第34話 砂糖作り

 煮出した甜菜は絞って水分を可能な限り取り出してしまう。

 絞るための圧縮機は酒を作ったりする時に使うため比較的手に入りやすく、大きめのものを用意してもらっている。

 鍋から目にみえる固形物は可能な限り全て取り去り、取り出した固形物を圧縮機で絞り上げ、出てきた水分は全て鍋の中に戻す。


「これで煮込んでいきます」

「それで終わりですか?」

「その後の工程としては、しょ糖と蜜糖を分けるのですが、同じように甘いため分けなくとも問題はありません」


 遠心分離機で分けるのだが、機械がないためなかなか難しい作業。今までは量が少なかったこともあって、試作した小さな魔術の刻印でどうにかしていた。効率が悪いこともあって、魔法眼を覚えてからは魔法でどうにかしていたのだが。

 蟲対策と考えると、真っ白な砂糖を用意する理由はそこまでないのだよな。


「分けるとどう違うのです?」

「白い砂糖ができます。砂糖というのは不純物を可能な限り減らしていくと、白くなるのです。どちらも甘いですが、白い方が好まれる方は多いのかと」

「確かに貴族が手に入れる砂糖は全て白に近いものです。色がついているのはそういう理由でしたか。しかし、蟲に対してはどちらでも構いませんね」

「はい。分ける作業は手間がかかるのも事実です」


 白い砂糖が上白糖やグラニュー糖と呼ばれていたものだが、オレにはそこまでの精製はできていない。蜜糖を結晶化させたものがてんさい糖と呼ばれ、しょ糖以外の栄養成分も含まれた砂糖。

 結局のところどちらも砂糖なわけだ。

 サトウキビに比べると甜菜はクセがないため、分けなくとも気にならない程度ではあると思う。


「そうですか……一部は白い砂糖にしようと思います。これだけ多くの砂糖が取れるのであれば、売れるようにしておきたいです。皆が生きていくためにはお金が必要になるでしょう」

「確かに亡命後にお金は必要になります。蟲に対して使う砂糖と、売るための砂糖を分けて作った方が良さそうですね」


 今後の方針が決まった。

 今回は作り方を覚えるため分離させることにする。焦げ付かないように定期的に混ぜて煮詰めていく。


 工業化している地球だともっと効率のいい方法があるのだとは思うが、ヴァイスベルゲン王国だとひたすら煮詰めていくしかない。魔法で取り出す方法もあるが、魔法に使う魔力消費が大きく、現在は他にも魔力を使うこともあって、あまりやりたい方法ではない。

 効率の悪さから、アルミンと魔術で精製できないかと相談していたが、そう簡単には方法が思いつかなかった。

 つまりは地道に煮詰めるしかないということ。




 鍋の中の液体を一日がかりで煮詰めていき、ドロドロの液体へと変化する。そこから遠心分離機として作った魔術の刻印を使って分離させる。


「別れた液体を焦げないように可能な限り煮詰め、液体が結晶化すれば砂糖の完成です」

「思ったより時間がかかりませんね」

「わたくしとヴェリで作っていた時はもっと短時間で完成していましたから、一度に作る量によって変わってきます。収穫した甜菜はとんでもない量ですから、全ての作業を終わらせるにはかなり時間がかかるかと」

「確かに時間がかかりそうです」


 甜菜は山になって積まれている。

 もう一回育てなければ甜菜を畑に残したままで収穫しなくともいいのだが、当初の予定通りに二回目の植え付けをすることに決めた。そのため、全ての甜菜は収穫され、山積みにされているわけだ。


