第33話 収穫

 ヴァッサーシュネッケ村に来て三ヶ月。

 甜菜がもう収穫してもいいだろうというほど育った。オレとヴェリで育てた時より大きく、モニカの魔眼と、農業を専門にしている人たちの知識は違うのだと実感する。

 収穫しているとアンナ様がやってきた。


「ゲオルク、どうですか?」

「豊作です。かなりの量、砂糖が作れます」


 アンナ様は様子を見に定期的にきていたが、忙しいようですぐに帰ることが多かった。順調に育っていたので、定期的に訪れる必要があるかと聞かれると、ないのではないだろうかとは思っていたが。

 アンナ様と一緒に戻ってきていたアルミンが遠巻きに見ていたので、アンナ様はオレに会いにきていたのだろうなと、予想はできた。

 嬉しくないと言えば嘘になるが、本当にどうしたものやら……。


「ゲオルク、どうしました?」


 どのような距離で接すればいいかと悩みながら、アンナ様を見つめすぎてしまったようだ。

 アンナ様が金色の瞳でオレを見ながら、不思議そうに首を傾げていた。

 村に来る時は毎回シュネーに騎乗しているようで、乗馬服を着て緑色の髪を結っている。ドレスも似合うが、乗馬服の方がオレには見慣れているな。


「いえ、なんでもありません。収穫したものをお見せします」


 収穫した甜菜は村の中を通っている小川で綺麗に洗われている。

 大根とカブを合わせたよな見た目の甜菜は、一株で二キロ近い大きさだ。オレとヴェリが育てた時は大きくとも一キロほどで、大半が一キロを切るような大きさだった。以前と比べると倍近い大きさまで育っている。


「想像より大きいです」

「はい。想定していた大きさの倍ほどまで育っています」

「それはすごいですね」


 次々に運び込まれ、積み重ねられていく甜菜を見ながら、作りすぎてしまったかもしれないと後悔する。


「アンナ様、少々作りすぎたようです」

「どういうことです?」


 甜菜は、オレとヴェリの適当な精製でも、一キロで百五十グラムほどの砂糖ができる。今回は蟲に食われもしておらず、大半の甜菜がしっかりと収穫できたので、甜菜の大きさもあり収穫量が想定の数倍以上となってしまっている。

 このまま収穫を続けると、甜菜の量が百トンを超えそうなのだ。全ての甜菜を精製すると、十五トン以上の砂糖ができる。

 そのように説明すると、アンナ様は積まれた甜菜の山を見ている。


「そんなに砂糖ができるのですか?」

「はい。不純物の残りが多いため、完全に精製できているとは言えませんが、それでもかなりの量を作ることが可能かと」

「このような状況でなければ、どれだけ喜んだことかわかりません」


 確かに砂糖の値段を考えると、甜菜は金貨の山に見える。

 砂糖は嗜好品に分類されるものであるため、小麦などの主食になるものを作る必要はある。しかし、各地の農村で少量でも作れば、領全体で見るととんでもない量が作れそうだ。

 ヴァッサーシュネッケ村も甜菜だけを育てているわけではなく、食料となる小麦もしっかりと育てている。それでも百トン以上の収穫量で、モニカがいるとはいえとんでもない量だ。


「収納袋の準備をしていましたが、作る量を増やした方が良さそうですね」

「魔道具ですか?」

「はい。アルミンにも手伝ってもらっています」


 魔道具の収納袋は、袋に入れられる量が数倍に膨れ上がる魔道具。重さも入れられる量に比例して下がっていく不思議な性質を持っている。

 そのため、かなり高価な魔道具。


 収納袋は利便性もあって、普通は手に入れられるものでもない。そもそも、袋に刻み込む魔術の刻印は秘匿されたもので、簡単に手に入れられるものではない。それこそ魔術師と呼ばれるものたちしか作れないものだ。

