第64話 ゼーヴェルス出立
帝都へは少人数で先行することとなった。
帝都へと向かうのは、アンナ、イナ、イレーヌ、エマヌエル、ベーゼン商会からマルコ、アルミン、ヴェリ、モニカ、オレ。さらに兵士は三十人。ループレヒト様がつけてくれた案内がユッタを含め三人。総勢四十二人。
守りより、もう少し侍女を増やすべきだとも案ぜられたが、移動に耐えられないと諦めた。
旅に適した服へと二ヶ月ぶりに着替えた。
準備ができたところで屋敷を離れ、ゼーヴェルスの行政府前でループレヒト様と別れの挨拶をする。
「ループレヒト様、大変お世話になりました。感謝しております」
「こちらこそ貴重な資料をお譲りいただけ、感謝しております。アンナ伯爵閣下、どうぞ、お元気で」
「ループレヒト様もお元気で。いつか再びお目にかかれることを楽しみにしております」
「ええ、楽しみにしております」
移動手段が限られる世界、そう簡単に会えることはないだろう。それこそ、最後の別れとなってしまうかもしれない。しかし、何となくだがループレヒト様と二度と会えないとは思えない。
アンナがシュネーに乗ると、オレもヘルプストに乗る。
エマヌエルの合図で馬が出発する。
ゼーヴェルスを出て、街道をひた走る。
ヴァイスベルゲン王国の街道より随分と道がよく、山がほとんどないため想像以上に早く進んでいく。
「国の形が全然違うな」
「ええ」
オレとアンナの反応に、近くで走っていたユッタが反応した。
「アンナ伯爵閣下、ヴァイスベルゲン王国は山脈が続いていると聞きました」
「ええ、王都以外は山の中にある国です」
「グリュンヒューゲル帝国ゼーヴェルス周辺は山が多いですが、都市周辺は平野や盆地が大半です」
これで山が多いのか。今のところ山は所々にあるが、多少坂道はあるものの平地を走り続けている。山を避けるために多少道が曲がっているが、山を避けるためであれば気にならない程度。
帝国は住みやすい土地というか、ヴァイスベルゲン王国が住みにく場所なのだとよくわかる。
しかし、ユッタは役人なだけあって他国の地形まで詳しいのか。
「ところでユッタ、アンナで構いませんよ」
「そのように呼ぶわけにはいきません」
「それなら伯爵閣下はやめてもらえないかしら? 正式な場でもないのに、流石に仰々しすぎます」
「それならアンナ様と」
「それで構わないわ」
ユッタが会話に入ってきたのは相互理解のため積極的に声をかけてきたのだろう。お互い今後長い付き合いになると予想される。息の詰まるような関係ではなく、いい関係でありたいところだ。
急いでいるが、馬を潰すような速度で走るつもりはない。会話ができないほどの速度ではないため、アンナはユッタとの会話を続ける。
会話ができるのは街道周辺の見渡しが良いためで、魔物に対する警戒が随分と楽。そのためか、馬の伸び伸びと走っているようで、比較的のんびりとした雰囲気の旅となる。
帝国でも日が暮れる前には宿をとって休む。
ヴァイスベルゲン王国同様に、帝国でも夜は魔物が活発に活動する時間。よほどの事情がない限りは夜に街道を走らないようだ。
ユッタの権限で借りられた屋敷の食堂で食事をとった後、一同会して今後の予定について話し合う。
「アンナ様からお借りした馬は随分と走ります。定期的な休憩を考え一ヶ月半ほどの旅を予定していましたが、一ヶ月で帝都まで着けるやもしれません」
「全ての馬が軍馬ですから早いのは当然です」
「軍馬……? もしや、お借りした馬は魔物なのですか?」
ユッタが戸惑っているのがわかる。
案内をお願いしている人には軍馬を貸し出している。軍馬に普通の馬を混ぜてしまうと、進む速度が落ちてしまうためだ。
「ええ、ヴァイスベルゲン王国を出る前に買ってきた魔物の馬です」
「そんな馬をお借りしていたのですか。しかし、この数をよく手に入れられましたね。帝国でも買おうと思って手に入る頭数ではありません」
