第62話 街の散策

 ループレヒト様との会談は夜までかかったが、無事終わる。

 亡命の会談というよりは、ヴァイスベルクの森についての話が中心になってしまったが、それも目的の一つだったので問題はないだろう。

 屋敷に帰る時間が随分と遅くなったため、皆が心配した様子で出迎えた。

 アンナが皆の前で話し始める。


「亡命は受け入れられました」


 亡命が無事受け入れられたことで皆安堵した表情となった。

 イルゼから後ほど詳しい話を各自に通達するため、呼ばれた人は食堂に集まるようにと宣言された。亡命した人数が千人を超えているため、同時に伝えるのは無理があり、代表者に伝えさせるつもりのようだ。

 アンナからヴァイスベルクの森についての資料をまとめるため、明日からゼーヴェルスの行政府で仕事になると通達された。


「グリュンヒューゲル帝国の民が、森の横断は簡単であると誤解しないよう資料をまとめます。皆には、もう少し休む時間を与えたいのですが、次の目的地へと移動する前に資料をまとめる必要があります」

「アンナ様、十分に休み体力は回復いたしました。それに、森の中を進むのに比べれば楽なものです」


 アンナが申し訳なさそうな表情で明日からの仕事を伝えると、ライノがあえてなのだろう、砕けた雰囲気でアンナへと返事をした。ライノの返事に周囲の兵士たちも頷いている。

 玄関前で予想外に話し込むことになってしまったため、イルゼが皆をまとめあげて、屋敷の中に入ることとなった。




 ゼーヴェルスに来て二週間ほどが経った。

 毎日、行政府に行って資料をまとめる作業を繰り返している。量が量のため、資料はまだまとまりきっていない。しかし、全体の作業量が読めてきたことから、交代で休みを取ることとなった。


「ゲオルクとヴェリは本日休みとします。街中を歩いてきてください」

「オレとヴェリが同時に休んで良いのか?」

「転生者がどのような対応をされるか実際に見てきて欲しいのです。モニカも休みにするか迷ったのですが、ゲオルクとヴェリが先に様子を見てきてください」

「なるほど、そういうことか」


 行政府に勤めている役人から嫌悪するような視線は受けたことがない。しかし、役人をしているということは読み書きができるということ。読み書きができる前提であれば、ヴァイスベルゲン王国でも嫌悪されない可能性は高い。

 資料をまとめる作業中の会話で、そもそもグリュンヒューゲル帝国は識字率が高いような話も聞いてはいる。


「二人で街中を見て回るように言っても街に不慣れ。ベーゼン商会のマルコに共をお願いしました」

「ベーゼン商会のマルコ?」


 実はベーゼン商会とはまともに会ったことがないのだよな。

 王都では馬の売買のため王都の屋敷を開けおり、カムアイス領に戻ってからはヴァッサーシュネッケ村にこもっていた。冬はハーゼプラトーに戻ったが、ベーゼン商会は亡命者の移動を手伝っていたため、帝国で冬を越していた。

 完全に入れ違っている。


「はい、マルコはベーゼン商会会長であるマティアスの長男で幹部、将来は会長の有力候補です。今までは忙しく紹介しかできませんでしたが、今後は商会を通す仕事も増えるでしょう。休みの日に申し訳ありませんが、親交を深めてきてください」


 次期会長候補と親しくしておくようにと言われると腰が引けるが、ループレヒト様から皇帝陛下から州を任される可能性があると言われるため、亡命者同士の結束を強くしておかないと不味そうだ。


「今後のことを考えると確かに話しておいた方が良さそうだ。それに、街に不慣れなのは事実だしな」


 オレが同意すると、アンナがヴェリとマルコを呼んでくるようにイナに伝えた。

 すぐにイナがヴェリとマルコを連れてきた。

 マルコは細身で身長が百八十センチほどだろうか、ヴァイスベルゲン王国の平均的な身長からすると少々高め。髪はブラックチョコレートのような濃い茶髪で、少し長めに伸ばした髪を、紐でひとまとめにしている。