 アルミンが作れるようになったということは、魔術師に教えてもらったか、城にある蔵書の中に刻印が書かれたものがあったのだろう。

 アルミンなら刻印と魔石さえあれば、収納袋を作ることは可能だろう。


「アルミンが、お役に立てているようで幸いです」

「魔術師を名乗っても問題ないほどの腕ですよ」

「アルミンは魔術師に弟子入りできていれば、魔術師になれただろうと以前から考えていました」

「いえ、すでに魔術師と名乗るに十分な技量を持っているでしょう」


 以前にオレが偶然手に入れた魔術書や、アルミンの両親が集めた蔵書の中にも魔術書があった。それらの本で勉強したアルミンは、魔術師と名乗っても問題ないほどの技量は持っていた。しかし、魔術師とは名乗ったからと認められる職ではなく、どこかに弟子入りするのが普通。

 船頭長の孫ということで、多少お金はあったが、それでは魔術師に弟子入りするには足りなかった。そのためアルミンは魔術師と名乗らず、船頭として生活していたわけだ。


 アンナ様と喋っていると、モニカがオレを呼びにきた。


「ゲオルク、準備できた」


 砂糖を作る手順を教えるため、準備をお願いしていたのだ。

 オレも手伝うつもりだったが、アンナ様がきたため、相手するようにと追い出された。


「アンナ様、向かいましょう」

「はい」


 モニカを先頭に、オレはアンナ様と連れ立って歩く。




 用意された場所には大きな鍋があり、中には水が入っている。


「まずはある程度刻む。細かい方が煮出しやすいが、時間がかかるだけで大きくとも問題ない」


 甜菜から砂糖を取り出すのはそう難しいことはなく、砂糖の原料となる糖分を煮出して、不純物を取り出し、煮詰めて結晶化させるだけ。大雑把ではあるが、大体の作業はそのようなものだ。


「ゲオルク、甜菜はこのまま食べられるのですか?」

「馬の餌として売られていたものなので、食べられます。しかし、独特の風味があって美味しくはありません。しっかりと熱すれば風味も飛びますが、一手間入れるほどではないかと」

「そうなのですか。食べてみても?」


 切ったものを先に食べて、食べられることを証明してからアンナ様に渡した。

 野菜スティックのように切られた甜菜をアンナ様が食べていく。


「甘みはありますが、美味しいかと言われると確かに微妙ですね。冬の間であれば気にせず食べそうではありますが」

「本来は冬に収穫できる作物ですし、食料が少ない冬にはいいかもしれません。それと、馬は好むようです。甜菜を煮出している間にシュネーにあげてみますか?」

「はい」


 甜菜から糖分を煮出すには一時間以上煮込む必要がある。

 鍋一杯の甜菜を刻んだら焦げ付かないように時々混ぜるだけで、あとは放置する。その間にアンナ様と共にシュネーに甜菜をあげに行く。

 村人たちと刻んだ甜菜はすぐに鍋一杯となって、煮込むだけとなった。アンナ様と共にシュネーがいる馬小屋へと向かう。今は大量の軍馬がいるため、馬小屋は拡張されてかなり広くなっている。


「シュネー、元気か?」

「ブル」


 何だかんだと会っているからかシュネーとは仲良くしている。

 綺麗な白馬のシュネーは誇り高いが、気を許してくれれば甘えにきてくれる可愛い馬だ。


「アンナ様、どうぞ」

「ええ」


 大きめに切った甜菜をアンナ様に渡す。

 アンナ様はシュネーの口元に甜菜を持っていく。シュネーは甜菜の匂いを嗅いで、食べられるものだと判断したのか食べ始めた。

 一本すぐに食べ終わったシュネーはもっと寄越せとねだるので、アンナ様に切った甜菜を次々に渡していく。


「気に入ったようですね」

「砂糖を取るために育てたので、全てあげるわけにもいきませんが、煮詰めた後の搾りかすを与えても喜ぶようです」

「餌に困らなくなります」


 村の大きさに対して馬の数が多すぎるため、毎日大量に生えてくる雑草は全て馬の餌としているのだが、今後は多少楽になるだろう。

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