「軍馬は百頭以上いますから心配はありません」
ユッタや案内についた人が絶句するほど驚いている。
戦争のごたごたで、軍馬が普通の馬として売られていたことを説明すると、ユッタが呆れるようにため息をついた。
馬については報告がなされており、ユッタが知らないのが不思議だった。
なぜかと話を聞くと、どうもユッタがゼーヴェルスで担当していたのはヴァイスベルクの森でも蟲についてだったようだ。それでもヴァイスベルゲン王国の情報は知っているようだが、少し古い情報のようで、改めてヴァイスベルゲン王国の現状を話すと呆れ顔となる。
帝国で国を担う政治的な判断する役人のユッタからすると、必要のない内戦まで起こした上に、国内を混乱させている王に呆れるのは当然だろうな。
ヴァイスベルゲン王国の話は面白くもないとは思うのだが、ユッタは聞いた話について質問を繰り返して、理解を深めているようだ。
アンナが置かれた状況にまで及ぶと、憤りを抑えきれない表情をする。
「亡命して当然です。そのような状況、私でも亡命します」
表情だけではなく、実際に口に出した。かなり怒っているようだ。
それからユッタはアンナに同情的な立ち位置となっている。
夕食後の話し合いは明日からの予定は手短に終わり、アンナの事情についての話が続いた。
翌日、再び帝都へ向けて進み始める。
昨日は思わず長話をしてしまったが、それでも早めに切り上げている。
長く話をしたおかげでだろうか、ユッタはアンナと随分と仲が良くなったようだ。
帝国の役人でも出世しているであろうユッタは相当な切れ者だと思われる。西への転属願いを出していたことから出世欲がないわけではないとは思うが、ループレヒト様が重用していたことを考えると、出世のために冷酷になるほどではないのであろう。
ユッタはループレヒト様を補佐する様子は冷静沈着だったが、昨日の表情と言葉を見るに、情に深い性格のように思える。
ループレヒト様がユッタをオレたちに付けてくれた理由がよくわかる。
先を急ぎ走っているとアルミンから声をかけられる。
「ゲオルク兄さん、随分と楽な旅だね」
「ああ、今までが大変過ぎたというのもありそうだが」
「それはいえてるかも」
今まで追い詰められたような旅ばかりしていたからな。
帝国の街道は整備が行き届いており、今のところ魔物が出る様子もない。しかもユッタの気配りもあって、今までにないほどのんびりとした旅となっている。
「そういえば、アルミン。アーノルドやドロテアと馬車で帝都へきても良かったんだぞ?」
アルミンの両親でるアーノルドとドロテアも亡命してきており、ゼーヴェルスにいた。オレとアルミンは資料をまとめるために呼び出されていたため、会った回数はそう多くないが、それでも再開を喜び会話する程度には話している。
同様に両親が亡命しているモニカは転生者であるため、皇帝陛下らからの呼び出しを受けているが、アルミンは呼び出されていない。
「それが父さんと母さんからイナの側にいるようにって言われて」
「順調に外堀を埋められていないか?」
「ははは」
アルミンは乾いた笑い声をあげている。
いつの間にかイナはアーノルドとドロテアに挨拶していたようだ。アンナの後ろに常に控えている印象があるのだが、いつの間にか会いに行っていたのか。
アルミンが結婚していないのは転生者であるオレが近くにいたためでもあるのだが、魔術一辺倒で他に興味がないのもあった。そんなアルミンをアーノルドとドロテアは結婚させようとしていた。二人の許可が出ているのなら、仕留められるのも直近だろう。
アルミンは嫌ならしっかりと逃げるので、嫌ではないのであろうしな。
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