第57話 亡命と新大陸
アンナと抱き合っていると、すぐにイルゼが咳払いをした。
「アンナ様、すぐに出なければいけないため、話を続けさせていただきます」
時間がないというのはその通りのため、アンナとお互いに離れる。
「ゲオルク様はアンナ様とご一緒に向かっていただきます」
「わかった」
イルゼはヴェリとモニカの方を向いた。
「ヴェリ様とモニカ様は、すぐに出られるよう待機をお願いいたします。問題がないと確認でき次第、すぐに使いを出します。もし、使いが来ない場合は隠れ、転生者だと気付かれないように」
「うん」
「ん」
怪我人が多いため、眼帯をしていれば旅の怪我だと誤解してくれそうだ。魔眼は使えなくなってしまうが、隠している必要があるのはそう長い時間ではないだろう。
「皆様、準備を整え、参りましょう」
まだ時間は余裕があるが、遅れるわけにもいかない。早く着きすぎるのも問題だが、出発の準備を整えていれば許容範囲の時間になるだろう。
アンナが身支度するため、退出していく。
エマヌエルがオレの前に来た。
「ゲオルク様もお着替えを」
「オレも?」
「アンナ様の相手に相応しい服を用意しております」
「いつの間に……」
エマヌエルは答えずにこやかに笑っている。
随分前から用意されていたのだろうなと予想はつく。旅に出るための服を用意してもらっているため、服を用意するための採寸はされている。作ろうと思えばすぐに作れるものだ。
エマヌエルが用意していたのは詰襟の軍服のような服だった。生地は濃い紺色でほぼ黒字に見える所々に金糸が使われているのか、黒と金がお互いに強調されて高級感が漂う。
袖を通すのも躊躇う質の良さだったが、エマヌエルによって問答無用で着替えさせられた。
「よくお似合いです」
「エマヌエル、着ているのが怖いのだが……」
「正装ですので慣れていただく必要があります。それに、ゲオルク様が砂糖で稼ぎ出した額に比べれば気にする必要はありません」
砂糖は自分のものだとは思っていないのもあって、砂糖の売却については任せてしまっているのだが、エマヌエルの言い方からするとすごい額になっているのだな。トン単位の砂糖と考えれば当然か。
少しは気が楽になった。
エマヌエルによって髪を縛られ、身支度は完了した。
食堂へと戻り待っていると、アンナがやって戻ってきた。アンナは緑色を基調とした金糸の使われたドレス。ドレスの上に、肩から飾り布を斜めにかけている。緑色の髪は横を編み込まれた程度で、後ろ髪は下ろされている。
アンナを褒めたところで、イルゼから向かうので馬車に移動すると指示される。
「ゲオルク様、アンナ様のエスコートをお願いいたします。やり方はお教えいたしますが、細かい作法は気にしなくとも構いません」
「気にしなくていいんですか?」
「今、ゲオルク様は無官。相手にもお伝えいたしますので、理解していただけるかと。ですが、今後のことを考え、練習をいたしましょう」
「分かりました。よろしくお願いします」
エマヌエルとイルゼからエスコートの仕方を教わりながらアンナのエスコートをする。
エスコート自体は時々していたこともあり、そこまで注意されることはなかった。覚えることが大量にあると思っていたので少し安心。
短い距離であるが、馬車までなんとかエスコートする。
皆が馬車に乗ると走り出す。
馬車に乗ってすぐに到着したようだ。
乗る必要があるのかと疑問に思う距離だったが、決まった形式があるのだろう。
行政府であろう建物は他の建物同様に石造り。様子が違うのは窓の形が小さく、堅牢なつくりであることだろうか。ここもまた最後の砦とするための建物なのかもしれない。
建物の前にいた人が馬車によってきたため、イルゼとエマヌエルが対応している。微かに聞こえる話の内容から、案内をするための人員のようだ。
オレは馬車から降りると、アンナのエスコートをしながら建物の中に入っていく。
