第63話 皇帝陛下からの親書

 ゼーヴェルスに来て二ヶ月。

 完全ではないが資料はまとまった。細かい修正や、追記する部分については定期的に連絡を取り合うことで話がまとまる。


 まとめた資料の結果、ゼーヴェルスの役人はヴァイスベルクの森について、横断目的で入るのはやめておけという評価に落ち着く。至極当然の評価。

 今後は今まで通り少しずつ森を切り取って開拓するが、それでも以前とは効率が大きく違うだろうと喜んでいた。

 どれだけ先のことになるかは分からないが、グリュンヒューゲル帝国とヴァイスベルゲン王国を繋ぐ、二つ目の道ができたりするのだろうか。

 食堂でそんなことを考えていると、アンナが入ってきた。


「ゲオルク、お待たせいたしました。参りましょう」


 オレは着慣れない正装で、正装に着替えたアンナをエスコートする。

 ループレヒト様から皇帝陛下からの親書が届いたと報告を受け、オレとアンナは正装で受け取りに行く。

 資料をまとめている間は少しいい程度の服を着ていたため、正装を着るのも久しぶり。

 アンナをエスコートして、馬車に乗り込む。


「ゲオルク、おそらくゼーヴェルスから帝都へ向かうことになります」

「そうなるだろうな。アンナとゼーヴェルスに出掛けられなかったのが残念だ」


 二ヶ月間で休みは何回かもらったが、アンナと出かけることはなかった。

 代わりにゼーベン商会のマルコとは何回か街を案内してもらい、お互いに気軽に話せる程度にはなっている。商会についてもいろいろ話を聞いて、砂糖の儲けがすごいとも聞いており、しばらくお金は心配ないとも教わっている。


「私が出かけるには警備を考えると難しく、致し方ありません。ですが、帝都では出かけることになると思いますよ、パーティーに招待されると思いますから」

「もっと気軽な観光とかがいいな」


 オレの返しに、アンナが笑った。

 イルゼやエマヌエルからエスコートだけではなくダンスの練習も教わっており、今後必要になることはわかっている。


 少しの会話で馬車は行政府の建物へとたどり着く。

 アンナをエスコートして建物の中に入る。

 今回は会議室ではなく、重要な式典がある時に使う部屋であると事前に知らされていた。

 といっても皇帝陛下が住む城とは違うため、そこまで仰々しい部屋ではないらしい。本当に重要な式典がある場合は、帝都まで行くのが普通だとか。


 部屋に案内されると、魔道具に照らされた広さはそこそこある部屋へと案内された。部屋の奥に一段高くなった舞台のような場所があり、台と共に旗が飾られていた。

 舞台の前にはループレヒト様が待っている。舞台まで続く赤い絨毯が敷かれており、絨毯の上を歩いて舞台まで近づく。

 オレはアンナのエスコートだけで、何もすることはないのだが、なぜか緊張してくる。


「ループレヒト閣下」

「ゲオルク殿、アンナ伯爵閣下、緊張される必要はありません。形式立ってはおりますが、皇帝陛下は気にするたちではありませんよ」

「そうなのですか?」

「ええ、むしろ手紙を受け取るのに何故そんなことをすると、無くそうとしておりましたから」


 ループレヒト様は苦笑をしながら話してくれた。

 確かに手紙を受け取るだけでこの対応は面倒。重要な親書であるほど早く読んでもらいたいだろうしな。


 ループレヒト様が舞台に上がり、台の前で一度跪き、すぐに立ち上がると台の上に置かれていたであろう手紙を手に取った。アンナも舞台に上がりループレヒト様の前で跪く。


「アウグスト・フォン・グリュンヒューゲル皇帝陛下代理、ループレヒト・フォン・ヘルブラオより、アンナ・フォン・カムアイス卿へと親書を受け渡す」

「拝受いたしました」


 アンナが親書を受け取ると二人は立ち上がり、旗へと一礼して舞台を降りてきた。

 降りてきたループレヒト様がため息を吐く。


 こういってはなんだが、皇帝陛下が受け取りの式典をいらないといった意味がわかった気がする。オレが緊張したという意味では、権威を表現するには必要なことではあるのだろうが、手間が増えてしまっている。

