第36話 見守る影 side イナ
side イナ
「アンナ」
「ゲオルク」
アンナ様とゲオルク様はお互いの名前を呼び合うと、抱き合って完全に二人の世界へと旅立った。
素直になれたのはいいのですが、後ろに控えていた私のことを完全に忘れている様子。
そこまで惹かれあっているのでしたら、半年も時間をかける必要はなかったのではないでしょうか? そう呆れる気持ちと、お互いの身分を考えてしまうと仕方ないことだと思える自分がいます。
なんにせよ、二人の世界を壊さないように部屋をこっそりと出ることにしましょう。
イルゼお祖母様より習った体術を駆使し、音を立てずに部屋を退出。
……音を多少立てた程度で、気づかれない気もしますが。
気づかれずに部屋を出れたようで、二人はまだ抱き合ったまま。最後まで気を抜かず、静かに扉を閉める。
私は城内にある図書室へ向かう。
本格的な冬にはまだ遠いけれど、すでに廊下は凍えるように寒くなってきました。以前と比べ、城内を歩く人の数が減ったことで余計に寒く感じてしまうのもあるかもしれません。
「アルミン」
「イナ、二人はどうだった?」
「予定通りになりました」
アルミンは金色に輝く稲穂のような長い髪をひとくくりにまとめ、透き通るような青い瞳は知的な印象を受ける。年齢は二十歳の私より五歳上だというが、少々童顔なこともあって同い年程度に見えます。
彼は読んでいた本から顔を上げ苦笑している。
「ようやくか」
「半年以上もかかりました」
「フィーレハーフェンで出会ってから、もうそんなに経つのか」
王都から二人が帰ってきた後、母と叔父からアンナ様の王都での様子を聞きました。亡命の話も当然ありましたが、アンナ様がゲオルク様に惹かれているのを聞かされ、帰ってきた時の距離の近さを納得しました。
姉妹のように育った私でも、恋をしたアンナ様を見るのは初めて。しかし、相手は平民で転生者。
ですが母と叔父のゲオルク様への評価はよく、どうしたものかとイルゼお祖母様を含め、皆で悩みました。
そもそもが婚約者の第四王子が処刑されるなどとなって、もう結婚はしなくともいいというほどのアンナ様でしたから、恋が実らないとなればもっと消極的になるのは予想できます。
ゲオルク様が平民だからと引き離すのも不味いとなりました。
単純に姉妹として育った私としては恋が実ってほしいとは思っていましたが、そう簡単なことではありません。
皆が悩んでいた時に現れたのが、アルミンでした。
「最終的にはアンナ様が勇気を出されました」
「ゲオルク兄さんは立場をよく理解している。自分からは行かないだろうな」
アルミンの言う通り、ゲオルク様はよく弁えている。
そのため、ゲオルク様がアンナ様のことをどう思っているかがよく分かりませんでした。そこにアルミンが現れ、ゲオルク様がどのような気持ちでいるかを知れたのです。
「ゲオルク様は感情を隠すのがお上手です」
「そうでもしなければ転生者は生きていけないよ。隠さないとヴェリのように人間不信になるような扱いを受ける」
「ゲオルク様は感情を隠すのがお上手ですが、人間不信とまではいっていませんでしたね。どちらかといえば、貴族や商人に近い感情の隠し方です」
感情を隠すのが上手いおかげで皆が気を揉むことになったのも事実ですが、感情の制御が上手なことで、イルゼお祖母様の評価が上がったのも事実。
「なんにしろ良かった。ゲオルク兄さんにとっても最初で最後の恋かもしれないし」
「亡命が成功すれば可能性はまだあります」
「あの噂か。二人には伝えていないようだけど……」
「噂の段階ですから分かりません。無駄に二人に希望を抱かせないため、お伝えしないとイルゼお祖母様と話し合って決めました」
「その方がいい。グリュンヒューゲル帝国が転生者を重用しているという噂は、本当のことかわからない」
一部の亡命はすでに始まっている。
亡命を請け負っている御用商人のベーゼン商会によって噂は持ち込まれた。
「魔眼の能力を考えればわからなくもありません」