 年齢としてはオレと同年代か年下だろうか、優しげな雰囲気が漂う大人の男性といった感じだ。


 アンナがヴェリに事情を説明すると、軽く頷いて同意した。マルコの方には先に話がしてあったのだろう、ヴェリが同意するとオレとヴェリに名前を名乗った。


「ゲオルク様、ヴェリ様、マルコと申します」

「ゲオルクです。オレに様は必要ありません」

「ボクはヴェリ。ボクも必要ないよ」

「ゲオルク様とヴェリ様は今後のお立場を考えますとそのようなことは……」


 マルコが困った表情となってしまった。

 オレは敬称を付けられるのに若干慣れてきたが、ヴェリは嫌がりそうだな。オレとヴェリにとって久しぶりの休日でもあり、よそよそしい状況で街を巡りたくはない。マルコには無茶を言うことになるが敬称をなしでお願いしよう。


「オレとヴェリは、今はまだ何者でもない。マルコ、お互いこれから忙しくなり、今後このような親睦を深める機会が何回あるか分からない。この機会に少しでもお互いについて理解するため、無礼講でいかないか?」

「承知いたしました」

「無理を言ってすまない」


 マルコとの話に区切りがついたところで、アンナに追い出されるように屋敷を出た。

 行政府の建物と屋敷をひたすら往復していたため、実はまともに街を歩いたことがない。マルコの案内で街の中を歩き回る。


 街自体はしっかりとした作りだが、ヴァイスベルゲン王国の王都ほどは大きくないようだ。しかし、歩いている人の身なりは随分といい。オレが王都に行った時は食い詰めたものたちが溢れていたため、比べるのが間違いかもしれないが……。

 それにしても眼帯もしないで、髪を縛っているのだが、魔眼を見られても珍しそうに見られる程度だ。


「歩くのが随分と楽だな」

「わざとぶつかってきたり、石を投げるような人がいないな」


 オレとヴェリの会話にマルコが目を見開いて驚いている。


「そこまで酷いのですか?」

「そうだな。最初から眼帯で魔眼を隠しておかないと物もまともに売ってもらえないな」

「それは……」


 マルコは貴族の御用商人をする商会の出身。読み書きはしっかり習っており、知識も貴族に近いほどの知識があるでろうことは予想できる。転生者がどのような存在かを知っているわけだ。

 売ってもらえないといえば、見て回るだけでは様子見の意味がないか。


「適当に飲み物でも買ってみるか」


 屋台に近づいて飲み物を注文すると、店主はやる気なさげに一瞬こちら見、手を動かしたかと思ったら、もう一度こちらの顔を見た。


「にいちゃん、転生者か?」

「そうだ。ヴァイスベルゲン王国から来た」

「ああ! 街でも噂になっているよ。ヴァイスベルクの森を抜けたんだって? 大変だったろ」

「大変だったぞ。何しろ転生者三人でも怪我人続出だったからな」

「三人も!? 隣のにいちゃんも転生者じゃねーか!」


 今更ながらにヴェリも転生者であることに気がついたようだ。

 オレは気づくのが遅いなと、苦笑を浮かべる。


「転生者が三人いても大変な場所だから、行こうとは思わないでくれよ」

「おうおう。仲間に行っておくよ」


 店主は飲み物を注いでオレたち三人に手渡した。

 支払いを終わらせると、店主が気づいたように話しかけてくる。


「そういや、転生者ならお偉いさんに話せば待遇がいいらしいぞ」

「話はしてある。今度は帝都まで行く予定だ」

「そりゃ大変だ」


 オレは店主に礼を言って屋台を離れる。

 終始和かな雰囲気だった。

 ヴェリが内心驚いているのがなんとなくわかる。なぜならオレが内心驚いているからだ。


「ループレヒト様が嘘をついているとは思っていなかったが、本当だったな」


 ヴェリが静かに頷いた。

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