第二章 ヴァイスベルクの森

第37話 プロローグ

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本来の37話の投稿を忘れ、本来38話になる予定の話が37話となっており、1話投稿がずれておりました。申し訳ありません。

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 ヴァイスベルゲン王国の長い冬がもう直ぐ終わる。

 亡命の準備は最終段階へと進んでいく。


 オレとアンナは隣り合って座り話し合う。

 亡命が成功するまでの仮初めの恋人とはいえ、お互いに惹かれあっているのは事実。以前より距離も近くなり、ともにいる時間も随分と増えた。


「王にはすでに亡命は知られているか」

「随分と派手に動いておりまるから、知られていないと思う方が不自然です。王が用意した軍勢はグリュンヒューゲル帝国と国境を接する、元タールベーア侯爵領で待ち構えているでしょう」

「森を越えるとは想定していないか」

「王は想定していたとしても成功するとは思っていないでしょう。それに、森に入るなら喜んで見物しているのではないでしょうか」


 今日のアンナは、執務をしやすそうな白地に赤い刺繍の入ったドレスを着た上に、暖かそうなショールを羽織って暖かそうな格好をしている。

 翠玉のような透き通った緑色の髪は、執務の邪魔にならないように三つ編みに編み込まれている。整った顔立ちに、金木犀のような金色にも見える瞳は見ていると吸い込まれそうになる。


「どちらにせよ今は雪で動けません。……ゲオルク?」

「すまない。アンナに見惚れていた」

「まあっ」


 アンナは上品に笑っている。

 笑う姿すら上品なのは流石、アンナ・フォン・カムアイス伯爵。貴族の令嬢として教育されたアンナは立ち振る舞いにも教養が出ている。転生者として前世の知識で誤魔化している平民のオレとは違う。


 そもそも、平民のオレと伯爵であるアンナが付き合っているのが変ともいえる。

 本来なら伯爵になる予定のなかったアンナは、王との確執のため危機的状況に落とし込まれ、偶然オレが助けなければアンナは死んでいた可能性が高い。

 偶然の出会いの結果、オレとアンナは惹かれあった。


 普通なら叶うことのない恋は実り、オレとアンナは恋人となる。

 たとえそれが時間制限付きの仮初の恋人だとしてもオレとアンナは満足している。キス程度までの清い関係ではあるが、愛し合っているのは事実。


「少し休憩いたしましょう。イナ、お茶を準備してくれる?」

「承知いたしました」


 イナによってお茶が準備される。

 オレと似たような黒髪であるイナは長く伸ばした髪を一括りにしてまとめている。侍女であるイナは当然侍女の服を着ており、いつもアンナの後ろに控えている。


 アンナと付き合い始めて不思議なのだが、誰からも苦言を入れられることがない。侍女のイナからも何も言われていないし、伯爵家を実質取り仕切っているイルゼからも何も言われない。


 オレに言わないだけで、アンナに注意しているかと思っていた。しかし、アンナもオレ同様に何も言われていないと不思議そうにしている。

 アンナは伯爵。流石に苦言の一つもないのは変ではある。

 一度直接イナに尋ねてみたのだが、アンナが選んだのであれば問題ないと返された。普通そんな理由ではダメなのはオレでもわかる。


「イナの準備はできていますか?」

「もちろんです」


 イナもアンナとともに、王国内最大の山であるヴァイスベルクの麓にある森という名の、山脈を西に抜けて帝国へと亡命する。道中は魔物の蟲が大量にいると予想され、大変危険な道のりとなる。


「イナは街道を通って亡命しても構いませんよ?」

「いえ、お母様とともにお供いたします。兵士たちにアンナ様の身の回りのことをさせる訳にはいきません。お母様と私は、イルゼお祖母様に鍛えられておりますのでご心配なさらず」

