第35話 想い

 ヴァッサーシュネッケ村に来て六ヶ月。

 短い夏が終わり、雪が地面を覆い始めた。


 大量の雪が降り積もる前に甜菜の収穫を終わらせる。

 寒さに震え手が悴みながらも作業を続けていく。もっとも、オレは魔力を温存する必要がなくなったため、魔法によって甜菜を洗っている。洗う水は小川の水なので、とんでもなく冷たくなっており、村人たちから洗う方に専念して欲しいとお願いされた。


「これで終わりか」

「ん。後は任せて」


 各家庭で冬の手仕事として砂糖作りは行われる。

 オレとヴェリがいなくとも作業は進むわけだ。

 アンナ様より、作業に区切りがついたらハーゼプラトーへと戻るようにいわれていた。亡命の手順について最終確認をしたいようだ。ヴァッサーシュネッケ村には多数の兵士が駐在するため、部屋数が足りなくなってきているというのもある。


 砂糖作りは任せ、オレとヴェリは一路ハーゼプラトーへと向かう。




 オレとヴェリの馬であるヘルプストとドゥンケルは軍馬であるため、多少の雪であればものともせずに進む。

 ハーゼプラトーまで一日で走破し、城内に入るとアンナ様の元に案内された。


「ゲオルク、ヴェリ。戻りましたか」

「アンナ様、帰還しました」


 オレが部屋に入ると、執務室の机で作業していたアンナ様は顔を上げ、笑顔で出迎えてくれた。

 思わず見惚れるほどの笑顔。


 アンナ様と出会って半年以上が経ったのだが、向けられる好意は変化がない。一時的なものだと思っていたが、むしろオレへの好意は上がっているようにも思え、いいのだろうかと不安になる。

 今いる部屋には元侍女頭だっというイルゼも同席しているのだが、特に何か注意されることもない。目線で止められるような雰囲気もなく、気にされている様子がないのが不思議なほど。


「ゲオルク、甜菜の収穫は無事終わりましたか?」

「はい。前回同様に豊作です」


 アンナ様からヴァッサーシュネッケ村の様子を聞かれ、答えていく。アンナ様も定期的に村まで来ていたため、そこまでの細かい報告は必要がない。

 冬になって多少蟲が出た程度。出た蟲も大半がカタツムリであったため、倒された後は美味しく食べられた程度だ。


「今日は遅いですし、帝国へ行く方法は明日話しましょう」

「承知いたしました」

「二人とも夕食は食べましたか?」

「まだです」

「では一緒に食べましょう」


 誘われたら断れない。

 夕食をアンナ様とともに取り、用意された部屋で休む。




 数日後。

 亡命の成功率を上げるため、毎日のようにアンナ様と話し合いを繰り返す。

 アルミンとヴェリは他の仕事をやっていて、オレとアンナ様の二人だけで話し合いをしている。


「ヴァイスベルクの麓は森と言われていますが、実質は山脈が連なっている立地です。山脈の谷間を通り抜けられればいいのですが、大半の谷間には川が流れており、山を登る方が確実だと考えています」

「行く道の選択を失敗すれば引き返すことになり、山を引き返すことになりますが、川を越えるのも難しいですか」

「川を越えるならまだ可能性はありますが、川を登るのは不可能でしょう」

「船までは持っていけませんね」

「はい。本来なら西に向かいながら南下した方が帝国領には近い。ですが一度北上し、ヴァイスベルクの中腹を西に進んだ方が視界が広がり、結果的に道を誤らないと判断しました」

「北上とは大変なことになりそうですが、仕方ありませんね」


 緯度として考えると、カムアイス領は随分と北にある。亡命予定の帝国はカムアイス領より若干南にあるのだという。正確には開拓された土地はあるが、都市となる土地はもっと南とのことだ。