建物の中は外とは違い、趣味の良い調度品が配置され、嫌味にならない程度に豪華な作りとなっている。なんとなく、今まで行ったヴァイスベルゲン王国の屋敷より調度品の量が多いように感じる。国力の差だろうか。
扉の前で少し待たされた後、中に通される。
中は会議室か何かだろうか、応接室のような場所に通されるかと思っていたら違うようだ。がたいの大きな壮年の男性が近づいてきた。
「私はループレヒト・フォン・ヘルブラオ。皇帝陛下よりフロスト州の統治を拝命しております」
「私はアンナ・フォン・カムアイス。ループレヒト閣下、この度はご迷惑をおかけいたします」
「アンナ伯爵閣下。ゼーヴェルスによくおいでくださいました。迷惑とは思っておりません。むしろ通れないと思われていた、あの、ヴァイスベルクの森を越えた方々をお迎えできること感動しておりますよ」
「ヴァイスベルクの森についての資料をお持ちしました」
アンナの言葉に、他意はなさそうな笑顔でループレヒト様は出迎えてくれた。
優しそうで朗らかな雰囲気を出しており、一見したところは悪い人には見えない。しかし、州の統治を任せられている人、優しいだけではないのだろう。
椅子に座ることを勧められ、アンナが着席する。
オレはアンナの隣に座る。
「アンナ伯爵閣下、本来なら相応の部屋で出迎えるべきところ、広げる資料の数が多いとの報告を受け、このような会議室での会合となってしまったこと謝罪いたします」
「いえ、こちらが資料をまとめきれていないことで、無理をお願いいたしました」
「こう言ってはなんですが、そのままの情報をいただけるのがとても楽しみです。不躾なお願いとなってしまいますが、資料の模写をさせていただいても?」
「情報の精査が済んでいないことをご理解いただければ問題ありません」
「構いませんとも」
情報の精査が済んでいないということは隠すべき情報も隠せていないということ。当然そのままの情報が欲しいだろう。
資料が会議室の机の上に山積みになっていく。
いつの間にか馬車に積み込まれたいたようだ。
「ループレヒト閣下、資料の精査に人員をお借りできませんでしょうか?」
アンナの言葉にループレヒト様が一瞬固まった。
「……アンナ伯爵閣下、政治的な交渉抜きにお話しいたしますが、そこまでしていただかなくとも、閣下の民を含め閣下の亡命は受け入れますぞ?」
「亡命が有利に進める意図がないと言えば嘘になってしまいますが、ヴァイスベルクの森が通れるという認識が残ってしまうのは危険すぎます。ゼーヴェルスにも間違いのない資料を残したいのです」
「アンナ伯爵閣下。グリュンヒューゲル帝国を代表し、感謝いたします」
そう言って、ループレヒト様が頭を下げた。
アンナのいう通り、人を揃えれば通れるという認識を残しては大変危険だな。砂糖、魔眼、収納袋、軍馬と、普通揃えられないものはかなり多い。
ループレヒト様が頭を上げると、アンナに話しかけた。
「アンナ伯爵閣下、民を含めた閣下の亡命は私の権限で受け入れを許可いたします」
「感謝いたします。しかし、この場で決めてはループレヒト閣下にご迷惑がかかりませんか?」
「問題ございません。現在の帝国ではどれだけの人を受け入れようと許可が出ますので」
「え……?」
アンナが困惑した声を出した。
アンナが困惑しているのもわかる。流石に数を制限しないと国が傾くのではないだろうか?
「おや? もしやご存知ありませんか。現在帝国では新大陸へ向けた探索と移住が本格化しております」
「帝国が船団を組み、探索隊を出したと噂で聞いたことはありますが……」
「新大陸は発見され、探索と移住が始まっております」
「そのようなことに」
「ヴァイスベルゲン王国は随分と混乱していた様子ですから、知らないというのも致し方ないことかと」
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