「確かにヴェリやモニカを見るとわからなくもない」
魔眼のすごさは身に染みて理解している。
魔眼によって濁流を渡ったり、とんでもない量の作物を作り出す。どちらの魔眼も元々ゲオルク様のものではないようですが、どちらも使いこなしています。
魔眼の持ち主と出会わない限りは転写できないようですが、逆にいうと転生者と出会えばさらに能力を増やせる。
優秀と一言で片付けるには特異すぎる能力。
ヴァイスベルゲン王国は単一民族が収める国ですが、グリュンヒューゲル帝国は多民族国家。
帝国であれば多少見た目が違う程度、気にしないというのは納得できます。
そして、優秀な者であれば重用するのも理解はできる。
「転生者お三方の能力をみた限りは、帝国なら可能性はあるのだとは思いはします。アルミンは噂をどう思いますか?」
「帝国なら噂が本当の可能性はあると思う。だけど、大きな街ではないフィーレハーフェンですら、転生者は子供を奪い取るという迷信を覆せなかった。覆そうとしていたのは僕だけじゃなく、祖父と両親も頑張っていたのに。そのためかな……真実だと分かるまで信じられないという気持ちがあるんだ」
アルミンの言うことは理解できます。
迷信はヴァイスベルゲン王国全体に残っているといってよく、転生者は大変な状況に置かれることが多いようです。
モニカの住むヴァッサーシュネッケ村も例外ではなく、元々は転生者を忌子として扱うことが普通だったようです。
しかし、先代伯爵様は収穫量が多すぎると村に視察に向かったところ、モニカは大事に匿われていたそうです。
忌子として扱われなかった理由はモニカの両親が変わらずモニカに接していたこと、モニカが作り出す農作物が開拓地では重要な存在であったこと、その二つが転生者を嫌う感情を無くしたようです。
開拓地という、力を合わせて生きていく必要がある場所だったからこそ、できたことなのでしょう。
「常識を覆すのは難しいですね」
アルミンが私の言葉に深く頷いている。
どれほど苦労したかまでは分かりませんが、様子を見るに相当苦労されていたのでしょう。
「これからは私もお手伝いいたします」
「イナ、嬉しいけど良いの?」
「アルミンには随分とお手間をかけましたから。ですが、まずは帝国へ亡命を成功させる必要がありますね」
噂が本当であれば手伝う必要はありませんが、私がアルミンと一緒にいるための方便にもなりますし。
「そうだね。まずは亡命を成功させないと」
アルミンと転生者や亡命について喋り続け、そろそろアンナ様とゲオルク様が正気に戻ったかもしれないと、一度様子を見にいくことにします。
図書室から出て再び寒い廊下を歩く。
「アルミンとゲオルク様は本当の兄弟ではないのによく似ていらっしゃる。私の好意に気づかない……いえ、気づいていても顔に出さないところでしょうか。そこまで似なくても良いのに」
両親とイルゼお祖母様は私がアルミンと結婚することに反対していませんから、時間はあります。
そもそも私は本来、アンナ様が第四王子と結婚後、第四王子の家臣と私は結婚する予定でした。
アンナ様の結婚が遅れると、私の結婚も遅れるわけで、お母様はいき遅れた私の心配を随分していました。そんな中にアルミンが現れたわけで、お母様はアルミンを随分押しています。
ですが私は、アンナ様が帝国で相手を見つけた場合、その家臣へと嫁ぐことも考えています。アンナ様からは反対されるとは思います。しかし、生まれは一ヶ月も変わりませんが、姉としては妹を放っては置けません。
「自己犠牲を厭わない……私とアンナ様も姉妹として似ているかもしれませんね。お互いに似たもの同士ですか」
アンナ様に先を越されましたが、焦る必要はありません。
じっくりといきましょう。
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明日の更新から二章となります。
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