第66話 帝城

 城内に立ち入るための確認は意外なほど簡単なものだった。

 不思議に思いつつも城壁の出入り口を抜け、城内に入ると驚く。


「外?」

「いえ、城内です。内側は街一つ入るほどの大きさがあります」


 一瞬街の外に出たのかと勘違いするような広大な庭園。

 ユッタに訂正され、よく確認すると奥に城があり、他にも建物らしきものが点在しているのがわかる。しかし、庭園には森のようなものまであり、庭園と言っていいのかわからない規模。

 皆の様子を確認すると、驚いていたのはオレだけではなかったようだ。ユッタを含めた案内役の三人以外は皆この光景に驚いているようだった。アンナすら驚いている。


「ご覧の通り城まで少々距離がありますので参りましょう」

「ああ」


 オレが返事をすると、皆の意識が庭園からこちら側に戻ったのか、視線がユッタの方へと向く。

 ユッタも皆の視線を感じたのか頷いて喋り始める。


「馬を走らせますのでついてきてください」


 先頭を走ることが滅多になかったユッタが、先頭に立って走り始めた。

 ユッタは慣れているのだろう、迷うことなく庭園を走っていく。


 馬を走らせても余裕があることに驚く。同時に花や生垣があり、整備された環境であることが随所に見受けられ、ここが外でなく庭園なのだと理解する。しかし、庭園として整備されているとしたら、どれだけの人が管理しているのだろうか。

 庭園には城以外にもいくつも建物が存在して、その横を通り過ぎていく。どの建物も立派で、大きな窓が取り付けられており、要塞としての使用は考えていないように思える。しかも建物にはそれぞれ庭がついており、庭園の中に庭があるというよくわからない状況だ。


「帝城の敷地は広いと聞いたことはありましたが、ここまでとは思いませんでした」

「アンナは知ってはいたのか」

「ええ、人伝ではありますが、聞いていました」


 すごい距離を走ったわけではないが、街中とは思えないほどの距離を走り、城が見えてきた。

 今まで見てきた城というか屋敷は砦としての機能を重視した建物が多く、高さはあっても堅牢で窓の小さい建物が多かった。しかし、帝国の城は砦としての機能を重視していない、見た目を重視したような作りをしているのが近くまでくるとわかる。

 近づくと帝城は城と宮殿を合わせたような作りで、アーチ状の大きな窓が取り付けられているのが外観からもわかる。白い壁に緑色の屋根が映える、見るものを感嘆させるような美しさを備えている。

 帝城の前には兵士が立っており、その前でユッタが止まる。同じように皆が止まるとユッタが馬から降りた。


「皆様の到着を報告いたします」


 ユッタはさらに少々お待ちくだくことになり申し訳ない、と謝ってきたが、城の外観を見ているだけで十分に時間を潰せそうだ。

 オレは馬から降りると城を見上げる。周囲を見ると、皆も馬から降りて城を見上げている。


「お待たせいたしました」


 ユッタの声で見上げていた視線を下げる。

 ユッタは他に人を連れて戻ってきており、深々とこちらに頭を下げている。しかし、オレには待ったという感覚は一切ない。

 アンナも同様だったようで、首を振ってからユッタに話しかけた。


「ユッタ、気にする必要はありません。帝城に感嘆しておりました、噂にたがわぬ絢爛な城です」

「私も帝城を初めて見た時は見入りました。初めて訪れる人は、皆同じことを一度は経験するようです」


 ユッタの言葉に納得して、当然のことだと心の中で頷く。


「帝城の中を案内するのは明日以降といたしましょう。本日は長旅の疲れをお休みいただきたく」

「ええ、旅装束で案内していただくわけにもいきません、承知しております」

「では貴賓館へと向かいましょう」


 ユッタが案内を連れてきたので、ついていくように指示される。再び馬での移動となり、騎乗すると案内について馬を走らせる。

 泊まる建物は帝城の外だと思っていたが、進む方向が外ではないことに気がついた。こちらにも出入り口があるのかと思っていると、帝城の庭園内にある建物の敷地内へと入っていく。