 ループレヒト様から場所を移動しようと提案され、オレとアンナは部屋を移動する。

 今度は応接室であろう部屋へと案内された。


「アンナ伯爵閣下、お付き合いいただき感謝する」

「いえ、当然のことです」

「グリュンヒューゲル帝国以上に歴史のあるヴァイスベルゲン王国では、もっと大変な式典がありそうですな」

「ええ、いろいろと……」


 アンナは曖昧な表現と表情で直接の回答を避けた。

 歴史があるといいことばかりではないか。


「いや、失礼。皇帝陛下から私への手紙でおおよそのことは書かれておりましたが、問題になるようなことは書かれておりませんでした。どうぞ中を確認してください」

「失礼致します」


 ループレヒト様から問題になることはないと言われたこともあるのだろう、アンナはこの場で手紙の開封を始める。

 アンナが手紙を読み終わるまでオレは待つ。

 静かな一時が流れ、アンナが手紙から顔を上げる。


「ループレヒト閣下の予想通り、転生者は帝都へ来るようにとの手紙です。また希望した亡命者は全員連れてきていいと」

「私の方には移住希望者を受け入れるようにと指示が来ております」

「おそらく全員が帝都へ向け移動することになります」

「ええ、移動に耐えられない者がいる場合にはおっしゃってください」

「感謝いたします」


 移動自体は問題ないだろう。怪我人はいるが、動けないほどのものはいないはずだ。

 問題は移動手段で、千人規模の移動となると簡単ではない。ループレヒト様も事情はわかっているようで、馬車の手配をいたしましょうと提案してきた。

 カムアイスから何回かに分けて亡命したため、馬車の数は足りていない。とても助かる提案だ。


「ループレヒト閣下、感謝いたします」

「馬車で移動する者たちについてはこちらで手助けをいしますので、アンナ伯爵閣下と転生者であるゲオルク殿、ヴェリ殿、モニカ様は先に帝都へと向かっていただきたい」

「確かに、先に皇帝陛下へと拝謁致した方がよろしいですね」


 時間の使い方としてはその方が良さそうだ。

 ヴァイスベルクの森を抜けるには百人を超える兵士が必要だったが、帝国内を移動するなら半分以下でも問題ないだろう。


「警備を担当する家臣と相談後、お返事をいたします」

「承知いたしました」


 アンナはその場での回答を控えた。

 しかし、おそらくループレヒト様の提案に乗るだろう。


「それとアンナ伯爵閣下、一つお願いがございます」

「閣下、どのようなことでしょう?」

「私の部下であるユッタを帝都へ行くのに同行させてはいただけませんでしょうか?」


 帝都に行くのに同行する必要はない気がするのだが。

 アンナも同様の疑問を浮かべたようだ。


「なぜか、お尋ねいたしても?」

「ユッタは西への転属願いを出しておりまして、今回その願いを叶えてやろうと思っています。アンナ伯爵閣下が西に向かわれるのであれば、部下として配置するよう皇帝陛下へと願う書状をしたためました」

「よろしいのですか? ループレヒト閣下を随分と補佐されていた方のようですが……」

「蜂の巣が壊れたことで、森に対する警戒が随分と減りました。今なら本人の希望通りに西への転属を許可できます」

「ループレヒト閣下が納得されておられるならば同行を許可いたします」

「感謝いたします」


 東にいるより西の方が役人として出世できそうなため、西へと転属希望が出ていたのはおそらく嘘ではないのだと思う。しかし、オレたちが帝国で不自由しないためにループレヒト様が、ユッタをつけてくれたのは何となく察せられる。

 アンナも理解しているであろうことから、ループレヒト様に深々と頭を下げた。


「ループレヒト閣下、帝都への移動方法について話し合うため戻らせていただきます」

「承知いたしました」


 ループレヒト様に別れを告げ、オレとアンナは屋敷へと帰る。

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