 亡命するにはある程度の大きさがある都市に向かう必要がある。


「少し休憩しましょう」

「はい」

「お茶を付き合ってもらえますか?」

「わたくしでよければ」


 いつもの執務室ではなく、大きな窓がある部屋へと移動した。窓からは雪が降り積もるのがよく見えるが、部屋の中は暖炉によって暖かくなっている。

 イナによってお茶が用意され、一時の休息をくつろぐ。


「ゲオルク」

「はい」


 アンナ様が真剣な表情でオレに声をかけてきた。

 一体なんだろうと動揺する。


「フィーレハーフェンで川を渡ったあの時から本当に感謝しています。ゲオルクの提案がなければ、私は何度死んでいたか分かりません」

「わたくしの我儘でもあるため、感謝するほどのことではありません。アンナ様を見ていると、諦めてほしくないと思ってしまうのです」


 アンナ様に暗い顔は似合わない。


「諦めないですか」


 そう一言呟くと頷いた。

 アンナ様は先ほどまでの表情とは少し違った、覚悟の決まったような顔をされた。


「ゲオルク、亡命が成功するまで私の恋人としていてはくれませんか?」

「…………」


 予想外とまではいわないが、直接好意を伝えられるとは思ってもいなかった。

 返答しなくてはいけないと思いながらも、なんと返事を返せばいいかわからず口を開け閉めするしかない。


 成功するまでとは一体どういうことか、そもそも恋人になっていいのか……?

 アンナ様の好意をわかっていたのに何も考えていなかったと、きちんと返事ができない自分自身を恥じる。


「ゲオルクの戸惑いは分かります。私は貴族ですから、好きになった相手と結婚することは不可能。それに、亡命が成功した暁には、ともに亡命する民を守るため、帝国内の有力者と結婚することになるでしょう」


 アンナ様は以前のように憂を帯びた表情をしながら話してくれる。

 またそのような表情をされるのか。

 オレの気持ちなど関係なしにアンナ様の話は続く。


「帝国に比べ、ヴァイスベルゲン王国はあまりにも小国。この身を差し出す他、皆の住む場所を手に入れる方法がありません。幸いながら私の髪と瞳の色は皇族が持つ色、数代前にはなりますが実際に皇族の血も入っています。私自身に価値がないわけではありません」


 価値などと、そんなものはどうでもいい。

 その表情をやめてくれ。


「本来、恋人を作ってはいけないのはわかっています。それでもゲオルクとともにいたい。帝国へ亡命するまでの私の我儘です」


 悲しみを抱えた暗い笑みを浮かべるアンナ様。

 もっと自由に生きてほしいというのに、貴族に生まれるとはなんと不自由なのだろうか。

 今だけ、いや、この一瞬でもせめて笑っていてほしい。

 座っていた椅子から立ち上がり、アンナ様の横へと移動する。騎士のように跪き、手を掲げる。

 アンナ様は椅子から立ち上がり、手を取ってくれた。

 オレはアンナ様を見つめながら想いを伝える。


「お慕いしておりました。どうかわたくしに一時の夢を見せてくださいませんか」

「ゲオルク、良いのですか?」


 アンナ様は願いが叶うと思っていなかったのだろう、驚いた表情でオレを見ている。


「お慕いしているというのは本当です。この気持ちは胸に秘めておくものだと考えておりました。ですが、アンナ様がそのように悲しみを隠しながら笑っているのは見ていられません」

「ゲオルク……」


 嘘偽りのないオレの気持ちを伝える。


「私もお慕いしておりました」


 アンナ様は瞳に涙を溜めながら、笑ってくれた。その笑顔には悲しみを抱えている様子はなく、オレが望む表情。

 オレはアンナ様の溢れそうな涙を拭いながら謝る。


「アンナ様の気持ちを知っているにもかかわらず、わたくしから言い出せず申し訳ありません」

「自由に恋愛ができない私には当然のこと、気にする必要はありません。それよりも、以前のようにアンナと呼んでください」


 そうか、恋人に敬称をつけるのは変だな。


「アンナ」

「ゲオルク」


 どちらからともなく、オレとアンナは抱き合う。




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タイトル変更しました↓

魔眼の転生者 〜忌避された者たちは、かけらの希望を渇望する〜

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