが感じられる。

 そして椅子に座ったのがわかる。


「表をあげよ」


 人を通さず直接声をかけられ、本能的に敵わないと理解させられる。

 言葉に従い、顔を上げる。


「余がグリュンヒューゲル帝国皇帝、アウグスト・フォン・グリュンヒューゲル」


 存在感からどのような人物かと思ったが、皇帝陛下は思った以上に若かった。

 若いとはいってもオレと同じくらいの三十歳前後ではありそうだ。

 アンナと同じ翠玉のような透き通った緑色の髪は肩より長く伸ばされ、金木犀のような金色にも見える右目。そして緑色の虹彩には金や銀といった星がちりばめられたように煌めき、炎のように揺れる。


「魔眼」


 思わず口にしてしまった言葉に皇帝陛下は不敵に笑った。


「さよう。余はドラゴンの転生者」


 皇帝陛下の言葉に時が止まったように固まる。

 皇帝陛下が転生者だったのは当然驚きだが、それ以上にドラゴンの転生者とはなんだ!? いや、皇帝陛下の存在感から嘘を言っていないのは理解させられる。しかし、しかしな!?

 驚きすぎ、考えがまとまらない。


「ゴホン」


 皇帝陛下ではなく横に控えていたものたちの一人が、わざとらしい咳払いをする。

 意味を理解しようとして、名乗っていないことに気づく。


「アウグスト陛下、お初にお目にかかります。アンナ・フォン・カムアイスと申します」

「ゲオルクと申します」

「ヴェリと申します」

「モニカと申します」


 アンナに続いて名乗る。


「アウグスト陛下ご無礼いたしました」

「よい。先に伝えなかったこちらの不手際、こちらこそ失礼した」


 何を伝えなかったのかは言われなくともわかる、転生者であることだろう。


「驚く顔を見るのが楽しみというのもなくはないが、暴れる転生者に余がいうことを聞かせ大人しくするため、事前に逃亡されないよう秘密になっている。今回はいうことを聞かせる必要はないと聞いていたが、恒例ゆえな」


 暴れる転生者をどうしているのかと思ったら、力技で押さえ込んでいるのか。ドラゴンの転生者だと聞いたら勝てないと逃げるのは理解できる。

 というか今更だが本当にドラゴンっていたんだな。有名な魔物ため知ってはいたが、本当に実在するのか疑問だった。


「アンナ卿。卿と卿の民の亡命を、余も追認しよう」

「感謝いたします」

「卿の居住地についての話は、転生者と話した後の方が良いな」

「承知いたしました」


 皇帝陛下の視線がアンナからオレたちの方へと向く。

 視線が合うと金縛りにあったように体が強張り緊張する。


「ゲオルク、余が魔眼を使うため、眼帯をつけて欲しい。余の魔眼は鑑定眼であるため、本当に転生者かどうか調べる」

「承知いたしました」


 ユッタから渡された眼帯はこのためか。

 懐から取り出して眼帯を着けようとすると、アンナが慌てた様子で発言した。


「失礼ながらアウグスト陛下、転生者は魔眼で判断ができるのではありませんか?」

「それは誤解である。魔眼は後天的にも発生する。元々魔眼は瞳が魔石化することで、能力が発露するもの。転生者に魔眼が発生するのと同じ原理で、瞳が魔石になり後天的に魔眼が発生することはゼロではない」


 魔眼で判断ができると言われて納得したところで、皇帝陛下の話を聞いて驚く。魔眼は転生以外の要素で後天的に発生することがあるのか。


「そのようなことが……失礼いたしました」

「アンナ卿の認識で間違っていることはほとんどないので安心せよ。魔石化が偶然瞳に発生するか、鍛錬ののち瞳以外に発生する場所がなくなくなった場合にのみ魔眼は発生する。そのため、長寿の魔物でも魔眼が発生する可能性は低く、人間の場合は魔眼を持っているのは転生者だと思ってまず間違いはない」


 長寿の魔物でも難しいということは、人間では魔眼を発生させるには寿命が足りないのか。偶然の確率は相当低そうだ。

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