第65話 帝都

 旅に出て一ヶ月、気候は完全に夏。皆、薄着となっている。

 徐々に遠目で見える程度ではあるが、帝都の影が見え始めた。帝都に近づくほど交通量が非常に多くなっていき、馬が走る速度が落ちている。


「今までの旅はなんだったのだろうと思うほど随分と楽な旅でした」

「ヴァイスベルクの森を横断すると比べるのは間違っているが、移動距離を考えるとそう思うのも理解できる」


 ヴァイスベルクの森では随分遠回りをしているため、比べても意味はないかもしれないが、最短距離として考えると三倍以上進んでいるのではないだろうか。

 それでいて帝都への移動中に魔物が出た回数は一回もない。広大な国土をしっかりと管理しているのだと理解させられた。ヴァイスベルゲン王国とは国力が違いすぎる。

 同時に国力は帝都にも現れている。


「帝都には城壁がないのか」

「いえ、ここから見えないだけで、一応ないわけではありません」

「ユッタ、街道沿いに街が広がっているように見えるがあるのか?」


 オレも旅を通してユッタと随分と気軽に話し合える仲となった。


「城壁はありますが、街が本来帝都だった城壁の範囲に収まらなくなってしまったのです。ですから城壁は残っていますが、意味はないものとなっています」

「それで一応か」


 ユッタによる説明で納得する。

 しかし、城壁がないということは侵略に対して弱い。強国である帝国なので戦争はまだしも、常の備えとするならば魔物に対しても無防備になってしまう。いいのだろうか?


「魔物はどうしているんだ?」

「この周辺は蟲ではなく動物の魔物が主流。動物の魔物は蟲と比べると数が多くないため、周囲の敵対する魔物は殲滅してしまっています」

「それはまたすごいな」

「動物の魔物ですからできたことで、蟲に対しては難しい対応です」


 街道を進んだところで注意されたのが、魔物が出たら全力で倒しにかかるようにと注意された。蟲か蟲以外という括りで考えると、蟲以外の魔物の方が圧倒的に強いためだ。

 その分蟲以外の魔物は巨大な群れを作ることは少ない上に、繁殖量も蟲に比べると多くはない。だからこそ殲滅できたのだろう。


 帝都の見た目の話をしていると、徐々にどのような建物が立っているか見え始めた。この世界に来てから高い建物を見ることは少なかったのだが、今見える光景は大きな建物が並んでいる様子だ。

 正確には奥に行くほど建物が高くなっている。


「建物が大きくないか?」

「帝都は面積が足りないために建物が上に伸びることで解決しようとしました。結局は城壁の外にまで発展してしまったのですが、今も街道沿いもしくは中心に近いほど人気のため、立地がいい場所には大きな建物が多いのです」


 地価が高くなった場合、建物を上に伸ばすのは理解できる。しかし想像以上に発展しているように思える。

 興味深い光景に帝都を見て回るのが楽しみになる。

 楽しみはすぐに現実となった。


 帝都の範囲と言っていいのだろうか、街道から少々離れた、まばらにある小さな家が建っているのが見え始める。すぐに街道横には大きな建物が立ち並び始めた。

 流石にここまで来ると人の数が多すぎるため、馬の速度が大きく落ちる。だが周囲を見物するにはちょうどいい速度だ。


 建物を観察すると、五階以上の大きさがありそうで、建物が赤色に近い色合いをしているのがわかる。さらに観察するとレンガで建てられているのがわかった。

 天然の石材が近くにないのか、石材では都市を作るのに足りなくなったのだろうか。街道は長いこと石畳であるため、石材がないわけではないと思うが、建物にするには適していないのかもしれない。


 ヴァイスベルケン王国の王都でもありはりたが、街灯が設置されている。しかし数はこちらの方が圧倒的に多く、等間隔で配置されている。

 この世界は中世的な印象を持っていたが、百年ほど先をいった違う世界に迷い込んだようだ。


 洗練された街並みは美しい。同時に転生する前の過去を思い出す姿だ。

 コンクリートで建てられた建物ではないが、密集して規則正しく並んでいる建物がそう思わせるのかもしれない。


「話していた城壁です」


 帝都にはいって結構な距離を移動したところで、ユッタがそう言った。

 城壁はレンガではなく石で建てられている。かなりの大きさではあるのだろうが、周囲の建物とそう大きさが変わらないため、あまり意味をなしていなさそうだ。

 それに城壁の入り口は開け放たれている。

 入り口の左右に兵士が立っているが、出入りする人を調べる様子はない。


「出入りが自由なのか」

「有事の際には鉄の門を閉められます。帝都が大きくなりすぎて以降、出入りのため開け放ったままです。それに出入りを調べるには帝都の人口は多すぎます」


 ヴァイスベルゲン王国と違い、帝国では基本市民の移動は自由だとユッタから以前に聞いた。移住となると制限があるとのことだが、観光目的で移動する人なら多いとか。観光中だと言って実質移住してしまう人もいなくはないらしいが、申請して移住する人の方が多いらしい。

 帝都には観光目的で色々な人が出入りしていそうだな。


「城壁を越え、帝都の中心に近づくほど人通りは少なくなります」

「帝都の中心部には城が?」

「はい。城の中に行政機関があり、城の周囲には爵位を持った方々の屋敷が用意されています」

「用意?」

「帝国では公国などの自治を許可されている特定の地域を除き、全ての爵位は皇帝陛下から叙爵されます。血族で何代にも渡って叙爵される方々もおりますが、一代で叙爵される方もおります。一代で叙爵されるような方は城の周囲に家を所有していない場合がほとんどであるため、帝国から叙爵とともに家が送られるのです」


 家を送るとは豪勢なことだが、叙爵されている時点で優秀なことはわかっている、当然の優遇か。城に近い位置はお金があっても買えるとは思えず、むしろ福利厚生としての面が大きそうだな。

 というか……。


「もしかして、オレたちも家を送られるのか?」

「そうですね……。確かにその可能性はありますが、遠方へ移動する場合には断っても構いません。使わない場合でも貰ってしまうと管理するにはお金がかかりますので、断られる人が多い。もし帝都に住まわれることになった場合でも、申請すれば好きな時に家をもらえるようになっています」

「なるほど。ユッタ、すまないが身の振り方が決まり次第また相談にのってもらえないか?」

「承知いたしました」


 ユッタの存在は本当に助かる。

 ヴェリとモニカは爵位について興味がないだろうし、オレとアンナがわかりやすく説明した方がいいだろう。


 ユッタと時々会話しつつも、城壁の内側に入ると少し建物が古そうに見える。

 興味深く周囲を見回していると、徐々に建物の間隔が広がり始めた。人通りも少なくなり、建物の雰囲気が少し変わった。石造りには見えないため、表面が塗装されているようだ。

 ここが叙爵された人が住む地区なのだろう。

 建物は五階建ほどあるため立派ではあるが、庭はそう大きくないようで家の区画はそこまで大きくないようだ。

 帝都で庭を大きくするには土地が足りないか。


 進み続けると再び城壁が現れた。

 今度は出入りする人を調べているようだ。ユッタが先行して兵士と何か話すと、別の兵士が現れこちらを優先して調べてもらえた。


「ユッタ、この先は城では?」

「到着の報告をする必要があるのですが、行政機関はすべて城内にあるのです。それ以外にも宿泊場所は皇帝陛下の命で用意されていると予想されるため、中で尋ねる必要があります」

「なるほど」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る