 そして建物の前で止まった。

 ユッタが馬から降りたため、オレたちも続いて降りる。


「本日からこちらの貴賓館ヒムベーレに宿泊していただきます」

「ユッタ、帝城敷地内の建物ですか?」

「アンナ様、ゲオルク様、ヴェリ様、モニカ様の四方は、皇帝陛下からの呼び出しまでこちらに留まっていただきたいとのことです。カムアイス領からの亡命者については別で建物をご用意いたしているとのことです」

「承知しました」


 アンナは頷いたがここに泊まるのかとオレは戸惑う。

 帝城と比べてはいけないのは当然だが、今回泊まるように言われた建物は一般的な視点からするととんでもなく立派。見た目は赤というよりピンク色に近い壁面に、緑色の屋根でどこか女性的な可愛らしい建物。しかし、窓の数が上に五段、横に数えきれないほどで、大きさは可愛くない。

 ユッタや案内をしてくれた人を抜くと、四十人もいない人数で使うには大きすぎる。

 そんなことを考えていると、貴賓館の扉が開いてメイドと執事が出てきた。


「貴賓館にはメイドと執事が常駐しております」

「ユッタ、皇帝陛下のお心配り感謝いたしますとお伝えください」

「承知いたしました」


 メイドと執事が近づいてきて、オレたちの荷物を回収していく。馬の面倒も見てもらえるようで、何人もの使用人が出てきて馬を移動していく。

 その間にユッタが貴賓館の者たちと話をしていた。


 馬を預けると、オレたちは貴賓館の中に迎え入れられる。

 貴賓館のエントランスは贅沢な作りであるが、過剰で下品にならない。壁が外壁同様に赤に近いピンク色でどこか可愛らしい印象を受ける。

 建物が大きいからであろう、一人一部屋用意される。


 オレに用意された部屋は想像以上に大きく、寝室以外の部屋が二つもある。こんなに多くの部屋、何に使うのだろうか。

 戸惑っていると、部屋には備え付けの風呂があると案内される。風呂は魔道具によってお湯を貯められるので、いつでも入れると教えられる。サウナではなく風呂か。

 実は帝国内を移動している間に、サウナの地域から風呂の地域に変わった。アンナたちヴァイスベルゲン王国から来た人は皆、慣れない様子だったが、オレは久しぶりの風呂に喜んだ。


「風呂の入れ方を教わっても?」

「承知いたしました」


 魔物に襲われることもないのんびりとした旅だったが、疲れていないわけではない。風呂に浸かって疲れを取ることにする。




 ゆっくり休んで次の日。

 皇帝陛下への謁見は流石に翌日に叶うわけもなく、今日の予定は特にない。

 皆でゆっくりと朝食を食べていると、ユッタが声をかけてきた。


「アンナ様、お疲れでなければ帝城をご案内します」

「ユッタ、私が帝城に出入りしていいのですか?」

「皇族の私室がある区画、それと役人が仕事をしている区画には入れませんが、それ以外の区画は問題ありません」


 ユッタの説明に、それは見る場所がほとんどないのではないかと思ったが、エントランスだけでも見てみたくはある。アンナも同様の考えだったのか、見学しにいくこととなった。

 馬ではなく馬車が用意され、帝城へと向かう。


 ユッタの案内で中に入ると、外観以上に中は絢爛豪華な作りとなっている。

 エントランスの床には様々な色の石で模様が形取られている。壁や柱には装飾が施され、ところどころに艶のある木が配置されていることで落ち着きが感じられる。

 ユッタの案内でさらに奥へと進む。

 奥はエントランスとはまた違いう意図で装飾がされているのか目を楽しませてくれる。


「皆様、迷わないようご注意ください」

「迷う?」

「帝城は広すぎるため、道に迷うことが発生するのです。迷った場合は近くにいる人に尋ねてください」


 ユッタの案内で帝城を歩き回ると言っていた意味がよく分かった。

 帝城は広すぎる。

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