「確かにイルゼは強いですが……」

「私よりイルゼお祖母様の方が強いのですが、六十歳を超えていますので無理させられません。エマヌエル叔父様とともに亡命した者たちをまとめてくれるようです」

「イルゼとエマヌエルに皆を任せられるのなら心配はありませんね」


 オレはイルゼに剣の相手をしてもらったことがある。

 我流で剣を覚えたオレは森を抜ける時のため、剣の腕を上げようと兵士にきちんとした剣を教わったりしている。兵士たちから一度イルゼから教わるといいと言われ、お願いすると快く受けてくれた。


 イルゼから実力が見たいと言われ、オレはイルゼと模擬戦をしたのだが、巧みな剣捌きで相手にならないほど強かった。

 力で戦うところまで持っていければ勝てたかもしれないが、完全にいなされてしまって相手にならなかった。


 イルゼは元侍女頭で、伯爵の代わりに業務ができ、剣まで強いとは凄すぎる。

 アンナが頼りにするのも当然に思える。


「アンナ、森を抜けずに街道を通って亡命する人の数は決まったのか?」

「千人を少し越える数です。かなりの人数です」

「村がなくなる規模か」

「開拓地とはいえ、ヴァッサーシュネッケ村の住民が全て移動するのですから、実際村が一つなくなります」


 そんな人数を受け入れてもらえるかが問題となる。

 最悪バラバラに別れて暮らすことになるが、割り振りを考えるのも大変そうだ。


「開拓地は放棄することになるか」

「村人たちは、モニカと離れる気はないようです」

「そうか。モニカなら土地さえもらえればどこでも生活できそうではある。ついていくのも間違いではないか」

「そうですね。しかし、ゲオルクも今はモニカと同じことができるのでは?」

「確かにそうですね」


 オレの目は元々黒目だったが、転生者としての記憶を取り戻したと同時に左目が魔眼へと変わった。オレの魔眼は虹彩が金色にかわり、星々がちりばめられたように煌めきながら、炎のように揺れている。


 オレの魔眼は転写眼。

 他の魔眼を転写できる能力で、モニカの生命眼と、ヴェリの魔法眼を転写している。

 転写眼は転写さえできれば強力な魔眼であるが、転写ができなければ、悪目立ちするだけの瞳が手に入っただけ。


 ヴァイスベルゲン王国で転生者は忌子として嫌われる。魔眼は転生者の目印となり、魔眼を見ただけで嫌悪される厄介なものでしかない。

 貴族相手であれば嫌悪されることがないと知ったのはアンナに出会ってから、もっと早く知っていれば今とは違った結果になっただろう。

 アンナを救えたのなら今までの人生も悪いものではないと今は思えている。


「モニカといえば、ヴェリの準備はできているのですか?」

「最近は兵士たちとも仲良くなって準備は終わったようだ」

「良かった。モニカがいたヴァッサーシュネッケ村では問題なかったようですが、城では随分と警戒していると報告が来ていたので」

「村で交流があった兵士たちが間を取り持ってくれたようです。ヴェリ本来の性格は人懐っこい性格ですから、問題ないとわかればすぐに打ち解けます」

「転生者がヴァイスベルゲン王国で生きるのは本当に難しいのですね」


 転生者は様々な事情を抱えている。

 オレは地球からの転生者、モニカはドライアードの転生者、ヴェリは妖精の転生者。転生者といえば、この星に生きる魔物が人間に転生することが普通で、オレのように人間から人間に転生するのは非常に珍しい。

 しかも、異世界からの転生は聞いたことがない。


 転生者でも珍しい存在であるオレを受け入れてくれたのは、アルミンの家族だ。アルミンはオレの弟のような存在。


「そういえばイナ、アルミンはどうしている?」

「ゲオルク様、今日は図書室に籠ると言っていました。旅の準備はできているようです」

「そうか」


 イナがアルミンに好意を持っているのは冬の間に知った。

 いつぞやのアンナとオレのように、イナが距離を詰めて、アルミンが距離を取るかどうしようか迷っている。

 血は繋がっていないが、兄弟揃って似ている。

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