「それに、甘い匂いに釣られ、蟲が寄ってこないとも限りません」

「森までは離れていますが、毎日砂糖を作っていれば寄ってきそうです」


 アンナ様は開拓されていない森へと視線を向けている。森の周囲では兵士たちが警戒しているが、今のところは蟲が出たとの報告はきていない。

 夏ということで、森の中に蟲が食料とする獲物が大量にいるため、村の近くまで寄ってきていないのかもしれない。


 しかし、匂いが届く範囲に蟲がいる場合は、匂いに釣られて森から出てくるだろう。

 現在、砂糖を作っているのは村の中心部に位置している。家が近いというのも作業場所として使っている理由ではあるが、未開拓の森から一番遠い場所というのも理由の一つではある。


「ですが、ヴァッサーシュネッケ村周辺で一番多い魔物はカタツムリです。現れる前に気づくでしょう」

「確かに。他の魔物に比べれば移動速度が遅いですから気づくことはできそうです」


 村の周囲を探索していて知ったが、村の近くには小さな池があり、池周辺にはカタツムリの蟲が多く棲息している。カタツムリは殻の大きさが一メートル近く、見た目で言うとかなり気持ちが悪い。

 動きは早くないが、捕まってしまうと結構な強さらしい。


 カタツムリは基本群れる蟲ではないため、囲んで遠距離から攻撃すれば比較的簡単に倒せる。村の開拓がここまで進んでいる理由に、カタツムリの魔物が遠距離で戦えば強くないからという理由もあると聞いた。

 基本的に遠距離攻撃ができない蟲たちはカタツムリの魔物に勝てない。そのため、村の周辺はカタツムリの魔物が縄張りとしており、他の魔物はあまり見かけないようだ。


 ちなみに倒したカタツムリは食べる。

 見た目の気持ち悪さから、食べたいとは思わなかったが、村人から食べれば美味しいと勧められたべた。彼らも最初は食べるのが嫌だったと笑っていた。

 食べたら意外なほど美味しく、貝に似た食感と味だった。


「カタツムリといえば、食べるように勧められた時の村人たちの意地悪そうな顔が忘れられません」

「ゲオルクも食べたのですか?」

「も? ……もしや、アンナ様も?」

「はい。意外に美味しいですよね。王都周辺で食べられる貝に似ています」


 美味しくはあった。

 あったが、アンナ様まで食べているのか……。

 食べてはいけないとはいわないが、一メートルのカタツムリを見た後だと食欲がなくなる。エスカルゴだと思えばいいのだろうが、あまりにも大きさが違いすぎる。


 アンナ様と話をしていると、分離させた砂糖が結晶化しやすいように焦げないギリギリまで煮込まれた。

 後は天日干しなどで時間をかけて結晶化させる。




 さらに一日おく。

 全てが結晶化したわけではないが、一部が固まった。


「アンナ様、食べてみますか?」

「ええ」


 まずは白い普通の砂糖を砕いてアンナ様に手渡す。

 オレが先に一欠片食べて問題がないことを証明する。

 アンナ様がオレに続いて砂糖を食べた。


「甘い」

「砂糖ですから」

「本当に砂糖ができたのですね」


 アンナ様は嬉しそうに出来上がった砂糖を見ている。

 普通の砂糖の後は、色のついたてんさい糖をアンナ様に渡す。


「多少味がしますが、こちらも美味しいですね」

「料理によって使い分けるようです」

「そのような使い方があるのですか」


 アンナ様の試食の後、村人たちも砂糖が作れるなど半信半疑だったこともあり、皆で試食してみることとなった。


「美味しい」


 砂糖を食べたモニカは目を輝かしている。

 普段から感情の起伏があまりないモニカが大きく表情を動かしているのは珍しい。村人たちもモニカと似たような表情をしており、砂糖が気に入ったようだ。


「アンナ、砂糖をいっぱい作る」

「頼みます」


 モニカが随分とやる気になっている。

 アンナ様も乗り気のようだが、あまり大量に作っても持ち運べないのだがな。

 モニカとアンナ様の話を聞いていた村人たちもやる気を出し、いっぱい作るぞと気合を入れている。


 魔道具の収納袋が大量に必要になりそうだ。

 アルミン、魔道具の制作がんばれ。オレには応援することしかできない。

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